田島200才

 部活の時間。埃っぽいグラウンドで。
「なー、花井。お前の夢って何だ?」
 ――と、オレが訊く。
「お前のよりは現実味があると思うぞ」
「何だよそれー」
「……あのな、田島。人間は200才まで生きられないから」
 花井はぽん、と肩に手を置く。まるでなだめるように。丸め込まれてる感じがした。オレは花井の手を振り払う。
 人間は200才まで生きられない。これは常識。
 ――でも、オレは、いや、オレ達はちょっと違うんだ……。
「オレ、200才までプレイ出来るよ」
「無理だって。そもそも二百年も経ったらオレ達墓の中じゃねぇか!」
「でも、オレの家族は特別だから」
 そう。オレ――田島悠一郎の家族は特別なんだ。……寿命が、200才以上、ある。しかも、年を取るのがすんげー遅い。
 目の前の花井は――どうあがいたって百年前後しか生きられない。
 オレ、長生きはしたいけど、花井と死に別れるのは――イヤだ。
「田島?」
 オレの目の前で花井が手を振り振りさせる。
「ごめんな。冗談だってわかっちゃいるけど――ついムキになっちまって」
 花井……冗談じゃねんだよ……冗談だったらどんなに良いか……でも。
「冗談じゃねんだよ!」
 そう叫んでオレはぴゅ~っと三橋達の方へ走って行った。
 呆れただろうな。花井。でも、真実なんだ。
 オレ、お前が好きだけど、ずっとダチでいたかったけど……お前、オレより先に死んじまう。それがイヤで――オレは泣いた。
「田島、くん?」
「三橋……」
「どうしたの? 怪我、した?」
 三橋は独特の喋り方はするけど、いいヤツだ。オレ、この野球部でいっちゃん最初に仲良くなったのは、三橋のような気がする。
 三橋とも別れたくね~っ! この野球部全員と、オレ、別れたくねぇ!
 きっと、もうこんな輝いてるヤツらに会えないから……
「わっ!」
 三橋が驚いた声を出す。オレがいきなり抱き着いたからだ。
「――田島」
「え? どうしたの? 花井、くん」
 きいたのは三橋だった。オレも気になる。
「練習。田島のヤツ、珍しく情緒不安定みたいだから、慰めてやってくれよ」
「え……花井君は?」
「あー、人をなだめるとか、そういうのどうも苦手でさ……特に、田島とかが相手だと――」
「花井ー!」
 オレは今度は花井に抱き着いた。――泣いたまま。
「あー、わかったわかった。オレが悪かった。200才まで野球でも何でも好きにしろよ」
 花井がおざなりに言った。やっぱ本気にしてねぇな。――オレだって花井の立場だったら信じないもん。花井の匂いがする。オレを落ち着かせてくれる匂いだ。
 花井の幸せや不幸は、オレがちゃんと見届けてやっからな。ゲンミツに。
「田島?」
「へへっ、もう大丈夫。田島悠一郎ふっかーつ! じゃあな!」
 オレは花井フェンスの方に向かって走る。――花井にはかっちょ悪いところ見せちゃったな、オレ。でも、もう立ち直ったもんね。もう涙も止まっちった。立ち直りの早さが田島家の血筋。
 ――そして、寿命の長さも。
 三橋も花井も、オレより先に死ぬ。だったら。
 精一杯あいつらと付き合って楽しいこといっぱいいっぱいやんなきゃソンじゃねぇか?
 そして、じじいになった時、楽しかった時のことを笑いながら孫に話すんだ。結婚しても――相手はオレより早く死ぬんだろうけどさ。

