三橋への憧憬
これはオレが中学の時の話である――。
「佐々木~。今月ピンチなんだ~。ちょっと金貸してくれる~?」
オレにはわかっている。こいつらが貸した金を返すつもりのないことぐらい。でも……どうしようもないじゃないか。金渡さないとヤキ入れられるんだから。
そこへ来たのが三橋廉。
「あれ? 佐々木君、どうしたの?」
どうもこうもないわい。カツアゲされてるとこなんだよ!
「あ、三橋じゃ~ん」
「おい、三橋はやべぇよ。じいさんが理事長だ」
「そうだったな。……一度退散すべ」
た、助かった~。
「さ、佐々木君……?」
「潮でいいよ」
「潮君? あの人達、誰?」
「不良グループにいる先輩。――いいよな。お前はそう言うのがなくて」
ただのヘロピーのくせに。三橋だって祖父が理事長でなければ真っ先にターゲットにされてたよ。
「あの人達に――お金貸してんの? 他にも?」
「あー、そうだよ。もうオレのことは放っといてくれ!」
「潮君!」
皆まで聞かず、オレは走り出した。――オレはそのまま家へと帰って行った。
この学校に通うのも後少しか。――いいことなんて殆どなかったな。
屋上でぼけっとしていると、三橋の姿が。
「三橋……」
「……潮君。探した、よ」
三橋は札束を差し出した。
「あ、おい、これ、お金……」
「君の、先輩達に、返してもらったんだ」
「三橋……」
どうしてこのオレにそんなことまでするんだよ。オレは何か言いたかったが――。
「あ、ありがと」
それだけ口にして金をしまう。
情けねぇな。オレ。もっと言いたいことがあったのに。いじめられるのも自分でわかる気がする。
「お前……やられなかったか?」
「え?」
「暴力振るわれなかったかってことだよ」
「うん……いっぱい怒鳴られたけど」
「やっぱり理事長の孫は違うね。殴られもしなかったんだろ?」
「うん……」
「持つべきもんは偉い祖父様だよね」
オレの言葉が毒を孕む。
「ごめん……」
「いーよ。謝らなくて。金も返って来たし。――あいつら怖くなかったの? 三橋。痛めつけられるとは思わなかったの?」
「う、うん。思わなかった、よ!」
「このお人好し……」
だが、オレにはこいつに対してある感情が芽生えていた。
一言で言うと――憧れ。
「まぁ、理事長が祖父さんで良かったな」
「潮君……」
「んな顔すんなっての。今のは皮肉とかじゃねぇから。むしろ、オレ、嬉しいんだぜ。お前がオレの為に動いてくれたことがさ」
三橋が照れて下を向く。ちょっと可愛いかな、なんて。
そういや、同じクラスなのに滅多に話すことなかったな。
キーンコーンカーンコーン、とのんびりしたチャイムが鳴った。
「予鈴だ。行こうぜ」
「うん!」
前にダチから聞いた、野球部での三橋の評判は最悪だった。祖父が偉いから、それに乗っかって胡坐をかいてると言われていた。
確かにそう言う面もあんのかもしれない。でも――あいつはオレを助けてくれた。オレの為にわざわざ先輩にナシつけてきた。
悪いヤツじゃねぇ。勇気だってちゃんと持ってんだ。あいつの祖父が理事長でなくても、あいつなら……。
ぼーっとしてたら先輩達にかち合った。
――ヤベェ!
「おー、佐々木じゃ~ん」
「三橋に庇われて嬉しかった~? 金は返せよ」
いつもだったら唯々諾々と従ったことだろう。けれど――。
「い、嫌だ!」
あのヘロピーの三橋でさえ、オレのことを助けてくれたのだ。オレだって――。
「これは元々オレの金だ!」
「何生意気言ってやがる。こいつ!」
「やっちまえ!」
――オレは、ボロボロになるのを覚悟した。その時。
「何やってんだ! 君達!」
担任の柳野先生だった。逞しい男である。
「な……何でもありませ~ん。な?」
「おう……」
先輩達は逃げて行った。ざまぁ見ろ。
「あいつらにいじめられてたのか? 佐々木」
「はい。金、巻き上げられてました」
オレはスラスラと答えた。昨日までのオレだったら、「何でもありません」とか虚勢張っていたことだろう。
けれど、こういうことは、ちゃんと喋んないと終わらないから。エスカレートしてくるかもしんないが、オレはもう怖くなかった。だって、オレはもう……。
それに、オレには三橋からもらった勇気の欠片がある。
あ、三橋だ。こっちへ来る。
「潮君。先生」
「おう、三橋。――お前、佐々木がやられてたの知ってたか?」
先生が訊く。
「……昨日の、放課後、見ました」
「先生。三橋はオレのこと、助けてくれたんス」
オレは口を挟んだ。
「そうか――偉いな。三橋。佐々木も苦労したな」
「オレ、通りかかった、だけ。何も、してない……」
「何を言う。先輩達から、オレの金、取り返してくれたじゃねぇか」
それに――オレに勇気も与えてくれた。
三橋は一見弱っちそうだけど、漢気に溢れている。オレも三橋に負けたくないって、本気で思った。
「良かったな。佐々木。災難もあったけど、最後にいい思い出が出来ただろ?」
「え?」と三橋が先生に訊き返す。
「佐々木な、来月頭に転校するんだよ。帰りのHRで言うつもりだったんだけどな」
「そっか。――潮君。元気でね」
「ああ、勿論。お前に会えて良かったよ。三橋。……それからさ、オレの友達になってくんねぇ?」
「うん、いい、よ!」
三橋が笑ったような気がした。きょどきょどしてたけど、笑ったような気がした。気のせいかもしれないけど。
――オレと三橋は今でもメールで連絡を取り合っている。
後書き
三橋君、誕生日おめでとう。
モブキャラ視点だけど、潮君と三橋、いい友達でいて欲しいと思います。
この小説はおお振りファンの山之辺黄菜里さんに贈ります。でも、アベミハでなくてごめん!
2017.5.17
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