お前に会えて良かった

「三橋!」
 がらんとした聖堂の中でオレは叫ぶ。真ん中には赤い絨毯。それが牧師の説教台のある壇まで繋がっている。
 ――教会は清潔な香りがした。
「ついに明日だな」
「う……うん」
「みんな――祝福してくれるといいな……」
「そ、そうだね……」
 オレ達は男同士ということで、山あり谷ありだったが今、結ばれようとしているところ。初夜は明日まで大事にとっておくんだ。
「みは……」
 オレが更に言い募ろうとした時だった。三橋が――泣いてる。三橋の顔が涙でぐしゃぐしゃになる。
 もしや――オレとの結婚が嫌になったとか?
「おい、お前――オレとの結婚そんなに嫌か?」
「嫌……じゃない。ただ、嬉しくて……」
「――そうだな」
 三橋廉。オレがどうしても欲しかった存在。
 そして、近い将来手に入ろうとしている。式は明日だ。披露宴はごく内輪で。
「阿部くん……」
 三橋が潤んだ目でこちらを見ている。ハンカチで涙を拭いてから。――阿部隆也。それがオレの本名って訳。
 三橋……そんな目でこっち見んなよ……理性が吹っ飛ぶかもしれねぇぞ。
 ――いや。それは嘘だけどな。俺だって神様の前でいけないことはしたくない。説教壇には十字架。――ピアノは、明日、花井が弾いてくれるそうだ。
「恥ずかしいぜ……」
 花井は確かそう言っていた。花井のヤツ、新郎新婦より照れてどうする。尤も、花井はでかい図体しているくせに照れ屋だったな。あいつがモモカンと結ばれるのはいつの日か。
 しかし、感無量だな――これからは三橋がオレの嫁になるんだ。……男だけど。
「阿部、くん、いい式に、しようね」
「ああ……」
 本当は三橋といるだけで、既にいい式なんだが……ほんと言うと、このまま掻っ攫ってしまいたい。
 けれど、そうしたら三橋の両親が悲しむだろうし、オレの親だってびっくりするだろう。だから――思うだけ。
 こいつとは高校野球で知り合った。オレ達はなんだかんだで、今も野球に携わっている。オレはシニアのコーチをやっている。
 そして三橋は――
 何と、プロ野球選手になってしまった。しかも、結構有名な。
 オレは一生こいつの球を受けたいと願ってしまった。だが、それは、現実の前では儚い夢で――。
 だけど、オレ達は明日、結婚する。周囲の反対を押し切って。
 両方の親が理解があったのは幸いだった。
 オレは、これから、三橋と一緒に暮らすんだ……。
 ――今からでも遅くない。プロになろうか……。実は既に話が来ている。三橋とまたバッテリー組めたら最高だろうな……。
 オレはほわほわした考えを抱く。だが、冷静にならなければ。プロ野球目指すんだったら、コーチは辞めなくてはならなくなる。それに――ぽっと出のオレが、実績ある三橋と組める程、プロの世界は甘くはない。
 田島もプロ入りしたんだってな。あいつなら、大リーグに行ってもおかしくない。もっと身長があれば、あっちでも即戦力になれただろうに。
 その田島も、絶対オレ達の式には参加する、と前々から言っていた。
 実現するわけねーじゃんと思っていたが、田島は、お前ら、夫婦になるよ、ゲンミツに――と、いつも言っていた。ゲンミツの言葉の使い方、間違えて覚えたな。田島。言ってきくようなヤツじゃないんで、そのまま放ってあるけど。
 あの頃の西浦ナインは全員来るよな――西広も。しのーかはどうだろう。
 明るくて、優しかったしのーか。しのーかは野球部員の姉でありアイドルであり、マドンナだった。
 去年の冬、水谷にプロポーズされたとか。水谷も米だのクソレだの言われている割にやるじゃねーか、と思った。あ、クソレはオレが言い出したんだっけか?
 確かそん時だったかなぁ……しのーかから電話がかかってきたのは。
「阿部君……私、結婚することにしたの。――水谷君と」
「それは良かったな。おめでとう」
「それでね――ずっと言えなかったけど、今、言うね」
 ずっとあなたが好きでした。
『でした』って、過去形だよな。オレには三橋がいるし。
 そうか――水谷がいたから、しのーかはオレに告白出来たんだ。水谷が、俺への想いと決別する勇気をしのーかにあげたんだ。
 ヤツもまたいい男だ、ちょっと頼りないところはあるけどな。幸せになってくれ。オレも幸せになるから。
 いや、既に幸せだ。
「阿部、くん……」
