ヤサシイタジマ

「はーい。今日も練習行くよー。声出してー。キャプテン」
 モモカンの声にオレ達は応える。
「あす!」
 皆で、『がんばろーぜ! 西浦ーぜっ!』と声を出す。この『西浦ーぜ!』を考えたのはオレだが、正直ちょっと恥ずかしい。
 でも、勢いで言っちまったモンは仕様がない。一部ではオレ達西浦野球部のことは『にしうらーぜ』と呼ばれているらしい。……照れるぜ。
 それにしても、モモカンはノックうめーなー。応援部の浜田さんもノックしてくれるけど、悪いけど女のモモカンの方が上手い。
 揺れる三つ編み。大きな胸。それに眼光鋭いモモカンを見てると元気が出るんだ。
 マネージャーのしのーかも可愛いし、野球部を応援してくれるチアもいるし、何? この部、オレ得?
「――おい。花井」
 んだー。田島かよ。
「おう、田島。何か用か?」
 田島はじーっとこっちを見ている。何だよ。こえーな、おい。
 田島に黙ってられっと、阿部とかのとはまた別種の怖さがある。まだ阿部の方が可愛い。三橋は怖がってっけど。田島より解りやすいんじゃね?
「――モモカンばっかり見てんなよ」
「へあ?」
 オレは変な声を出してしまった。オレはそんなにモモカンを見てたか?
 でも、見るだろ? ほら、カントクなんだし。
「オレのことも少しは見ろって言いたいんだよ」
 ――何だそれ。
「いや、オマエのことも見てるって」
「そういう意味じゃねんだよ」
「……どういうことだよ」
 オレが疑問を投げかけると田島は俯いてこいつにしては珍しくふかーく溜息を吐いた。
 なんか、変な間があいちまったぞ、っと。
「わかってねんなら、いいんだけど。オレ、オマエのことゲンミツに見てっから」
「ああ、そういうことか。大丈夫。これからオマエを追い抜くようにいっぱい練習するから」
 オレの言葉で田島が途端に顔を上げてにかっと笑った。
「おう! がんばれ! オレも負けねぇから!」
 そして、田島は友人(?)の三橋のところに走って行った。三橋と田島は妙に仲がいい。
 三橋って阿部は怖がんのに田島には懐いてんだよなぁ。変なの。まぁ、反目し合っているよりはマシか……。
「さっきの田島、絶対他に何か言いたいことあったぜ」
 泉? こいつはたまに深いこと言うんだよな。観察眼が鋭いのかな。試合でも活躍してるし。
「何だよー。泉」
「だから、田島が言いたかったのは、単なるエール交換じゃないってこと」
「エール交換~?」
「そ。でもあいつ、優しいから花井の面倒の種になりたくねぇんだろ」
「……既に面倒の種だと思いますけど」
 つい敬語になってしまった。
「田島、あいつ絶対花井のこと好きだぜ」
「え? そりゃまぁ、同じチームメイトだしさ。嫌いって方が問題じゃね?」
 中学時代の三橋みたくヒイキだとかで皆に嫌われてたりとかさ。言えねぇけど。三橋はいいヤツだし。泉は口を開きかけたが、
「ま、オレが言うことじゃねーか」
 と言って流した。
「じゃあな。それから、ちょっとは田島のコト考えてやれよ!」
 泉に念を押されてしまった。
 オレ、田島のこと考えてないように見えるの……か?
 そりゃ、田島はライバルだし、オレも田島に追い付くこと……いや、追い抜くことを考えているのに。
 やっぱりどこか根本的にズレてねぇか? オレ達。

