不思議の国のミハシ

 ミハシが目を覚ますとそこはグラウンドでした。でも、誰もいません。
「あれー? オレが、寝ている間に、みんな、いなく、なっちゃった……」
 誰もいないのでは部活が出来ません。ミハシは野球部です。
「タジマくん、ハナイくん、サカエグチくん、ミズタニくん、イズミくん、オキくん、スヤマくん、ニシヒロくん……」
 そして――
「アベくん……」
 ミハシはとうとう泣き出してしまいました。

「ヤバイ、ヤバイ、遅れる遅れる……!」
 燕尾服を着たウサギが懐中時計を見ながら走っていました。ウサギはアベくんそっくりでした。
「あ、アベくん……」
 ミハシはアベくんを呼び止めようとしますが、アベくんは止まってくれません。
「ま、待って……」
 部活に遅れるとミハシも困るのです。ミハシはアベくんを見失ってしまいました。
「アベくん、足、早い……」
 ミハシはぜーはー、と肩で息をしました。

 ミハシはウサギ穴に落っこちてしまいました。ミハシはそこでいろいろな体験をしました。体が逆さになったりもしました。
 どこまでも続く穴の中、ミハシは一人、とっても不安でした。

 ミハシは大きな川に落ちて流されてしまいました。
「あ、陸だ……」
 助かった、とミハシは思いました。

 帽子屋ではパーティーが行われていました。
 タジマくんがウサギの耳を生やしていました。ハナイくんはおっきい帽子をかぶっていました。
「オレらのマッドパーティーへようこそ!」
 タジマくんが言いました。
「マッドって何?」
「あ、そういやマッドって何のことだ? ハナイ」
 タジマくんが言いました。
「おめーもわかんねぇのかよ。いいか、マッドパーティーっていうのはだな……」
「あ、それどころじゃ、ないんだ。オレ、アベくんを、探す、ために、やって、来たんだ、よ~……」
「あー、アベなら紅茶一口飲んで出て行ったぜ」
 イズミくんが教えてくれました。
「ありがとう。それじゃ」
「おう、またな~」

 しかし、どこへ行っても、アベくんは見当たりません。
 どこを探しても、見当たりません。
 どうして、アベくん、どこかに行っちゃったの……?
 今は、試合も勝ち進んでいるはず……。
 アベくん、オレのことがいやになっちゃったの……?
「アベくん、どこ、行ったの? オレ達、ケガしないって約束したのに……」

「何だい? そこの男の子」
「え?」
 ミハシは目をきょろきょろさせます。
「こっちこっち」
「え……?」
 空中に白い歯が現れました。黒い体も現れました。
「あ、ハマちゃん」
「ん? いかにもオレはチェシャー猫のハマダさ。誰を探しているんだい?」
「あ、アベくんを……」
「アベもしょーがねぇヤツだなぁ。友達ほったらかして走って行っちまうんだもんなぁ……」
「?」
 ミハシが?マークを浮かべます。
 ミハシが通って来た道は、掃除屋さんが掃除して消してしまいました。
「まぁ、道なんてどっからだって作れるけどさ」
「ほんと?」
「ああ。アベなら女王様の開くヤキュウの試合に行ったぜ」
「あ、オレ、投手……」
「なら話が早い。こっちからが近道だぜ」
 ミハシの目の前がぱっくり割れました。

「ありがとー、ハマちゃん」
「なんのなんの」

 ヤキュウの試合は既に始まろうとしていました。
「あら、投手が来たわ」
「か……監督……」
 モモカンが立派な服をまとって待っていました。
「うちは一年しかいないの」
「どこ行ってたんだよ。ミハシ」
「あ……アベ、くん……? アベくん、こそ、急に逃げたりして……」
「さ、試合始めるわよー」
 モモカンが杖を振り上げました。
「え、でも、試合って、どこと……?」
「ミハシー!」
 聞き覚えのある声がしました。もしかして、と思ってミハシが振り向きました。
「叶くん……?」

「……橋、三橋……」
「ダメだこりゃ、起きねーわ」
「レン!」
「は、はい!」
「よし。起きた」
「阿部くん、いきなりの、名前呼び、心臓に悪い……」
「何だよ。いいじゃねーか三橋。じゃ、ランニング行くぞー」
「あ、あのね、夢見たの……」
「夢ー? どんな夢?」
「……阿部くんが、オレに気づかずに走って行く夢……」
 田島くんがゲラゲラ笑いました。
「それはねぇって! かえって阿部が追っかける方だよ、なぁ」
「三橋……」
 阿部が心配そうに声をかけました。
「何か不安にさせたこと、オレ、何かしたか?」
 三橋がふるふると首を横に振りました。そして、きっぱりと言いました。
「夢の、話だから……」
 だから、これからはいつもと同じ、みんなで野球が出来るのです。三星のみんなともまた野球がしたいなぁ。三橋はそう思いました。

後書き
私、『不思議の国のアリス』大好きなんですよ。ディ○ニーのも好きでした。
夢の中では、人名は概ねカタカナ表記かな。でも、確かに阿部の名前呼びは三橋にとって心臓に悪そう……。
このお話は、おお振りファンの山之辺黄菜里さんと天城かのんさんに捧げます。
2018.11.04

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