高校最後の甲子園 「う、わ~、甲子園、だ~」 三橋廉が言う。感無量、といった感じだ。柔らかい茶がかった髪の毛が風にふわふわと揺れている。下がり気味の段々眉が少々気の弱い印象を与える。ところがどうしてどうして。芯はなかなか強いのだ。 「何度も来たじゃないか。去年も来たし」 と。花井梓。一年の時から主将を務めている。西浦野球部――つまりこのチームには当時一年しかいなかった為だが、これ程の適任者もいなかった。頭を丸坊主にしている。 因みに、西浦は去年も甲子園出場を果たしている。一回戦で負けたが。 「わかってねぇなぁ。花井は。オレ達、この大会が高校最後の甲子園なんだぞ」 この一年でぐんと背が伸びた、頬にそばかすのある泉孝介が言う。――三橋達は三年になっていた。 「それもそうか。……この夏が終わったら、オレ達一応引退ってことになるんだなぁ」 「何シケたこと言ってんだよ、花井~。オレ達の野球人生、まだ始まったばかりだぜ」 田島悠一郎がからからと笑った。田島も一年の時は軽いちびだったのに、彼も背が伸びた。決して高い方とは言い切れないが。彼にもそばかすがある。場所は泉と違って鼻の頭だけれど。それに、顔も性格もずいぶん違う。 泉が童顔の毒舌家なら、田島は天然自然のやんちゃ坊主だ。 「……田島の言う通りだな。オレも野球続けたいし」 花井と田島はグータッチをした。 三橋は甲子園のグラウンドの見える位置に立っている。服が汗ばんでくるのも気にしない。 「今、何考えているか当ててやろうか?」 阿部隆也のよく通る声が響く。垂れ目がちの黒い目。茶色の三橋の髪より少し短めの黒髪。入部したての一年の頃から比べると精悍になった、顔。 「早く、あそこのマウンドで投げたいと思ってるんだろ」 ――三橋の投球バカぶりを阿部はよく知っている。というか、それで苦労したこともあったぐらい。 「よ、よく、わかったね」 三橋のつり目がちな大きな目が見開かれる。 「――伊達に三年間オマエとバッテリー組んでるわけじゃねぇよ」 阿部はぐりっと三橋のこめかみに拳を押し付けた。阿部の怪我とか、今までいろいろあったのだが。 「そういや、オマエ、昔はオレのこと怖がってたよな」 「怖く、なんて、ないよ。阿部君が、オレの恐怖、取り除いて、くれた」 短く単語で区切る喋り方。これはいつものことだ。多分一生治らないだろう。これでなければ三橋でないという気がするし。 「そうか。あんがとよ」 怖がりながらでも、付き合ってくれて嬉しい――阿部の声音にはそんなニュアンスが含まれていた。 「一年の時から、ここで、投げたいと、思った。去年も投げられて、嬉しかった」 「おー、今年もばんばん投げろー。この日の為にオレ達辛い練習に耐えてきたんだからな」 阿部が三橋の頭をぐりぐり撫でる。 「辛く、なかったよ。みんなが、いたから」 「三橋……」 仲間達がわらわらと集まって来た。花井はぐっと目元を擦った。そして言った。 「そうだな。泣いても笑っても、オレ達三年には最後の夏だ。頑張るぞー!」 西浦ーぜっ!と、チームメイトが叫んだ。 「榛名さんの為にも、がんばんなきゃ、ね」 三橋が言うと、阿部が渋い顔になった。 昨日、三橋と阿部のところに、榛名元希から電話がかかってきたのだ。 ――がんばれよ。 そう言って、榛名は電話は切った。 榛名だって、プロ野球選手だから自分の試合があって大変だろうに――。 特に、三橋は感激した。三橋は榛名のいう『面白い投手』に成長していた。三橋には叶からも連絡がきている。――彼らの応援が、嬉しい。 西浦の選手達も移動し始めている。 「三橋。そろそろ行くぞー」 阿部が声をかける。 「待って。オレ、まだ、ちょっとここにいたい」 「そっか。――そうそう、三橋、甲子園は前にも来たけど、人の波に飲まれて迷わないよう気ぃつけろよ」 「阿部ってほんと、過保護だよな」 田島が言った。 「うっせ」 阿部が田島に憎まれ口を叩く。そういえば、榛名にも『カホゴ』と言われたことがある。 