 そして、オレ達は一応大人と呼ばれる年齢になり――。
 花井とモモカンの間に子供が生まれた。女の子だ。
「かっわいーい。なぁ、花井」
「何だ?」
「娘さんをオレにください」
「オメーなぁ……オレの娘の年わかってんのか? まだ一才にもなってないんだぞ?」
「……すぐに大人になるよ」
 ――オレ達と同じく。
「娘が大人になっても、お前にはやらん」
「えー、いいじゃんいいじゃん」
「大体年が離れ過ぎてるだろ」
 花井、昔オレが言ったこと忘れてる。オレが二百才以上生きるってこと。でも、オレはゆっくり待つ。ゴリ押しだけはしねぇんだ。
「――わかったよ」
 表面上、オレは引き下がる。花井は異様なものを見る目つきでこっちを見る。
「なぁ、田島。――お前、全然変わらねぇな」
「そう?」
「まるで――高校時代で時が止まってるようだ」
 オレ達の一族、老けるのも遅いんだ。
「本当に、ぜんっぜん変わってねぇもんな」
「花井がおっさんになっただけじゃねぇの?」
「バカ。オレはまだ若い」
 そうだな。――でも、花井なんてあっという間にじじいになるよ。オレだってじじいになるかもだけど――200才までは生きるかんね。
「花井、娘とモモカン、大事にしろよ」
 オレは、高校時代の時みたく、花井から走り去った。これ以上いると、自分が何を言い出すかわからなくなったので、怖かったんだ。

 ――今日は花井の葬式だ。
 花井は92で死んだ。大往生とも言える。うーん。でも、人生百年の時代に突入しちまったからな。それでも二百年にはまだ手が届かない。
 オレ、出るの止めようかな。オレを知ってても詳しい事情は知らないヤツがオレを見て怖がっても困るし。モモカンもとっくに位牌になっちまった。
 でも、娘さんにだけは挨拶して行きたいな。
「田島さん?」
 綺麗な声が聞こえた。
「おー」
 オレは花井の娘に手を振った。
「ほんと、変わらないですね。田島さん」
「だろ? まだまだ野球でも現役だもん」
 花井の娘も結婚しちまった。オレは結婚しそこねた。今から結婚してもいいんだが、ある噂が立っていて、おちおち結婚も出来ない。
『田島悠一郎は妖怪だ』
 うーん、妖怪はないよな。……それに似たもんかもしれねぇけど。オレの家族は何だかんだでカモフラージュしてる。
 でも、オレは隠さねぇんだ。
 お袋が教えてくれた。オレの先祖達は山の中に住む神々の血が流れている一族で、人間達の自然破壊で山に住んでいられなくなって、里に下りて来たんだと。ここでは――オレ達は特別扱い。特殊な一族ってことになってるから、しょーがねーんだ。
 花井の娘も、赤ん坊の頃から知ってるけど、手、しわしわになっちゃったなぁ……花井とモモカンのいいところを取っているのでかわいいけど、もうダンナがいる。花井の娘が言った。
「お父さんね――田島はオレの友達だったよって……あいつ、全然変わんなくて、会う度に若返るような気がするって」
「そうか……」
 オレも、花井に会うと嬉しい。だけど、花井が年取って行くのは悲しかった。
 オレが最後に病院で会った時、花井は言った。
「田島……ごめんな……お前の言ったこと、全部、本当だった……」
 そして、その数日後――花井は息を引き取った。
 娘さんの話によると、花井はオレの出生について調べていたらしいのだ。オレの秘密を、知る為に――。
「お父さんから聞きました。――田島さん、200才までプレイしてくださいね」
 花井の娘さんの言葉が心に沁みる。オレは泣き笑いをしながら、「もち!」と親指を立てる。何だか、花井と約束したみたいだった。

後書き
花井より長生きする運命を定められた田島様。悲しい運命かもしれません。
花井とモモカンの間には、娘が生まれると思います。何となく。息子が生まれてもいいけど。
この花井の娘には、まだ名前はありませんが。どんな名前がいーかなー。
このお話は、おお振りファンの山之辺黄菜里さんと天城かのんさんに捧げます。
2018.07.23

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