三橋の場合、阿部の場合、水谷の場合

~三橋の場合~
 あ、しのーかさんだ。
 今日も、働き者だなぁ。
 オレ、阿部君がいなかったら、きっとしのーかさんを好きになった。
 でも――オレが好きなのは阿部君。
 だって、生まれて初めて好きだって言ってくれたから。
 好きだって言葉は、案外重い。だから、オレは阿部君を好きになった。
 阿部君……。
 しのーかさんと阿部君はお似合い。
 そこに、オレの居場所はない。
 でも、最近、それでもいいんだ、って思うようになった。諦めがつくというか。
 田島君にそう言った時、
「ダメだよ、三橋。好きなら追いかけなきゃ」
 って、言ってくれた。独特の笑いを浮かべて。
 でも……オレはピッチャーだから阿部君に良くしてもらっている。
 阿部君は、親切なんだ。
 ウメボシをするのも、愛情表現、なんだろう、と思う。
 阿部君の好意を疑ったことはない。
 けど、阿部君の好意の限界も感じている。
 オレは、男だ。
 阿部君も男で……だから、好きになったりしたら、いけないんだ。
 しのーかさんは、好きな人、いるのかなぁ。
 阿部君と一緒の時のしのーかさんは、とても綺麗だ。だから、かっこいい阿部君と、お似合い。
 しのーかさんは、優しい。
 しのーかさんだったら、オレ、阿部君のこと譲ってもいい……かな……。
 ううん。やっぱりダメだ。やっぱりオレは阿部君が好きだ。
 ちょっとぼさぼさ伸ばし気味の髪、垂れ目がちの瞳。ちょっとイジワルな笑みを浮かべることのある、けれど、男らしい、普段は優しい顔。
 キャッチャーとしても、阿部君はすごい。
 へろぴーなオレをいつも支えてくれている。
 キャッチャーはピッチャーの女房役だなんて言われてるけど、もしそうなら嬉しいな……。 フヒ。
 阿部君はいつか結婚するんだよね。もしかしたら、相手はしのーかさんかもしれない……。

~阿部の場合~
 あー、もう! なんたってあいつはああなんだ!
 内緒で投球練習してやがって!
 全く、三橋のヤツ! もう、もう――
 ああ! 腹立つ!
「阿部君……怖い顔してる……」
「あ、ごめんな。しのーか」
 オレは謝ってから、ぽつりと言った。
「三橋のこと、考えてたんだよ!」
「三橋君の?」
「そうだよ! 時々無性にムカつくんだよ! あいつ! いつも無茶しやがって!」
「一生懸命なところが三橋君のいいとこじゃない」
「限度があるっ!」
 オレは思いっきり怒鳴った。怒鳴った後で言った。
「――すまん」
「ううん。いいの」
 そして、しのーかが一拍置く。
「阿部君……本当に三橋君が好きなんだね」
「はぁ?! どうしてそういう話になるんだ? 嫌いじゃねーけど」
 嘘だ。オレは、三橋が好きだ。
 マネージャーしのーかは何でもお見通しってわけか。
「誰にも言わないから。部内が変な雰囲気になっても困るし」
「男同士だから、変な雰囲気になるってのか?」
「あ……違うの。そんなんじゃない。ごめん……」
 しのーかの台詞の最後は消え入りそうだった。
 馬鹿だな、オレ。しのーかに当たってどうすんだよ。
「わり……なんか少し、オレ、変なんだ」
 そう、変なんだ、三橋が好きだなんて。
 ピッチャーとしても、片恋の相手としても。
 けれど、三橋は気付かない。それでいい、と、オレは思う。少し、寂しいけどな。

~水谷の場合~
 うーん、今日もしのーかは可愛いな。阿部は邪魔だけど。
 阿部が別段嫌いってわけじゃないけどさ。おっかねーもん。特に三橋が絡むと。
 夫婦ケンカは犬も食わないって言うもんねー。
 阿部としのーかって、同中だったんだろ? いいなぁ。
 しのーかは可愛いから、中学時代も可愛かったんだろうなぁ。
 でも、阿部には聞きづらい……アルバム見せてとも頼めない。
 ……オレってヘタレかねぇ。
 そういや、そろそろレギュラー落ちのメンバーが出てくる頃だよな。
 三橋は打撃はあれだけど、ピッチャーだから別格として、オレはレギュラーに残れるんだろうか。西広も上手くなってるしなぁ……。
 …………。
 考えないようにしよう。
 オレはオレで精いっぱいやるだけだ。
 でも、レギュラーでいたい。しのーかの目にオレの活躍を焼き付けたい。
 オレは頑張るぜ、しのーか。キミの為にも。
 しのーか……。
 オレはキミが好きだ。だから、オレはキミにふさわしい男になんなきゃいけない。
 モモカンもこないだ言ってた。
「がんばる原動力には、恋の力も含まれているのよ」って。
 オレの気持ち、モモカンは知っていたのかもしれない。モモカンは鋭いから。田島も気付いているのかな。
 この恋の為にも、がんばる。
 まめなんかいくらでも潰してやる!
 しのーか……あの器械体操の時、キミと組めて、本当に幸せだった。全く田島様々だよ。
 あの時の笑顔のしのーか、忘れない。
「しのーか!」
「水谷君!」
 阿部と話していたしのーかは、ぱっとこっちを向いた。いつもの笑顔だ。
 オレ、キミにふさわしい男になったら……告白するんだ。絶対。
 それにはレギュラーに残らなきゃだな、うん。
 阿部にも一応挨拶する。阿部はしのーかのことどう思ってるんだろうか。ふつーの『好き』なんだろうか。それとも、恋愛としての意味での『好き』?

後書き
しのーかを巡る三者三様の想い。阿部は三橋のことしか見えていませんが。
しのーか自身を見ているのは水谷だけかもしれない……。
うん。水谷としのーか、お似合いだよ!
この話はおお振りファンの山之辺黄菜里さんに差し上げます。
2014.8.28

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