打倒西浦!

 ――崎玉高校にある一人の人物の噂が流れていた。

「さくらは打撃もいいが、肩も強いからなぁ」
「野球をやる為に生まれてきた少年ですなぁ」

 また、ある女子生徒達はこう言う。
「さくらくんてかっこいいよね!」
「サッカーもやってたんじゃなかったっけ。野球の他に。すごかったねぇ」
「すごいすごい! もうヤバイ!」

 ある教師の言――
「さくらのヤツ、急に成績が伸びたと思って褒めてやったんだよ。そしたら――」
「そしたら?」
「『馬鹿じゃキャッチャーはやれませんから』って」
「若い子はそのぐらいの意気がないと伸びませんよ」

「さくら、さくら、さくら――」
 佐倉大地の頭はぐるぐるしているようだった。体格の良い大地が部屋に入ると、汗臭い部室がますます濃度を増すようだった。
「イッチャン先輩!」
「よぉ」
「イッチャン先輩、さくらって人知りませんか?」
「おう、よく知ってっけど」
「その人、運動も出来て女子にもモテて成績もいいそうなんスよ」
「……おめー、遠回りに自慢してんのか?」
「で、相談があるんすけど……」
「何だよ」
「そのさくらって人、野球部にスカウト出来ませんかね。さくらさんが野球部に入ったら西浦にも勝てると思うんスけど――」
 イッチャン先輩――市原豊が笑いだした。
「何笑ってんスか! こっちは真剣なんスよ!」
「――いや、わりわり。おめーのいう『さくら』なら、目の前にいるだろうが」
「はっ?」
 ――大地はここに来て初めて真実を知る。
「じゃあ、皆が噂してたのって、オレのことっスか~?」
「そうだよ。おめーはバカだバカだと思ってたけど、ここまで大バカだとはな~」
「え? でも、『馬鹿じゃキャッチャーはやれませんから』なんて言ったことないっスよ」
「言ったんじゃねーの? ――似たようなこと」
「え、でも、え~?!」
 大地はテンパっていた。
「そうだとしたらオレはオレは、なんておごったことを言ってたんだ~!」
 そう言って頭を抱える。
「別におごってるとは思わないがな……おめーの言う通りだと思うし。おめー、キャッチャーとして伸びてきてるぜ」
「え? そっスか?」
「ああ。だから、ちっと西浦に感謝だな」
「西浦! 絶対勝つっスよ! 今度は!」
「おめーは西浦関連なら勘違いしねぇんだな」
「あー、でも……『さくら』さんという人が別にいて、野球部に入ってくれればもっと戦略に幅が出て来たかもしれないのに……」
「……おめーの口から『戦略』なんて言葉が出てきたの聞いたら、トモびっくりするぜ」
「石浪さんのことっスか。頭いいっスよね」
「おめーと違ってな。つか、おめーと比べりゃ誰だって頭いーぜ。でも、オレ、おめーみてぇなバカも嫌いじゃねぇぜ」
 そう言って市原は大地の肩を抱いた。
「打倒西浦はお前とトモにかかっている。夏にコールドで負けた相手だ。今度はこっちがコールドで勝ってやろうぜ」
「はい! リベンジっス! 打倒西浦っス!」
「もうすぐ4市大会がある。西浦の度肝を抜いてやろうぜ!」
「はい!」
「良し!」
 市原は大地を解放してやる。
「でもなー……今まで噂のさくらを自分のことじゃねーと勘違いしてたなんてなー」
「だってオレ、褒められたことなかったっス」
「え?」
「オレ、力持ちで乱暴者だから今まで怒られてばっかだったっス」
 大地は何故か嬉しそうに言った。
「だから、ここでは沢山褒められて嬉しいことばっかです」
「お、おう……」
 それでも、褒められたことがないって、普通グレないか?
(まー、大地は根っからのアホだったからグレるという選択肢も思いつかなかったんだろうな……)
 市原は大地に対して酷いことを思う。
(そのおかげで崎玉は助かったんだけど。星さんも応援してるし……)
 星さん。崎玉を心の底から応援しているが、どこに住んでいて何の仕事しているか謎の人物ではある。もういい年なのはわかってはいるが。
 崎玉を愛していることに感謝はしているのだが――。
「おめー、本当はピッチャーとしてもいいもん持ってんだろうけど、今のおめーはキャッチャーだ。いい仕事しろよ」
「はいっス! 今度は西浦のピッチャーにも勝ちます!」
「頼りにしてるぞ、キャッチャー」
「はい!」
 西浦のピッチャー……三橋廉のことである。
「あそこのピッチャー、大地と同じくらい変わってそうなヤツだったけどな。――大地みてぇな底抜けな明るさはねぇよな」
「野球選手って明るくないとダメなんスか?」
「明るいに越したことねぇだろ。チームの士気が上がる。――トモのようなケースもあるけど」
「トモさん、暗いっスか?」
「……まぁ、変わりモンではあるがな。この話、トモに聞かせんなよ」
「わかったっス」
 ま、大地のことだから大丈夫だとは思うが、こいつ、うっかり舌を滑らせねぇとも限んねぇからな――まぁいいや。トモは慣れてるだろ。
 ――そう市原は考える。
「トモとおめーがいりゃ、崎玉は無敵だ。西浦なんかに遅れをとるなよ」
「はい!」
「そろそろ皆来る頃だ。着替えとけ」
「はい!」
 それから、大地は少し言いにくそうに、
「イッチャン先輩、あのー……」
 と言った。
「さくらの正体ならわかったんじゃねーの?」
「違うっス! ――あの、イッチャン先輩、一緒に頑張りましょう!」
「そうだな」
「リベンジ、楽しみっス!」
「そうだな。それにしても、オレ達ちょっと西浦ばっかり見過ぎてるよな。きっとあの夏オレらがコールド負けしたせいなんだろうぜ――アイツらに」
「イッチャン先輩……あの試合はオレが敬遠されてばかりだったから……」
「バカ。あの場合お前が敬遠されたのは力の証だろ。あれはオレだって『西浦もひでぇことするなぁ』と思ったけど。でも、オレ達はもう負ける訳にはいかねぇの! タイさんも見てるんだぞ! もうごちゃごちゃ考えるのはやめだ! 取り敢えず打倒西浦! それが今の目標だ!」
「タイさん……」
 タイさんと言うのは、引退した小山大樹のことである。――小山の大将から『タイさん』と呼ばれている。でも、小山の大将とは思えないくらい気遣いが出来ていい先輩だった。
「はい! タイさんと皆の為にがんばりまっす!」
 大地は大きく腕を広げた。いい返事をするじゃねぇの――市原は振り向いてウィンクをした。

後書き
この小説は冒頭の部分が書きたくて書いたようなもの。
途中わからないところがあって、ちょっと苦労しました。
このお話は、おお振りファンの山之辺黄菜里さんと天城かのんさんに捧げます。
2018.09.21

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