一緒に行こうよ
10月某日。
修学旅行での羽田空港現地集合の予行演習というウワサの鎌倉遠足東京駅に現地集合し、鎌倉を観光。
特に何もなく終わり――
「ちょっと待ったー! 鎌倉行って何事もなく終わったなんて言わせないかんなー!」
――オレは水谷文貴。今日はちょードキドキです。
何てったって、しのーかのいる女子班と一緒だもんね。くじ引きで決まったんだ。
んでもって、阿部は隣の席にいる女の子の名前すら知らなかった。同クラんなってもう10月だぜ? ひどくね?
まぁ、阿部らしいっちゃらしいけど……。
「水谷君?」
おっと、阿部どころじゃねーや。せっかくしのーかが声かけてくれたのに。
「なに? なに?」
「あ――鎌倉の大仏も大きいねって言おうとしたの……」
オレってば、がっつき過ぎた……しのーかが引いてる……。
「奈良の大仏もでけーけどな」
阿部も大仏を見上げている。オレは奈良行ったことないけど、そういうもんか。
「千代ー。写真撮ろうよー」
小山内さんが手招きする。ここで挽回しなければ!
「はいはーい。オレ撮るオレ撮る!」
オレ、こういうの得意なんだ。自撮りもインスタもやってるし。
「阿部君と花井君も入んない?」
――と、中田さん。
「おー」
「入っていいならいいけど……」
うーん。せっかく名誉挽回のチャンスと思ったのに、これじゃただのいいヤツ止まりじゃん。オレ。……まぁ、今はそれでいっか。
「撮るよー。はい、チーズ」
オレはスマホのシャッターを切った。――しのーかいい笑顔!
「じゃあ、次私撮るね」
「しのーかはいいんだよ」
「だって……水谷君だって自分の映った写真欲しいでしょ?」
じーん……しのーかっていい子だよなー。な、いい子だろ? 自分から裏方に徹するなんて……。おまけに可愛いし。流石西浦野球部が誇る敏腕マネージャー!
「いい顔してねー」
しのーかは撮る側だというのに笑顔だ。こっちも釣られて笑顔になっちゃう。
「シャッター三回も押しちゃった。プリントアウトしたら皆にあげるね」
「おー」
「しのーかありがとー」
「いーえー」
「……水谷、ちょっと……」
花井がオレを引っ張っていく。何だろ。まさか連れションじゃあるまいな。
「いい子だよな。しのーか」
「あー、うん」
オレは思考を読み取られたような気がしてちょっと恥ずかしくなった。もしかして、オレの恋心、バレた?
「田島が妙なこと言ってたんだよ。――あいつはつい口滑らしちまったみたいだけど……水谷って、しのーかのこと好きなのか?」
うわー、来たよ。この質問。そろそろ来る頃かなーって思ってたんだけど、まさか花井からとはねぇ……。
「あ……うん。だって可愛いしよく笑うしよく働くし……嫌いな方が珍しいんじゃね?」
「そっかぁー」
花井はほっとしたようだった。え? 心配してたんじゃないの?
「何? 花井もしのーか好きっしょ?」
「好きだけど……お前が思ってるのとは違うと思うぞ」
「花井はモモカンが好きなんだよなー」
花井はきょろきょろと周りを見渡して、
「……言うなよ」
と、小声で言った。
「アイアイサー」
――特に田島には、ってことだな。ま、あいつのことだからとっくに気付いてると思うけど。オレでさえ気付いたし。
「水谷くーん、花井くーん」
あ、しのーかだ。何だろ。オレは脱兎のごとく駆けて行った。
「阿部君がねぇ、鎌倉の有名なカレー屋さん行きたいんだって」
「おう。何かいつだったか鎌倉の番組やってて、そこのチーズカレーが旨そうだったから」
「調べよっか」
「いい。もう調べてある」
へー、カレーか……うまそう……。って、ここでうまそうってしてどうする!
「私達も食べたーい」
「一緒に行こうよ」
小山内さんと中田さん。カレー好きなんだな。というか、カレーは日本ではもう国民食だし。チーズカレーってのも興味あるし。
「でもなぁ……かなりの人気店なんだろ。そこ。並ぶの覚悟しねぇとな」
花井がこめかみを親指でこすりながら言う。そうだなぁ……遠足つったって、学校の行事なんだし――カレー食って遅れると恥ずいし。
「じゃ、また今度にすっか」
「うーん、仕方ないよねー」
「残念」
うん、オレも残念。チーズとカレーならさぞかし相性抜群なんだろうなー……。味とか香りとか食欲そそるんだろうなー……。
「ごめんね、阿部君」
「いいって。しのーかが謝ることじゃねー」
「……阿部君、怒ってる?」
小山内さんがおそるおそる訊く。
「ん? 別に怒っちゃいねぇけど」
「うん。阿部君別に怒ってないよー」
そっかー。阿部は普段から女子を寄せ付けないんだよなー。自覚はないかもしれないけど、なんか怖いって……。キャラで損してるよな。ほんとは優しいのに。……優しい、よな。
しのーかは、阿部が三橋に優しいって言うけどほんとかな……オレ、三橋が阿部に怒られてるところしか記憶にねーぞ。
「自由時間だって。どこ行く?」
「鳩サブレーのアイス食べたい!」
あ、小山内さん、いつもの調子が戻った。
「あー、鳩サブレーのアイスね。それなら私も食べたいわー」
「お土産は鳩サブレーに決まりだね」
小山内さんと中田さんとしのーかがきゃっきゃっと話し合っている。いい光景……じゃなくって!
「鳩サブレーのアイスって何?」
「んーとね……砕いた鳩サブレーを乗せたソフトクリームなんだって」
「何それ! すっごい食べたい!」
オレは鳩サブレーが好きだ。ソフトクリームも好きだ。その二つが一緒になるなんて……もはや味の桃源郷?
「水谷君も言うから行こっか」
「行こう行こう」
ありがとう。小山内さんに中田さん。
「あー、そういえばそれもいいってテレビでも言ってたなぁ」
と、阿部。――オレが一応訊いてみる。
「阿部、鎌倉の番組観てたんだよね。面白かった?」
「まー、暇潰しってとこかな。それに好きな女優が案内役だったし。今は鎌倉の観光大使やってるんだと」
「へー」
阿部にも人並みに好きな女優とかいるんだぁ……。こう言っちゃ何だが、意外な気がする。花井も同じ気持ちのようだった。何とも言えない表情してる。だが、花井はまたすぐに普段の顔に戻った。
「じゃ、皆で行こうぜ!」
我が西浦野球部のキャプテン花井が音頭を取って、皆が「おー!」と拳を突き挙げた。
後書き
今回は水谷君が主人公です。
鳩サブレーのアイスは私も食べてみたい! チーズカレーも! 因みに、鎌倉案内の番組は本当にあったものです。
女優の鶴〇真由さんが案内役だったんだよねぇ。このお話は、おお振りファンの山之辺黄菜里さんに捧げます。
2018.6.23
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