阿部と三橋のすれ違い

「あれ? 三橋は?」
 投球バカの三橋が自由時間とはいえ、グラウンドにいないのは珍しい。
「阿部知らねぇの?」
「お前は知ってんのか? 田島」
「うんにゃ。知らね」
 ――こいつに訊いた俺がバカだった……。ちょっと探して来るか。
「三橋」
 三橋はすぐに見つかった。校舎のベランダに座ってボールを弄っていた。うーん。絵になるな……。三橋の顔がちょっと憂いを帯びていて色っぽい……。
 なんて、見つめてる場合ではなかった。向こうがこっちに気が付いた。あ、いつもの三橋だ。
「阿部君!」
 三橋は叫んだ。
「どうして皆んとこいねぇんだよ」
「ちょっと、考え事してて……」
「投球練習のこと?」
「う、あ、それもあるけど……」
 三橋はきょどきょどと落ち着かない。
 こいつが他に悩んでいると言うと――。
 お医者様でも草津の湯でも治せないあれか?!
 ピシャーン! ――俺の頭上に雷が落ちた気がした。
 三橋が恋? まさかな。
 でも、有り得ないわけじゃねぇ。三橋だって年頃の男子なのだから。
 相手は誰だ? ……オレじゃねぇよな。オレ怒ってばっかだし……。何よりオレは男だし。
 でも実は――オレは三橋に恋してる。
 ビョーキだと笑わば笑え。くそっ。こんな投球バカの何考えてんだかわからねぇヤツに恋なんてしたくなかったんだ。
 でも――恋に落ちてしまったのは仕様がない。三橋にも訊く。
「三橋……もしかして、誰か好きな人でもできたのか?」
「えっ?!」
 三橋が目を丸くする。――図星か。
「う……ううん。違う、よ」
 こいつはいつも変だが、今日は普段より変だ。動揺しているのがよくわかる。
「相手は誰だ?」
 オレも更に追及する。
「い……言わない!」
「ふぅん、あっそ」
 こいつの恋の相手って――しのーかだろうな、やっぱ。
 しのーかはいつも可愛い笑顔を浮かべていて……マネ業もよくやってくれてるし、優しいし……。
 何だよ、オレと正反対じゃねぇか。
 しのーかと三橋だったら、お似合いになる――はず。
「お前……しのーかに恋してんの?」
「ち、ちが……」
「隠さなくたっていいんだぜ。野球に支障が出なきゃな」
 ――あ、オレ、泣きそう。
「ほんとに、ちがっ……」
 三橋も泣いてる。
「じゃあ、モモカンか?」
 三橋がふるふると首を振る。
「オレの好きな人は――いつもオレのことを考えてくれてる人。厳しいけど、本当は優しくて……」
 やっぱモモカンか? でも、モモカンは三橋にだけ贔屓しているのと違うよなぁ……。
「あ、もしかしてルリとか言うヤツ?!」
 西浦関連で考えるからダメなのだ。三星にも好きな人がいたのかもしれない。――でも、あの時は、三橋はまだ初恋したことないって言ってたしな。男子校だったから。
「ルリは、ルリだ。ただの従姉妹だよ」
 ――だろうな。訊いておいてこう言うのもなんだけど。
 んじゃ、やっぱり西浦? クラスメートとか? でも、野球バカの三橋が今時の女子高生の話題についていけんのか?
 手詰まりだ。オレはふうっと息を吐いた。
「あ……阿部君は、好きな人、いるの?」
 と、三橋。
「いる」
 ――お前のことだよ。
 オレは、いっつもお前しか見ていないんだからな。
「……だよね、阿部君は、かっこいいから」
 そう言われると照れてしまうな。他ならぬ三橋に言われたのなら尚更。
「そりゃどーも」
「ねぇ、阿部君。阿部君の方が、しのーかさんのこと、好きなんじゃない?」
「はぁ?」
 こいつ、オレの何を見ているんだ?
 オレを見ていたらオレが本当は誰が好きかわかりそうなもんだろ?!
「しのーかさんは、阿部君のこと、好きだよ」
「はぁ?! 何言ってやがんだよ」
「だって……しのーかさん、阿部君と一緒にいる時、嬉しそう……」
 三橋の最後の方の声が小さくなった。そうかねぇ……。しのーかは皆のアイドルだからな。三橋とも笑い合ってたじゃねぇか。
「しのーかは分け隔てしねぇからわかんねーよな」
「阿部君だってそうだよ」
「そんなことねぇよ」
 特に三橋。オレはお前の面倒よく見てやってるじゃねぇか。
 それなのに、しのーかがオレのこと好きだの何だの、変なこと言って……。
 そりゃ、男が女を好きになるのは自然の摂理だけど。
「阿部君、戻らないの?」
「お前と一緒に戻ろうとして待ってんだよ」
「……オレ、阿部君といると変になる」
「――ご挨拶だな」
 オレだって変になるよ。お前のこと好きなんだもん。でも、三橋の『変になる』っていうのはそれとは違うだろうしなぁ……。
「オレ、怒ってばっかだから怖いのか?」
 三橋は黙ってまたふるふると首を横に振る。――これも違うのか。
 あー、三橋が女だったらなぁ。せっかくのいいシチュエーションなんだから告って、受け入れられても振られても一応区切りがつくのにな。
「オレ、女だったら良かったのに……」
 え? 三橋がオレと同じことを? あ、でも、そうだ。オレ、大事なこと忘れてた。
「女だったら甲子園で試合できねぇぞ。一緒にバッテリー組めねぇぞ」
「う……うん……」
 三橋、まだ泣いてる。
 何だ? 三橋が好きなのはもしかして男か? それだったら――オレにもチャンスがあるかも?
 いやいや。夢を見るな阿部隆也。オレは三橋に怒ってばっかなんだ。三橋に好かれるはずがない。
 でも、気になる……。
「マジでさ、誰だよ、お前の好きなヤツ」
「阿部君が教えてくれたら……教える」
「んだよ、取り引きかよ」
「ちがっ……阿部君は、オレの気持ちなんて、わからないくせに! オレの好きな人なんて、訊いてどうすんの?」
「お前の気持ちなんてわかんねぇよ。言ってくんなきゃな。――オレだってこんなこと、単なる興味本位で訊いてるんじゃねぇんだぜ。ただ、バッテリーを組んでいる身としてはさ……」
「オレ――言わない。阿部君が言わないんだったら、オレも、言わない」
 三橋は冷たい声でそう言って立ち上がる。そしてグラウンドの方に走って行く。
 何だぁ、あの態度。オレは少し面白くなくなった。

後書き
三橋君、誕生日おめでとう。甘々じゃないけど、こんな話も良いかと。苦悩を乗り越えて人は大きくなっていくものです。
この話のアイディアは山之辺黄菜里さんが提供してくださいました。黄菜里さん、ありがとうございます。
この話はアベミハファンの山之辺黄菜里さんとmaririnさんに捧げます。
2016.5.17

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