好きが止まらない

 今日は卒業式――。
 しのーかに告白するんだ! ――と、水谷文貴は密かに心に決めていた。
 相手は篠岡千代。西浦高校野球部の元マネージャーである。
 水谷も篠岡ももうとっくに野球部は引退している。けれど、野球部の思い出は、全部宝物だ。
 これから、オレ達は大学生になる。
 卒業証書を片手に、水谷は篠岡を待っていた。桜が散っている。
「ごめーん。遅くなって」
 篠岡がやってきた。水谷の鼓動が早くなる。
(こら……落ち着け、心臓!)
 水谷は脚が震えそうになるのをこらえて篠岡に笑いかけた。
「どうしたの?」
「いや、ちょっと緊張しちゃって……」
「何で?」
 篠岡が笑顔で頭を傾げている。
 ――今だ!
「好きだ、しのーか!」
 春一番が舞った。
「――え?」
「ずっとずっと好きだった。一年の頃から……」
「……でも、私には好きな人がいるの……」
「――もしかして、阿部?」
 篠岡はこくんと頷いた。
「そっかぁ。やっぱり。でも、オレ、諦めないから」
 水谷と篠岡は、同じ大学へ行く。
 絶対振り向かせて見せる。いい男になって――篠岡と釣り合うくらいい男になって。
 阿部にも負けない男になって。
「あのさ――オレ、野球やめないから。篠岡は? マネージャーになってくれるとありがたいんだけど」
「でも……」
「オレ、マネージャーが篠岡で良かったと思うんだ。有能だし、優しいし、一生懸命だし。野球、好きだろ?」
「うん。男だったら選手になりたかったくらい」
「そんなに好きならさ、マネージャーになってまた俺達を支えてくれよ」
「うん、でも……阿部君がいないから……」
 阿部がいないから。
 阿部の存在は……篠岡のモチベーションアップに不可欠な存在だったのだろうか。
 でも、オレもがんばるよ。野球も篠岡も好きだもん。
「握手、してくれる? 高校生活の最後に」
「うん。いいよ」
 水谷が差し出した手を篠岡が握った。
 しのーかの手……柔らかい。
 バイバイ。西浦高校。
 篠岡のハートは必ずオレがゲットする!
「阿部もいいヤツだったよな。でも、オレは阿部を超えてみせる!」
 篠岡は複雑な顔をした。
 水谷は、見た目は軽いけれど、なかなかに心の強い男だ。
 水谷はにこっと笑った。
「――ありがとう」
「そんな……私こそ、ありがとう」
「野球部、楽しかったよ。皆のおかげで」
 三橋という、ちょっと変わってるけど、すごい選手にも会えたし。
 西浦高校野球部は、去年甲子園優勝を果たした。水谷達が三年の時だった。
 阿部や三橋にはスカウトが来たが、水谷にはさっぱりだった。
 でも、それでいいと思う。阿部も三橋も本当にすごい選手だから。
 オレも、がんばんないとな。そうでなきゃ、篠岡につっかう相手になれないもんな。
 水谷は誓った。野球も勉強も頑張る――と。
 彼はやればできる男だ。自分でもそう思っている。篠岡は、優しい目で水谷を見ていた。
「そうだよね。私も……野球部好きだった」
 篠岡も同じ意見だと知って、水谷は嬉しかった。
「そうだよな、そうだよね!」
 それから篠岡のおかげで……初恋も知った。
 野球部が楽しかったのは――篠岡のおかげでもあるんだ。
 夏の甲子園。独特のサイレン。ちょっと埃っぽい球場。
 青春の全てがそこに詰まっていた。
「私ね――ずっと男の子達が羨ましかったの」
 篠岡が言う。
「私、甲子園出たかったなぁ」
 水谷は頷いた。気持ちはわかる。
 でも――篠岡が男だったら恋などできなかった。
「しのーかは女で良かったんだよ! だって、すっげぇいい女だもん!」
「あは、そう言ってくれたの、水谷君が初めて」
「田島も言ってたぜ! しのーか可愛いって」
「でも、田島君は……」
「皆にそう言ってるか。田島、女好きだもんな。でも、女好きじゃない男なんて、この世にいるのかなぁ……」
「……いると思うよ」
 篠岡の顔にさっと翳が差した。
 そういや、阿部が三橋のこと好きだって噂が流れてるもんなぁ……。
 確かに、三橋の面倒、阿部はよく見てたし、傍から見ればカホゴっつか、恋人同士みたいに見えても不思議はなかったもんなぁ……。
 特にあのウメボシ! すっげー痛そうだった!
 それでも、あれが阿部にとっての三橋への最大の愛情表現だったんだろうな。
 阿部の気持ちはよくわからないけれど、オレはオレなりに努力するだけだ。
「これからも宜しくな。しのーか」
「うん!」
 篠岡と水谷では専攻が違う。けれども、同じ大学だから会う機会もあるであろう。
 水谷は、この三年ですっかり大人びた篠岡を見つめる。
 こんなにいい女なんだから、きっと男どもも放っておかないだろう。篠岡は在学中からモテてたし。
 でも、ライバルなんか蹴飛ばしちゃうもんね。
 しのーか……初めて会った時から好きだったよ。というか、可愛いと思ってた。
 今も、好きが止まらない。
 君が阿部を好きでも、オレはもう君しか見えない。野球も好きだけど、篠岡も好きだ。どっちかなんて選べない。
 水谷だって、何度か告白を受けたことがあった。けれど、篠岡以上の女はいない。
「そこら辺まで歩こうぜ。しのーか」
「うん」
 水谷と篠岡は二人で歩く。振り向くと、西浦高校の校舎が陽を受けて眩しかった。
(オレ、この学校に来て良かった)
 みんな優しかったし、しのーかにも会えた。
 走馬灯のように、思い出が脳裏を駆け巡る。一年の頃、大事な試合でボールを取り落したことだって、いい思い出だ。その後勝ったから。
 自分と同じ制服の男子生徒達が走っている。卒業証書を持っているから、きっと卒業生だな。
 分かれ道に来た。水谷は、名残惜しい気持ちで篠岡と別れた。篠岡は言った。
「またね――水谷君」
 またね、か。今、別れるのは寂しいけど、また会えるんだな。オレ達。
 ――水谷はこれからの大学生活に期待を託した。

後書き
青春だねぇ……。
これから、卒業式のシーズンになりますね。水谷がんば!
ああ、もう水篠にハマってるよ、私……。しのーかって初々しいですよね。
このお話は、おお振りファンの山之辺黄菜里さんとmaririnさんに捧げます。読んでくださると嬉しいな……☆
2015.3.7

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