うまそうっ!

「おーい、花井ー!」
 田島の声が聞こえる。花井がそっちを振り向く。
「……何だよ。田島。んな大声出さなくても聞こえてるっつーの」
「お前らだってさっきみんなで大声出してたじゃん」
 田島は一向にこたえない。
 オレ、水谷。今は鎌倉遠足で修旅の練習している最中。みんなで鳩サブレーアイス食べに行くとこだったんだけど……。
「そんなにうるさかったか? オレ達。うわー、恥ずかしい……!」
 花井はデカい図体してるくせにシャイである。我に返ると恥ずかしがるんだな。花井って……。オレなんか今更だろうって思うんだけど~。でも、オレもちょっと恥ずかしくなって来たので、ピュイッと口笛を吹いた。――田島が続ける。
「オレ達も鳩サブレーアイス食おうと思ってたんだけど、先にチーズカレーの店回ろうと思って。な、三橋」
「う、うん」
 さっき阿部が提案して没になったヤツだ。
「でも混んでんじゃね? 並ばなきゃなんないかも……」
「オレらもう子供じゃないんだぜ。もし時間に遅れてもオレ達普通に帰れるだろ」
「……ま、確かにそうだな」
 おお、田島が花井を説得した。
「泉、ハマちゃんも呼ぼうぜ」
「――オレ、訊いてくる」
 泉がたっと駆け出す。オレ達は円陣を組む。――女子も含めて。
「チーズカレー食うぞ!」
「おうっ!」

