エースのようなもの

 やっと、アイツが三星を辞めてくれた。
 三橋廉。オレはアイツがずっと嫌いだった。
 卑屈な態度も、贔屓でエースやってんのも。
 オレ――畠篤史――は、叶――叶修悟――の方が、ずっと、投手として上だと思っていた。
 それは中学の頃からだ。今も変わらない。
 三橋には、あのヘロ球しか決め球がねぇじゃねぇか。
 それなのに、監督のセン公と来たら、
「いいよいいよ、三橋クン、その投球フォーム」
「三橋クン、今日は負けたけど、次はがんばろうな」
 って、三橋にしか労いの言葉かけねぇの。
 オレ達には、「オマエら次はがんばれよ」だけ。
 腹立つよなぁ、実際。
 だから……叶の言うように、オレ達は、試合も手を抜くようになった。そりゃ、最後の方だけだけどさ。
 もちろん勝てるわけがない。
 だから、それを全部三橋のせいにしてた。
 オレ達のエースは叶だと、ずっと思っていた。
 だから、三橋は――
 エースのようなもの。
 ――だった。
 けれどな、三橋が大人しくマウンド譲ってれば、オレ達だって、そんなひどいことはしないはずだった。
 でも、アイツ弱々しい外見のくせに頑固でさ。
 絶対エースの座を叶に渡さなかったんだぜ。
 おかげでさ。
 オレは叶のフォークが捕れなかったんで、練習時間が終わった後、捕球練習につきあってもらっていた。
 叶は、快く応じてくれた。
 でも、思わなかったか? 叶。
 三橋がいなかったら――と。
 オレは思ったね。
 三橋がいなかったら、三星はもっと強いチームになれんのに。
 いつか、キレかかったオレは、三橋に、
「腕ぐらい折んなきゃ、自分の罪がわかんねぇか?! その番号を叶に渡せ」
 と脅した。
 もちろん本気じゃねぇさ。
 けれど、投手にとっては、腕が大事だ(他の奴らでもそうだろうけどさ)。
 誰だって自分の身が可愛い。
 三橋は弱いから、そう言っときゃ、エースを降りると思ったのに、アイツ、
「い……イヤだ」
 と反抗しやがったんだよ。
 ま、その一度かな。三橋が俺に反対したのは。
 でも、高校に入って、三橋のいる西浦と対戦して、わかったんだよ。
 あいつは実力がないわけではなかった。
 オレが……オレがアイツの力を奪ったんだ。
 叶の言う通りだったよ。アイツは……本当は実力あったんだ。
 小学校の頃から一緒だった三橋と一緒だった叶には、わかってたんだな。
 それでもオレは言いたい。
 三橋。オマエ、叶にどんだけ心の傷を負わせたかわかってんのかよ。
 まぁ、それは、三橋もオレ達にいじめられて(あれは確かにいじめだったな)、おあいこだったろうけどな。

 この間、アイツのいる学校と対戦できて、良かった。
 初めて、『野球』できたもんな。負けちまったけど。
 あれは捕手の力も大きい。悔しいけど、認める。
 オレ達の中学時代のは、『野球』じゃなかった。
 だから、試合が終わった後、オレ達は三橋に許してもらい――償おうとした。
 だが、三橋は西浦を選んだ。
 そうだな。それでいいんだと思う。
 オレも、叶がピッチャーの方がやりやすかったし。
 オレのせいで、三年間無駄にしたけど、いいトコ入れて良かったな。
 置き土産に、まっすぐのくせを教えてやった。
 こんなことで罪滅ぼしができるわけではないけれど。
「叶の方が投手としては上だからな!」
 と言ってやれて良かった。
 ずっとずっと、言いたかったことだったからな。
 三橋はきょとんとしてたけど、叶の実力をわかってたか、なんでオレがそんなこと言ったのかわかんなかったかのどちらかだな、きっと。
 負けても言うか~と、叶がつめ寄ったけど、オレホームラン打ったからな。
 三星の1番は、叶だぜ。
 今は先輩がいるけど、絶対そのうち、そうなる。
 いつか叶が中心のチームになるんだ!
 けど、三橋も、ずいぶん上手くなったもんだ。
 オレ達にそう簡単には打たせなくなったもんな。
 アイツもオレ達も、もっともっと成長するだろう。
 また試合しような。楽しかったぜ。
 待ってろ三橋! 待ってろ西浦!
 次会う時は、甲子園が理想だな!

後書き
『エースのようなもの』というタイトルは、清水義範先生の『バールのようなもの』のもじりです。
内容は原作寄り。原作から引用したものもあります。
多分、中学時代のチームメイト(特に畠)は、三橋をエースとは認めてなかったんじゃないかな。
三橋にイジワルしたこともあったろうけど、畠もわるいやつではないと思います。
畠→叶のつもりが、全然そうならなかったのが心残りです。
2009.10.27


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