しのーかのマフラー

 西浦高校の登校日――。阿部が三橋と喋りながら歩いている。
 その阿部の後姿を見ている女の子がいる。篠岡千代だ。元野球部マネージャーの。しのーかはぎゅっと紙袋の取っ手を握った。
 勇気、出さなきゃ。頑張れ私。
「阿部君!」
 阿部が振り向く。表情が笑顔に変わる。
「よっ、しのーか」
「あの……これ、遅くなったけど、クリスマスと誕生日プレゼント……なんだけど……」
 中身は手編みのマフラー。青いマフラー。阿部のイメージカラーの。
「ありがとう」
「手編みだから遅くなっちゃって。……マフラー、なの」
「マフラー?」
 阿部がちょっと困ったような顔をした。
「マフラーなら、三橋からもらってんだ。悪いけど」
「そ……そうなの……」
 やっぱり、もっと早く仕上げてれば良かった……。
 しのーかは俯いた。
「しのーか……」
「よぉ。何してんのー」
 水谷の能天気な声が聞こえる。田島も一緒だ。
「水谷君、田島君」
「それ、何?」
「プレゼント。阿部君に渡そうと思って。マフラーなんだけど……」
「だったら無駄だぞ。阿部はもうとっくに三橋のマフラーしてるしな」
 無駄……。しのーかの心に田島の台詞がぐさっと来た。
「無駄って言うな、無駄って!」
 水谷は真剣に怒っている。
「阿部。マフラー二つあったって仕方ねぇだろ?」
「あって困るもんでもねぇけどな」
「なぁ、しのーか」
 田島は阿部を無視して話を進める。
「そのマフラー、水谷にあげちゃえば?」
「え、ええ?」
「――どうして水谷君に?」
「いいじゃんいいじゃん。水谷マフラー持ってねぇだろ?」
「ん、まぁ……」
「だったらいいじゃん」
「いい、の――?」
 しのーかが上目遣いで水谷を見遣る。水谷は言った。
「おう! くれると言うなら喜んでもらうとも!」
「――じゃ、はい」
 水谷はしのーかから渡されたマフラーを早速首に巻いた。
「おー、あったけぇ。サンキュー、しのーか」
 しのーかは一瞬どきっとした。しのーかが好きなのは阿部のはずなのに。
 なのに……。
「大切にするね」
「うん。ありがとう。水谷君」
 水谷はスキップしながら去って行った。
「オレ達も行こっか。三橋」
「う……うん」
 すっかり忘れられてた三橋だが、忘れられるのには中学時代で慣れてる三橋はこっくんと頷いた。

「田島のおかげで役得だなー。でも……何でわざわざ手編みのマフラーを阿部にあげようとしたんだろ。しのーか……」
 水谷がぶつぶつ呟く。
 しのーかは阿部のことが好きなんだろうか。
 それならそれで構わない。阿部が好きなのは三橋だし、オレだって、阿部よりいい男になればいいだけなんだから。
 いつか惚れさせてやるよ、しのーか……てね。
 そして、水谷はまたスキップした。口笛を吹きながら。

 ――放課後のチャイムが鳴った。HRも終わり、生徒達が三々五々帰り支度を始めている。
 田島が廊下でうん、と伸びをしたりしていると、
「た~じ~ま~」
 背後から聞き慣れた声が。
「はい?」
「オマエは余計なことすんなっていつも言ってるだろうが~」
「あ、いて、いて。ウメボシやめろって! 花井お母ちゃん!」
「誰が母ちゃんだ!」
「それにウメボシは阿部の専売特許だろ?」
「うるせぇ! 話をややこしくしやがって! しのーかきっと落ち込んでっぞ!」
「え? 何で?」
「阿部に手作りのマフラー渡せなかったってさ」
「それぐらいオレだって考えてるよ。でも、しのーかには水谷の方が絶対いいって。それに、マフラーの話、どっから聞いてきたの? 花井」
「どこでもいいだろ」
「そうだな。――花井。オレねぇ、コーガンびいきなんだ」
「それを言うなら判官贔屓だろ」
「しのーか、阿部のことが好きじゃん。――水谷はしのーかが好き。水谷応援したくもなるって」
「う……まぁ、気持ちはわかるが……」
「だろう? それに水谷、読者様からクソレとか言われて可哀想じゃん」
「オレ達は言ってねぇかんな!」
「ま、だから協力する気になったわけ」
「オマエのはお節介って言うの! ほっときゃ何とかなるって」
「うん。そうなんだけどねぇ……」
 田島はぽりぽりとこめかみを掻く。そして言った。
「んじゃ、ちょっと水谷を後押ししてやるか」
「後押し?」
「このままだとしのーか、水谷の心を知らないまま卒業しちゃうよ」
「でもなー、今の時点で水谷がしのーかに告白してOKもらえるとは思えねんだよな」
「そうなんだよなー。それが一番の問題点だ」
「オマエ……本当に水谷のこと考えてんだな」
「何? ただ面白がって引っ掻き回してただけだと思ってた?」
「思ってた」
「田島、花井」
 花井は水谷の出現にびくっとなった。水谷の首には今もしっかりと青いマフラーが巻かれている。田島は素知らぬ顔で、
「水谷、いつしのーかに告んの?」
 と、訊いた。
「オマエ、やっぱり心臓つえーな」
 と、感心したように花井。
「オレが阿部を超えた時」
 水谷が堂々と宣言した。田島が笑いながら、
「そりゃ無理っていうもんだ」
 と言って花井にシメられていた。傍目には本当に水谷のことを応援しているかわからない田島ではあるが、これでも彼は水谷の味方である。

後書き
アベミハ、シノ→アベ、ミズ→シノ、田島が水谷を応援しています。花井が田島の行き過ぎに注意(笑)。
この小説はおお振りファンの山之辺黄菜里さんに捧げます。
2014.12.29

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