 おっと、回想にかかずらっていて、目の前のことがお留守になっていたぞ。――何だ?
「オレね、阿部くんに、会えて、良かった……」
 それは、オレもだよ。三橋。
 でも、そんな言葉は、口に出して伝えなきゃ意味がない。
「オレも、お前に会えて良かった」
 オレは声を張り上げた。三橋が、ウヒ、と涙混じりに変顔する。こいつの表情はなかなかにおかしい時もある。それでいていつも皆を和ませていた。
「結婚式の――予行演習やろうか」
 あの、死が二人をわかつまで、ってヤツ。
「え? 別にいい……」
「あ? 何で?!」
「だって、今の言葉の方が嬉しいから――」
 ――相変わらず直球だな、三橋。
「それに、何て言ったらいいかわかんないし……」
「オレはわかるよ」
 伊達にダチどもの結婚式に駆り出されて来た訳じゃないさ。この頃は教会婚が多いと聞く。別に神前式でも良かったんだけどな……。和装の三橋も似合うだろうな。
「オレ――オレ、ずっと、阿部君と一緒にいるよ」
「オレもだよ……三橋」
 キリスト教式の誓いの言葉は、牧師に任せておけばいい。オレ達はオレ達なりの誓いの言葉を言うんだ。
「神様――どうか、オレが三橋とこれからも共に人生を歩んでいけますように」
「お、オレ……阿部君好きだから……一緒にいたい……」
 好きだ――そう三橋に言われても、もう微妙な感情は起きない。あるのは甘やかな幸福感だけだ。――よし。
「わっ、何すんの?! 阿部君!」
 俺は三橋を横抱きにした。
「練習だよ。本番、取り落としたら困るだろ?」
「で……でも、恥ずかしい……」
 オレに好きだというのは恥ずかしくなくて、お姫様抱っこは恥ずかしくないって訳か。何だかよくわからないけど、可愛いぜ、三橋。
 ――明日が楽しみだな。誓いのキスも、初夜も。
 明日からは二人なんだ。親元を離れて。三橋は野球で忙しいから、オレがサポートしてやんなくっちゃあ。――オレは三橋を抱き上げたまま、説教壇の前にまで来た。
「阿部くん、降ろして。オレ、重い……」
「わかった。でも、おめーはもうちっと重くなった方がいいんだよ」
 そう言いながらもオレは三橋を降ろす。大体感覚は掴めた。
「阿部君、力持ち……オレ、阿部君のこと抱き上げられない」
 三橋が尊敬のまなざしでこちらを見遣る。何となくくすぐったい。
「お前だって体力あるだろ。先発完投型エースのくせに」
「それとこれとは、訳が違うよ……」
 三橋はオレの服を掴んで顔を埋めた。オレのシャツに三橋の涙が滲む。――三橋の匂いがする。三橋……。愛しさが込み上げてきて、オレはぎゅっと三橋を抱きしめる。鼻水がつくかもって? 構やしない。
 これが――幸せというもんなんだろうか。
 野球の試合での高揚ともまた違う、甘いときめきだ。くらくらする。結婚式の前日だってこうなのだから、式の日はどうなるかわからない。――案外冷静だったりしてな。
「阿部君は、榛名サンも、招んだんだよね」
「まぁな。一応世話になったからな」
「オレ、榛名サン、好きだ」
「おー、本当は悪いヤツじゃねぇんだもんな」
 三橋と会った時には、榛名は最低の投手だと思ってたけど――榛名は……野球が出来なくなるのが怖かっただけなんだ。榛名もプロ入りした。三橋とはライバルチームだ。
「お前、榛名とは敵同士だろ? それでも本当に、招んで良かったのか?」
「うん!」
 三橋がこくこくと頷いた。そして、続けた。
「それに、榛名さんは、敵じゃ、ない。オレも、叶君、招んだから。必ず行くって」
 みんなが来るの、楽しみだね――そう言って、三橋は無邪気に笑った。その様があまりにも綺麗過ぎて、オレの目元にも涙がたまり、視界がぼやけた。

後書き
アベミハ、結婚式を前にして二人して思うこと。かのんさんのアベミハ結婚式の小説『誓い』を読んで、二人の結婚式を書きたいなぁと思いまして。
でも、これは結婚式前日みたいですね。
阿部君は、シニアのコーチという設定ですが、そこからプロ野球の選手になる人っているのかねぇ……父はあってもおかしくないけどよくわからんと言ってました(笑)。
まぁ、もしもの話ですからね。阿部もコーチを辞めるまでは考えてなさそうだし。
このお話は、おお振りファンの山之辺黄菜里さんと天城かのんさんに捧げます。
2018.09.11

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