シュンの観察日記

 オレ、シュン。
 西浦高校キャッチャーの阿部隆也の弟だ。
 兄貴は、弟の目から見ても、まぁかっこいいし、捕手の役割もきちんとこなす。
 オレの自慢の兄貴だ。
 ――ある一点を除けば。
 それは、異常なほど、投手の三橋さんにこだわっていると言うことだ。
 オレのペットを奪って勝手に『ミハシ』と名付け、カゴも自分の部屋に運んできている。
 だから、それはオレのペットだって。
 オレだって、ミハシと遊びたい。
 おふくろに言えば、話は簡単なんだろうけど、後が怖い。
 兄貴のいないうちに、ミハシの相手をしてやろうと、兄貴の部屋にこっそり入り込む。
 ミハシは大きい目をくりくりさせて、こっちを見ている。
 ――かわいいなぁ……。
 うん。兄貴が夢中になる気も、少しわかるような気がする。
 あれ? 机の上にノートが……。
 何気なく覗きこむと、そこには、
『ミハシ観察日記』
と、兄貴の字で書かれていた。
 兄貴ってば、観察日記までつけてんのかよ……。
 さすがに、少しひいた。
 好奇心には勝てず、オレはパラパラとノートを開いた。

 今日も進展なし。

というのが三日も続いたときには、こっちまで切なくなってきた。
 だが、兄貴の手の中でひまわりの種を食った、と言う記述があったときは、オレは思わず、ほろりとしてしまった。
 良かったなぁ。
 って、良くねえよ!
 ミハシはオレのペットなんだぞ!
 だから、こう書いてやった。

『てゆーかさー、兄貴、これ、一応オレのペットなんだけど。』

「これでよし」
「おい」
 ドスのきいた声。
「なに人のノートに書き込んでんだ」
「兄貴……ミハシ返せ」
「いやだ」
「あれはオレんだぞ」
「ふん」
 兄貴は鼻で笑った。
「あいつに餌をやったりケージ掃除したり……とにかく面倒を見ているのはオレだ」
 ああ。そう言えば、兄貴は世話好きなんだ。昔から。
 おふくろの遺伝だろうか。
 学校でも、三橋さんにいらない世話焼いて、うざがられているんではないだろうか。
 そう思って、オレはため息をついた。
「ん? 何故ため息をつく?」
「別に……」
 兄貴は、オレの背後に回り、オレの首にきゅっと腕を巻きつける。
「言え!」
「ろ、ロープ、ロープ……」
 オレの言葉で、兄貴も腕を外す。
「三橋さん大変そうだなぁ、と思ったんだよ」
「なんで。大変なのはオレの方だぞ。カロリー調節したり、危険がないかどうか見張ってやったり……」
「――それで、三橋さんは文句言わないの?」
「言わない」
 きっぱりと。
 ああ、兄貴が怖くて何も言えないのかな。三橋さん。
 やっぱり可哀想だ……。
 オレは、また深くふかーくため息をついた。
「だから! 何か言いたいことがあったら言えっつってんだよ!」
「それだったら兄貴! 普通の人だったら、まずバッテリー解散したいと思うぜ!」
「いいんだよ! 三橋は普通と違うんだから」
「あ、三橋さんに言ってやろうっと」
「んだとぉ! こら待て! シュン!」
 オレは逃げた。
 どたばたと兄貴と追いかけっこをする。
 ミハシが物陰からこちらを見ている。
 観察日記のノートは、机の上にひっそりと置いてある――。

後書き
シュンの観察日記。
ミハシ観察日記を見ていたら、急に書きたくなって。
『シュンの観察日記』と言うタイトルには、二つの意味があります。
一つは、シュンの見つけた観察日記、もう一つは、シュンのことを書いた、観察日記。この違い、わかるかな?
2009.7.10

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