 アクエリ飲んで休憩中、オレは何となく田島の傍にいた。
「田島」
「ん? なぁに?」
 田島の笑顔が眩しい。
「オレ、オマエのこと無視してるわけじゃねぇかんな」
「んなの知ってるよぉ」
 知ってるんならどうして。
「でも、オレ、それだけじゃ足りねぇんだ!」
「何で? オレ、キャプテンとして皆のこと見てるぞ。それじゃダメなのか?」
「ダメじゃねーけど、オレ、欲張りだからさー。もっと見て欲しいと思うんだよね」
「だから、いつも見てるじゃねーか」
 オレにはオマエが眩しいんだよ! 田島! はずいから言わねーけどさ。
「オレは、オマエをライバルだと思ってる。……おこがましいとは思うけどさ」
「おこげましいなんて思ってないぜ。オレ」
 田島、おこげましいじゃなくて、おこがましい、だ。近くにいた沖が密かに笑っている。当事者じゃなけりゃオレだって笑いてぇよ。
「オレさー、背たけぇヤツ嫌いだったけど、花井は別」
「え? 何で?」
「だって、ライバルだもん。オレ、花井の努力見てっから」
 そう言ってまた笑った。
 下ネタさえ言わなけりゃ、こいつも爽やかなヤツなんだよな。性格いいしさ。三橋にも優しい。大家族だから人間関係築くの上手いんかな。
「でもさ、最近そればかりじゃないんだよな」
「んじゃー、なんなんだよ」
「ひ・み・つ」
 田島、いつもの明るさがまた戻ったな。
 オレのこと、田島にもライバルだと思われてたなんて。ちょっと、嬉しいぞ。なんてったって重みが違うからな。
 この部で野球が一番上手いのは、多分田島だ。
 そして、一番視野が広いのも多分田島だ。
「花井君、田島君、優しい、よね」
 いつだったか三橋が言ってた言葉だ。確かに田島は底抜けに明るくて、いじめなんて陰湿なことはしたことねんだろな。
 優しい田島。
 いつも野球部を見守っている田島。田島は、心の底から野球を愛している。まぁ、可愛い女の子も愛してるだろうけどさ。
「なぁ、三橋」
 ちょいちょいと三橋を呼んでみる。何だ?と首を傾げている阿部はこの際無視だ。
「オマエ、田島のことを優しいって言ってたよな。この間」
「あ、う……」
「そうなのか? 三橋」
 そばかす面の田島がじっと三橋を見る。三橋はこのプレッシャー、平気なのか? 田島の眼力が怖いとは思わねぇのか?
 だとしたら、三橋は意外と大物だな。なんだかんだいって阿部と渡り合ってるし。
「うん、言った、よ」
「おう。サンキュ」
「でも、花井君のことも、優しい、と思う、よ」
 え? 話がこっちに来た?
「そりゃあんがとな」
「そうそう。花井、前より優しくなったよなー。前はモモカンにまでケンカ売ってたのに」
「――それを言うなよ。あの頃は怖いもの知らずだったんだから、オレは。あれで怖い女もいるって勉強になったんだぜ」
 ほんと言うと怖いものはたくさんあったけどな。女相手に怖いと思ったのはモモカンが初めてだったぜ。
 でも、いつの間にか惚れてた。
「オレ、ちょっとモモカンに妬いてるけど、オレの言ったこと、気にしなくていいかんな」
 田島がこそっと言うと、アクエリを飲み干した後の紙コップを捨てて、さー、ランニングだ!と言って走り始めた。こいつはいつも動いている。
 もしかして、気を使ってくれてんのかな。田島のヤツ。ほんと――根は優しいんだかんな、あいつ。
 だけど、モモカンに妬いてるってどういうことだ? あいつ、モモカンが好きなんじゃなかったのか? あいつがモモカンのこと好きなのは確かだろうが……。
 もしかしてオレのことも好きなのか? 泉の言ってたことはガチだったのか?
「花井―! 時にはオレのことも見てくれよなー!」
 だから、でけー声で言うな! 何か恥ずかしくなってきたぞ。前言撤回してやるからな、全く……。

後書き
タジ→ハナです。
『ヤサシイタジマ』というタイトルは、ひぐち先生のおお振り前の連載、『ヤサシイワタシ』をもじりました。
でも、田島って優しいと思うよ、私も。
2014.5.27

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