例え他の誰に認められなくとも

 三星学園中等部――。
 三橋廉は動悸を抑えられなかった。いかに友達の叶修悟がいるとはいえ。
「元気出せよ、廉!」
 三橋は叶にバシッと背中を叩かれた。はっきり言って痛い。でも、少しすっきりした。
「う、うん、がんばる……」
「よしっ!」
 三橋と叶は野球部の部室に入って行った。広い立派な部屋だ。
「へぇー、さすが、三星の野球部! 綺麗な部室だなー!」
 叶が歓声を上げる。
「三星って野球でも有名なんだよな。いいよなぁ、三橋。祖父ちゃんがこんなすげー学校の理事長なんて」
「う……え……?」
「と言っても無駄か……」
 三橋はそんなことに興味はなかった。祖父に会える機会が増えるのは嬉しいけれど。
(偉いのはじいちゃんで、オレじゃない……)
 でも、野球部に入れるのは嬉しい。叶もいることだし。
「はーい。では、自己紹介して。どのポジションがいいかもちゃんと言うんだぞ」
 監督の先生はあまりやる気の見えないタイプで、三橋は少々がっかりした。
 皆が次々と発言する。
「叶修悟です。希望するポジションはピッチャーです」
 叶は堂々と言った。三橋はそんな叶をかっこいいと思った。
 きっと、ここにいる全員が、将来のエースは叶と思ったに違いない。
「畠篤史です。ポジションはキャッチャーです」
 どきどきして来た三橋は上着をぎゅっと握った。
「三橋、三橋」
 叶が小声で言った。
「お前の番だぞ」
「は、はい~っ!」
 いきなりの三橋の大声に周りから失笑がもれた。
「み、三橋廉です。ピッチャーに、なりたい、です……」
 最後の方は尻すぼみになってしまった。
 まだくすくすと小さな笑い声が聞こえる。
「三橋ね……ん? 三橋? 君、もしかして三橋さんのお孫さん?」
「はい……そう、です……」
 途端に笑い声がざわめきに変わる。
(三橋……えらいやつの孫なのか?)
(とてもそうは見えないけど……)
(変わったヤツではあるがなぁ……)
 ひそひそひそ。ざわざわざわ。
 三橋は注目を一身に浴びた。だが、三橋はこういうのには慣れてない。
「理事長のお孫さんかぁ!」
 監督は破顔一笑した。
「いやぁ、よく野球部に来てくれたね。歓迎するよ」
 監督の態度がコロッと変わった。
「は……はい……」
「じゃあ、三橋クン。これから君がエースだからね。じゃあ、解散」
 皆の敵意に似たものを潜めた視線が自分に向けられるのを三橋は感じ取った。

(三橋、何もせずにエースになっちまったぞ。一年なのに)
(理事長が祖父だからか?)
(納得いかねぇよ。同じ一年には叶だっているというのに……叶の力も見ねぇで)
 チームメイトになるはずの生徒達が密やかな声で囁く。
 三橋は叶の方に目を遣った。叶は特に気にしたようではなかった。
「大丈夫だよ、三橋。お前は実力だってあるし」
「修ちゃん……」
 昔から、叶はいい男であった。例え女子には嫌われていたとしても。でも――。
「修ちゃんの方が、野球、上手いって」
「そんなことねぇよ」
 それでも叶は照れたようだった。
 試合を重ねていくうち、三星のチームメイトは思いを固めたようだ。
 エースには叶の方が向いている――と。

「お前さぁ、エース辞めた方がいいんじゃね?」
 そう言ったのはキャッチャーの畠であった。
「お前の球、変なんだよ。取りづれぇんだよ。叶の方がいい球投げる」
 畠は、また叶を褒める。
「う……」
「何だよ、言いたいことがあるんならはっきり言えよ」
 それでも、三橋は自分の意見を滔々と述べるタイプではなかった。悔しくないわけではない。けれど、それは自分に実力がなかったから……。
「叶君……」
 叶が現れたのだ。
「おー、三橋。……畠、三橋いじめんのもいい加減にしろよ」
「いじめてなんかねぇよ」
「じゃあもっと言いようがあんだろ」
「――聞いてたのかよ」
 と、畠。
「聞きたくはなかったけどな」
「じゃあはっきり言う。オレ達は叶、お前にエースになって欲しい」
 他のチームメイト達もうんうんと頷く。
「皆、同じ意見だよ」
「でもオレは――三橋の方がいいピッチャーだと思う」
「叶君……?」
 三橋はびっくりした。叶が自分のことを買ってくれていただなんて。叶の方が上手いと三橋も思っていたのに。
「三橋なんて……ひいきでエースになったヤツじゃねぇか」
 畠が吐き捨てるように言う。
 ひいき……。
「そうだ、ひいきだ」
「ひいき、ひいき」
「やめろ!」
 皆に突っかかろうとする叶を三橋が服の裾を摘まんで止めようとした。
「叶、くん……もう、いいから……」
 ひいきなのは本当だから。
 監督も三橋とその他のチームメイトに対する時では態度が露骨に違う。三橋だけクンづけする。三橋だけ怒らない――などなど。
 それもあって、皆のフラストレーションは爆発しそうになっている。
 でも、三橋はある一点だけは譲ろうとしない。
 それは、マウンドだ。
 気の弱い、皆からヘロピーと呼ばれるけれどもマウンドだけは頑なに譲らない。そのことも不満だとチームメイトが叶に言ったら、叶は、
「それは三橋が優れたエースの証だよ! 三橋は投げるのが好きなんだ!」
 と反論した。
 三橋はその時、叶に対して済まなさや感謝を感じていつもの物陰でひっそり泣いた。
 マウンドだけは誰にも渡さない。例え叶の他の誰に認められなくても。

後書き
三橋君、誕生日おめでとう。誕生日に即した内容でないけれど。でも、この中学の日々が今の三橋を培ったんですよね。
三橋はヘロピーなんかじゃありません! それがわかるのは彼が高校に入ってからですが……。
この小説はおお振りファンの山之辺黄菜里さんに捧げます。
2018.5.17

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