花井の初デート?

 ――スマホが鳴った。……モモカンからだった。オレは今、家のリビングにいて、台所からは食器用の洗剤の匂いがする。
『昨日は楽しかったわね。みんな変わってなくて。花井君、昨日は私がおごってもらったから、今度は私がおごるわね。いつヒマかしら?』
 え? これって――もしかしてデートのお誘い?
 ヒマっス! いつでも全力でヒマっス!
 オレはモモカンに返信する。
『モモカンに合わせるっス』
『じゃあ、今週の土曜はどう?』
『OKっス!』
 オレはきっとにやけた面していただろう。つい鼻歌なんぞを歌ってしまう。約束の時間なんか打ち合わせしていると、お袋が訊いて来た。
「どうしたの? 梓」
 お袋も家ではオレのことを梓と呼んでいる。
「どうでもいいだろ?」
 隣でははるかとあすかがゲームで遊んでいる。今は夏休み中なのだ。――オレは送信すると慌ててスマホを切った。
「お兄ちゃん、ご機嫌~」
「え? 誰? モモカンさんから?」
 ――はるかとあすかも成長して油断ならなくなって来た。
「もしかしてお兄ちゃん、モモカンさんとデート?」
 詰め寄ったはるかとあすかがにやあっと笑った。
「うっ、えっ、違うっておいっ! この間の同窓会の帰り! オレがモモカンの分もご馳走したから、モモカンがそのお礼にって!」
 ――だよなぁ。ただ、そんだけだよなぁ。デートってもんじゃねぇよなぁ……。
 でも……これがデートだとしたら、オレにとっては記念すべき初デートって訳だ。高校時代は野球に明け暮れて、恋愛どころじゃねかったし。……一部、アツアツなバッテリーもいたけど。
「えー、お兄ちゃん、あやしー」
「モモカンさんて美人だよねー」
 ……妹達よ。こんな時だけ息をぴったり合わさないでくれ。
「モモカンは恩師なんだからな! 恩師! 誤解しないでくれ!」
「はるか、モモカンさんなら義理のお姉さんになってくれてもいいけど」
「女同士話が弾みそうだよねー。モモカンさんて優しそうだしー」
 ……甘夏つぶす握力があるけどな。もし、当時のままなら。
 だけど、モモカンも随分変わった。途中から、オレ達のことをよく褒めるようになった。きっと、オレ達の後輩もモモカンにいっぱい褒められて伸び伸びと育っていることだろう。
 西浦が野球の強豪と呼ばれるようになったのは、モモカンの功績も大きい。――閑話休題。
「お兄ちゃん、どんな服でデート行く気だったの?」
「え? だからデートじゃねぇって……普段着で行くつもりだったけど?」
「だめだめー! 私達がコーディネートしてあげるー!」
「え……?」
 オレは藁にも縋る思いでお袋の方を見た。お袋は、
「いいじゃない。はるかもあすかも、お兄ちゃん思いの妹で良かったわね」
 と言った。
「デパート行こうよデパート」
「え……? わざわざ新調してくの?」
「当然よ。お兄ちゃんとモモカンさんの初デートなんだもの」
「お兄ちゃん、せっかくかっこいいのにおしゃれより野球なんだもの」
 ――う、それは……。オレはおしゃれには自信あったつもりだけど、確かに野球の方が好きだしな――。
「じゃあ、私もおしゃれして行くわね」
「げっ! お袋まで来んのかよ……」
 勘弁してくれ……。女性陣に圧倒されて、オレはついに折れた。デパートへ連れていかれ――オレは妹達の着せ替え人形となった。