 巣山と栄口はお土産買いに行って、沖と西広は班行動を優先するんだってさ――花井が報告する。
「でも、これだけ人が集まればいいと思うよ」
 と、オレ。浜田さんは来ている。
「阿部もチーズカレー食いたかったみたいだよ」
「まあな」
 オレの言葉に阿部がぶっきらぼうに答える。この雑さが女子に怖がられる理由なんだよなー……。かっこいいと評判でもあるんだけど。オレと阿部。どっちがモテるかな。
 まぁ、オレはたった一人にモテりゃそれで幸せなんだけど――。
「ん?」
 しのーかの瞳が眩しい。オレは自分の顔が赤くなってないかどうか確かめたい。そんで、ついしのーかから顔を逸らしてしまった。花井がナビ機能を参考にする。
「あー、ここだここだ。……へぇー、やっぱ結構並んでんな」
「だべってりゃすぐだろ」
 田島が笑う。田島はいつでも明るい。
「そ、そう、だよね……」
 三橋はチーズカレーの味や匂いを想像したのか、じゅるっと涎を垂らす。それを慌てて拭く。なんつーか、三橋って小動物みてぇだな。
「旨いからってあんまり急いで食うんじゃねーぞ」
 ……阿部は過保護な飼い主、かなぁ……。
 しのーかはこの間、阿部が三橋に優しいって言ってたけど……優しいって、小動物に対するような優しさなのかなぁ……うーん……。
「あれ? 水谷寝てんの?」
「ただ目をつぶってただけだよ」
 オレは田島に言い返す。
「元気を出せよ。いい若いもんが!」
 田島がバシーンと背中を叩く。いてぇんだよ。この……! ――浜田さんが笑いながら訊く。
「オレも参加させてもらっていいの?」
「だって、ハマちゃん。野球部、応援……」
 三橋は相変わらず片言だ。
「誘ってくれてありがとな。でも、料金はちゃんと払うから。バイト代入ったから皆におごってやってもいいけど?」
「わ……悪いですよ~」
 と、中田さん。バイト代は浜田さんの生活費だもんな。――泉が言った。
「こいつ、連れてくるの大変だったんだぜ。無駄に人気あるから」
「泉~。人気なんてオレにはねぇよ~」
 ――浜田さんは自分をわかっていないと思う。いい男だしかっこいいし、オレなら浜田さん手放さないだろうな。きっと浜田さんの班の人達もそうだったと思う。
 あ、店に入れそう。
 オレ達は席に着く。もうカレーの匂いがしてきてたまんねー。
 全員チーズカレー。田島達の班の女子達も一緒だ。オレ達は叫んだ。
「うまそうっ!」
「え……何?」
 しのーか除く女子達はびっくりしているみたいだ。皆も見ている。しのーかが説明する。
「あ、えーとね、野球部ではいただきますの前に『うまそうっ!』て言って、食欲引き出すの」
「そうなんだー」
「野球部って面白そう。こぼれ話聞けてラッキーだったね」
 田島の班の川村さんが言った。
 チーズカレー……溶けたチーズがカレーの風味に合わさって絶妙なハーモニーを醸し出している。とろっとろにとろけたチーズが辛いカレーと出逢い味をピり辛マイルドにし尚且つアツアツのご飯と具に絡まってくはーっ! つまり何が言いたいかというと――
「うんま~い」
 と、しか言葉が出ないのだ。量が多いのも、オレ達食いしん坊には嬉しい限り。つけあわせも盛りだくさん。
「おっ、美味しいねっ」
 と、三橋も喜んでいる。
「熱いからゆっくり食えよ」
 過保護阿部、発動! ――こういうところが優しいのかな。阿部はちょっと怒りんぼだけど、そう悪い人間じゃない。黒い時は黒いけど。
 そういえば、三橋の前でだと何となく気を使っているところが垣間見える……かな?
「ひは、ほは……」
 ごくん。田島が口の中のカレーを飲み込んで水で流し込む。
「これは熱いうちに食った方がいいんだよ」
「――そうなのか?」
「阿部。田島に騙されるんじゃない」
 花井もゆっくり食っている。
「騙してなんかねーよー!」
 田島は花井に抗議する。でも、花井は慣れているので知らん顔。
「ところでさー、千代」
「なぁに?」
「この中にアンタが『いいな』と思っている男子、いる訳?」
 おはねな藤尾さんがしのーかに尋ねる。
「なっ、何言ってんのよぉ。私は野球一筋だって」
「本当ー? あたしのクラスじゃ、千代、アンタ急に綺麗になったって評判よー」
「そんなことないって~。そんなの、全然違うから~」
 オレも知りたい! しのーかの好きな男! でも、こんなこと口に出してしのーかに嫌われてもイヤだしなぁ~。
「……その辺にしてやれよ」
 泉が助け舟を出す。中田さんも小山内さんも浜田さんも、泉に同意する。
 ほっとしたというか、助かったというか……。ん? 何でオレが助かったって思うんだ? 今助かったのはしのーかの方だろ?
 でも、今の反応は……確実に誰か意中の相手がいるな。
 それがオレだったら嬉しいけど、オレ、打撃でもあまり活躍出来てないもんな~。西広とレギュラー争いしてるくらいだし。こちらから、一方的にだけど。三橋だって打撃は下手だけど、おおきく振りかぶって投げる姿はかっこいいもんな~。浜田さんも援団スタイル板についてたし、俺から見りゃ、ひとつ上なだけあって大人だし。
 田島は底抜けに明るいから男女関係なく人気あるし、泉はしっかりしてるし、花井は坊主頭だけどあれで結構顔立ち整ってるし――あ~、ライバルがいっぱいだ~。
 代金は結局、割り勘になった。花井が全員から集めたお金を支払っている。
「そいじゃ、今度は鳩サブレーアイスな」
 田島が走る。ちびっ子は元気でいいねぇ。――やっぱりちょっと背、伸びたかな。
「待って、田島、くん」
 三橋が必死で追いすがろうとしている。阿部が、「食ったすぐ後に走るのはよせ」なんて言っている。言ってることが親っつーかお母さんみてぇ。――……阿部がお母さん……イヤな想像をしてしまった。
 その後みんなで鳩サブレーを砕いて乗せたソフトクリームを食べた。
 サブレーの部分がさくさくして美味しい。バニラの味がぐんと引き立つ。これならいくらでも入るぞ。最後のコーンも口に入れる。今日のオレ達の気持ちは、三橋が代わりに喋ってくれた。――不器用なりに。
「みんなで、食事、すごく、楽しかった……ね! また行きたい、ね」

後書き
『一緒に行こうよ』の続きです。
やっぱりね、チーズカレー食べさせてあげたかったの。
行けなかった&行かなかった人達もいますが。
このお話は、おお振りファンの山之辺黄菜里さんと天城かのんさんに捧げます。
2018.08.22

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