一大決心! 今年の甲子園で西浦が優勝した。オレは三年生だった。 体育館の裏に陽が容赦なく照っている。蝉がじーわ、じーわと鳴いていた。 西浦高校野球部の主将。それがオレだ。『梓』という名前はあまり好きでないので、親にも『花井』と呼ばせている(大体、180pの男が梓なんておかしいだろう)。 一年のときからキャプテンやってきた。これは相変わらずだ。 そして、変わらぬ心がもう一つ……。 「ずっと前から好きでした! つきあってください!」 三年間想ってきた女性に告白する。 いや、本当は三年ではなく、二年と数か月なんだけど、細かいところは気にするな。オレも結構気にする方だけど。 甲子園優勝、そして引退を機に、どうしても伝えたかった。 「花井君……」 相手はモモカンこと百枝まりあ監督だ。オレ達とはこの西浦に硬式野球部ができて以来の付き合いだ。いや、男と女としてではなく、監督と球児としてだけど。 いつか恋人になりたいと思っていたのだ。一年のときより、二年のとき、二年のときより三年……と心は募っていった 「ありがとうね。花井君」 あ、このパターンは……もしかしてふられる? モモカンはオレに近付いてきた。ざあっとモモカンの長い髪が風に巻かれる。 「私、年上だけど、いいのかしらね」 「は、はい! オレ、気にしません!」 というか、年上好きです! 年上万歳! 「一生オレの傍にいてください! 必ず幸せにしてみせますから!」 「それ、プロポーズ……?」 「そうとってもらってもいいです!」 オレは威勢よく答えた……つもりだった。 モモカンはくすくすと笑った。 そうだな……笑われるのも無理ないよな。 オレ、7歳も年下だし、モモカンの顔とプロポーションなら、男に引っ張りだこだろうし……。 けれど、オレはモモカンの外見だけに惚れたわけじゃなかった。 最初、女の監督は有り得ないと思っていた。けれど、男顔負けの技術。人心操作に長け、しかも野球を心の底から愛している。 そして……あの甘夏つぶし。握力いったいどのぐらいあんだ? その果汁を飲み干したのは、オレ(と犬のアイちゃん)だけだ。旨かった。 いやいや、そんなことはどうでもいい。オレは、あの「オレ、辞めます」と言った馬鹿な当時のオレに、モモカンが見せたあの切なげな表情が気になったのだ。 はっきり言ってあんときは、ボールやバットの扱いに興味が向いたのだが、後になって、あの顔がオレの頭の中に浮かんでくるようになった。 もう二度と、あんな顔はさせねぇ! だから、主将の役目も引き受けた。まぁ、他の部員に満場一致で推されたっていうのもあるが。一応人徳あるのかな、オレって、なんて、ちょっと得意になってしまったりしてな。 中学でもキャプテンはやってったけど、はっきり言って、高校の方が断然面白かった。 モモカンの……おかげだ。 暑い。 汗が脇の下に流れてくる。オレの坊主にした頭にも陽光がじりじりと照りつけている。 「花井君。私もあなたのことが好きよ」 「え?」 「選手としてね」 あ……。 ああ、やっぱり……。 そんなことだろうとは思っていた。 「あなた達がいたから、西浦野球部は甲子園優勝したのよ」 はいはい、そうですね。 「男として見たことはなかったのよ。……今までは」 「今までは――? じゃあ、今は?」 「ちょっと……ドキドキしてる」 それって、脈ありってことか? 「モモカン! 待っていてください! オレ、もっともっと男を磨いてきます」 「花井君は、そのままでも充分いい男よ」 「でも……」 「これからも、よろしくね。それから花井君。二人で幸せになりましょう」 ああ。一方的にオレがモモカンを幸せにするんじゃなく、二人で幸せになろうっていうことか……。 って、それって、つきあうのOKってこと? 「モモカン、いつか、結婚してください!」 オレは頭を下げた。 「考えておくわ」 モモカンの台詞に、オレは嬉しさと興奮と暑さのあまり、ぶっ倒れそうになった。 そして、月日は流れ―― 「おい、三橋、阿部もいんだろ。わかってる。おまえらなんだかんだ言って結構仲良かったもんなぁ。今も一緒に住んでんだろ? え? ああ、阿部。結婚式の招待状は届いたか? 絶対来いよ」 オレは幸せいっぱいに、かつてのチームメイトに連絡した。部屋の窓際に座って。 用件を伝えて、一旦携帯を切った。 近々、オレとモモカンは結婚する。 一つ屋根の下で暮らすことになるのだ。親とは同居しないけど、はるかとあすかがいるから大丈夫だろう。 子供は9人。野球チームができるくらい作ろうって、話し合った。 おっ、そうそう。田島にも電話しなきゃな。 元西浦高校野球部のNO.1にして、オレのライバルだった奴。 (あいつもいたから優勝できたんだよな) 甲子園優勝も夢ではないと思ったときから、オレは、モモカンへの告白を考えていた。 田島悠一郎。あいつもオレを変えてくれた。 「おー、田島か。おまえも元気にしてるか? あ、おまえはいつも元気だったっけ。招待状届いたろ。オレがモモカンと結婚するって話……」 「知ってるよ。披露宴にはごちそう出るか?」 田島からこちらが脱力するような質問が来た。 「あのなぁ……」 「ウソウソ。いや、ウソじゃねぇけど……結婚おめでとう。でも、残念だなぁ。オレもモモカン好きだったんだよ」 「えっ……?」 田島が恋敵だったとは。 「モモカンが花井と結婚するならもうすっぱり諦める。その代わり花井、オマエの妹、一人どっちかオレにくれ」 「田島ーーーーー!!」 やっぱり冗談だったんだ。 「おまえに妹はやらねぇーーーー!」 「なんだよ、ケチ。――でもま、幸せになれよ」 「ああ。約束する。じゃあな」 潮時と見て、オレは電話を切った。 これから、モモカンと二人の生活が始まるんだな……。 もうオレにとっては監督じゃねぇから、百枝? まりあ? 何て呼べばいいんだろう。 忘れてた。彼女はもうすぐ花井まりあになるんだった。 オレは、自分の顔がニヤついていくのがわかった。 (いかんいかん! しっかりしろオレ) 気合い入れるためにぱんぱんと頬を叩く。 家の窓からは春の花が咲き誇るのが見えた。 後書き 花誕小説です。結果的に二部作みたいになりました。 山之辺黄菜里さんのメールでヒントをもらいました。 本人に訊いて、快諾をもらいました。 黄菜里さん、そして読んでくださった方々、どうもありがとうございます。 2009.4.28 |