 約束の日、約束の時間――いや、五分前には着いてたけど。モモカンを待たせる訳には行かない。
「花井くーん」
 モモカンが大きな胸をゆっさゆっさと揺らしながら駆けて来る。モモカン、可憐だな――。
「あら、花井くん。ますますかっこ良くなって」
「いやぁ、そのう……」
 オレはさぞかし赤くなってただろう。気を良くして頭なんぞを掻く。妹達には世話になったな――そんなことまで考えてしまう。
「これ、はるかとあすかが選んでくれたんスよ」
 そう言うのは、ちょっと恥ずかしいけど仕方がない。だって、はるかとあすかはオレよりおしゃれなんだから。しかし、オレも結構調子いいかもな。
「妹さんが。そういえば、可愛かったわね。双子なんでしょ?」
「ええ。でも、今はすっかり生意気になっちゃって。そういう年頃なんスかね」
「でも、花井君の服、選んでくれたんでしょ?」
「それはまぁ――」
 はるかとあすかは将来の義姉はモモカンと決めているようだった。オレもそれにはやぶさかではないが――。
「私、お弁当作って来たの。――あまりお金かけられなくてごめんね。おごるとか言っておきながら」
 神様……。
 モモカンの手料理が食べられるなんて……それ何てオレ得?
 でも、モモカンが食事に金かけられなかったのは多分野球部の部費に回す為で――そんなところがいい女だと思う。若い女性の取る行動としちゃちょっと異様だなと勘繰ったこともあったけど――まぁ、それはもういいや。親父さんの影響もあったかもしれないし。
「足りなかったら甘夏ジュースも追加するけど?」
「いや、それは……」
 甘夏ジュース……モモカンの甘夏つぶしの思い出がよみがえってくる。女にはいろいろいるもんだ――オレはその出来事から『女の握力を馬鹿にしてはいけない』ということを学んだ。まぁ、モモカンが特別だというのもあるが――。
 オレの家族はすっかり女系家族となってしまって、オレは少々居心地が悪いと思う時もある。でも、妹達か可愛いし、お袋もなんだかんだでオレ達家族の面倒を見てくれたりしている。旨い料理作ってくれたりとかな。
 ――文句を言ったら罰が当たるかもしれない。
 モモカンはどうなんだろう。――親父さんとはあまり似てねぇよな……。野球に詳しいところは似てっけど。外見はお袋さん似かな。
 つか、さっきから男どもの視線が痛いんスけど……オレ、何も悪いことしてねぇけど? 悪いのはモモカンのナイスバディだ。
「どうしたの? 早く行きましょ。ここの公園、お花が綺麗なんですってね」
「はい。オレも前に何度か来たことがあります」
「あ……あのね、花井君……」
「……何でしょう?」
「腕、組んでもいいかな……?」
 モモカン! ……オレ、夢見てんじゃねーよな。
「いいっスよ」
 オレは男として、モモカンをエスコートしなければいけないんだ。それが、オレより握力ある女傑だったりしても。
 で、でも――モモカンの胸が腕に当たって……オレは爆発寸前だ。皆がオレ達の噂をしているように聞こえる。オレはちょっと誇らしげな気分になった。モモカンもそう思ってくれたようで――。
「あは、花井君。モテるねぇ」
 モモカンが笑う。モテることにかけちゃ、モモカンだって負けてないぞ。――それに、オレは高校の頃は坊主頭で女になんぞからっきしモテなかったからな。例え、西浦野球部の主将だったとしても。一部の坊主好きの物好きな連中以外には。
 大学行って髪伸ばした途端に女に注目されるようになるなんて、何か複雑だな……。勿論、その手の誘いは片っ端から断って来た。
 オレには、モモカンがいたから――。
「オレはもったいねーと思うけど、そういう花井だからこそ好きなんだ」
 ――田島がこの間言っていた言葉。田島に好かれてもな……。あ、でも、友達としてならオレも田島が好きだ。田島もモテるくせに何を言う、とは思ったが。
 でもなぁ……オレは、モモカンより七つも下なんだ。
 モモカンが年上だというのには文句はない。己自身が頼りねぇんじゃねぇかって、思う時があるんだ。
 モモカン……。
 もしかしたら、恋することも恋されることも沢山あったかもしれない。だって、モモカンはいい女なんだから。
 でも、オレらにとっては大好きな監督で――。
 女の監督ってどうなの?って思った時もあったけど、女だからこそ気付けたこともいっぱいあっただろう。それをモモカンはオレ達に教えてくれた。
「あ、ここ。いいとこじゃない。――レジャーシートも持って来たわよ」
 流石はモモカン、気が利くな。オレのお袋も「傘持ってけ」だの「お土産渡しなさい」だの口うるさく言ってて、その時は「うぜー」と感じていたけれど――相手がモモカンじゃちっとも気にならねぇや。モモカンはオレ達の監督だもんな。でも、その前に一人の女であって――。何だろう。考えるとまた心臓が破裂しそうになる。
 あ、そうだ。お土産――。
「はい、モモカン」
 それは小さなコンペイトウだった。お袋が自慢の漬物を持たそうとするのを、はるかとあすかが全力で止めたのだ。――サンキュー、はるか。あすか。コンペイトウは小さくて可愛くて美味しくて、モモカンにぴったりだと思った。モモカンも喜んでくれた。
 いつかお金貯めてモモカンとタンデムツーリングに行きたい――それがオレのささやかな夢であったりする。
 夏の盛りの花は綺麗だ。でも、やっぱり――
「球場の方が良かったっスかね?」
 そう言ってオレが笑い、モモカンも笑いながら「そうねー」と同意した。ああ、何て色気のねぇ二人組なんだ、オレ達……。でも、それだからモモカンと一緒にいるのは楽しいんだよな。

後書き
これはもうピクニックですね。楽しそう。
私、ピクニックが嫌いではありません。
モモカンて、何でも出来そうですよね。
このお話は、おお振りファンの山之辺黄菜里さんと天城かのんさんに捧げます。
2018.08.12

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