「阿部君、昔より、カホゴ、じゃ、なくなった、よ」 「三橋まで言うか……つか、オレ、そんなに過保護だったか?」 「過保護ってもんじゃなかったよな」 田島がにやにやしている。彼の言う通りだ。 「まぁ、確かに少しうるさかったかもしれねぇけど」 阿部はぶっきらぼうに言い放った。 「三橋見てっとなんか危なっかしかったんだよ。努力家だけど努力し過ぎるんじゃないかと、こっちはハラハラしたし」 「阿部君……」 「オレ、阿部にうざいくらい構われる三橋見て投手にはなりたかねぇなぁ、と思ったんだ」 田島がげらげらと笑う。 「三橋――オレ、そんなにうるさかったか?」 「そ、そんなことない、よ。オレ、うれしかった、よ。阿部君。あ、でも、心配、かけて、ごめんね」 「三橋は優しいな」 花井が温かいまなざしを三橋にくれた。 「そんなことない、よ。オレ、性格、悪かったし」 「三橋が性格悪かったら、花井は極悪だな」 「何を!」 花井が冗談で拳を振りかざす。田島がきゃあっと避けるふりをする。三橋と同じ方向を見ながら、阿部は言った。 「三橋。オレも早くここでオマエの球捕りたいよ」 阿部は三橋の、頼りになる捕手なのだ。田島もしっかりしてるし頼りになるけれど、阿部はまた別格なのだ。 「今年はぜってー優勝するかんな。つか、優勝確定?」 「何いい気になってんだよ。田島」 花井が口を挟んだ。花井は田島のおっかさん。これが西浦での通説になっている。 「いい気になってんじゃないの! こうやって自分にいいプレッシャーをかけてんの!」 「そ、そか……悪かったな」 田島がまともなことを言ったので、花井は毒気を抜かれたらしい。田島が続けた。 「今年も甲子園の土持って帰ろうぜー」 「それは負けた時の話だ! 何だよ、オマエ、優勝するんじゃなかったのかよ」 花井がツッコむ。 テレビでは負けたチームの選手が、甲子園の土を持ち帰る――なんてことをしている。西浦も去年、泣きながら甲子園の土を集めた。 「優勝したって、土集めくらいいいじゃん」 「――確かに」 優勝できたなら、それはそれでいい記念になる。 西浦は今年の優勝候補だ。 投手の三橋、捕手の阿部――それでかなり話題になっているのに、主将の花井、四番の田島、など、選手も粒ぞろいだ。 「みなさーん。早く集まってくださーい」 マネージャー篠岡千代の明るい声が聞こえる。篠岡は声も可愛らしいが、顔も可愛らしい。男子にも人気がある。亜麻色の髪を二つに結えている。一年生の頃からの西浦の選手、今は三年の水谷も彼女が好きだ。 「――三橋、オマエんとこにプロのスカウト来てたろ」 と、歩きながら阿部が訊く。 「う……うん」 「オマエ――あれ受けるか?」 「わからない」 「わかんない?」 「だから、オレ、甲子園が、終わったら、考える」 「そんな悠長なこと言ってて、いいのかよ」 阿部は呆れた。 「――でも、スカウトの人が、声、かけてくれたのは、嬉しかった、よ」 「そっか……」 三橋と離れ離れになるのは、阿部にとって寂しい。阿部もプロ入りを目指しているのだが。しかし、その前に大学進学も考えている。阿部は成績が良かった。 「オレも、もしプロになってオマエと別のチームに入ったら、オマエとは敵味方になるかもな」 「うん、だから、オレ、阿部君と、この甲子園、がんばるから、今は、そんなこと、考えない」 一緒のバッテリーとして戦うのは最後になるかもしれないから――三橋は言外にそのことを匂わせる。阿部も神妙な顔で頷いた。 西浦野球部の最終目標は、全国制覇。 三橋達の高校最後の甲子園が、もうすぐ、始まる。 後書き パラレルです。 二年の時も甲子園行ったというのは捏造です。原作ではみんなまだ一年ですから。 私は甲子園をあまりテレビでも観ないので、おかしなところもあるかもしれません。父にも「おまえ、甲子園観てないだろ」とツッコまれましたし(笑)。 でも、描写はがんばりました! ちょっと時期外れだけど、いいよね。がんばれ高校球児たち! 個人的には、山之辺黄菜里さんにお贈りしたいです。 2014.8.21 |