榛名の告白

 桜の綺麗な季節だった。あいつから告白を受けたのは。
「好きだ、秋丸」
 相手は幼馴染の榛名元希。オレは冗談だと思っていた。
「なっ、ちょっと待てよ……!」
 オレはわたわたしながら答えた。
「オマエ、カグヤンが好きなんじゃなかったのかよ」
「ああ。でも――オレ、カグさんとは別れたよ」
「それは賢明な判断をしたってわけか。カグヤンも」
「ばーか。オレがフッたんだよ――まぁ、カグさんをフッたオレもばかだけど」
 榛名が――あんなに好きだったカグヤンを、フッた?
「一体、何でフッたの?」
「――言う必要はねぇよ」
「どうして? カグヤン泣かしたりしたら、オレ許さないよ!」
 榛名がふるふると拳を震わせている。なんかぶつぶつ言っているらしい。
「オマエが……」
「え?」
「オマエが好きだからに決まってるだろう!」
 嘘だろーーーーーー?! いや、嘘に違いない。嘘に決まっている。
 オレのせいで、榛名がカグヤンをフッたなんて。
「……今日はエイプリルフールじゃないよね?」
「ああ」
「まさか、どっきりなんてことはないよね?」
「どうして疑うんだよ……オレは……」
 ずっとオマエが好きだったんだよ――吐き捨てるように榛名はぼそっと呟いた。
「――いつから?」
「秋の西浦戦の頃からだよ。本気で自覚したのは」
「でも、カグヤンは今でも好きなんだろ?」
「うん」
「んで、まだ宮下センパイも好きなんだろ?」
「うん」
 宮下センパイは、女だ。しかもかなりの美少女だ。今年ここ、武蔵野第一を卒業する。カグヤン――ピッチャー加具山センパイと一緒に。
 オレと榛名は三年として、これからの野球部を引っ張っていかなくてはならない立場に立たされていた。
「オマエ、手近なヤツで済まそうとするなよ……」
 些か呆れながらオレは言った。
「手近なヤツだからじゃない! ずっと好きだった!」
「じゃあ、なんでオレのこと諦めたりするんだよ!」
「オマエ、野球に本気じゃなかったからだよ! オレは努力家が好きなの!」
「え……?」
 オレ、努力なんてしてたっけ……?
 そりゃ、西浦戦で嫌と言うほど己の不甲斐なさを感じたけれど――。
 オレ、何か変わったことしたかなぁ。でも、あの頃から、チームメイトのオレを見る目が変わってきたような気がする。
 なんか――頼られることが多くなった。
 そして、榛名も――。
「今すぐでなくていい。いい返事、待ってる」
 待ってるって? あのワンマンな榛名が、待ってるって?
「お、オレ――」
 今、言わないと、一生後悔する。
「オレも、オマエが好きだ。昔はちょっと怖かったけど。オマエに見放されてたとわかった時は、心底悔しかった」
「いつ、オレがオマエを見放したと言ったよ」
「見放す、と言わないほど見放してたんだろ?」
 オレの言ったことは、半分はほんとで、半分は嘘だ。
 榛名は、オレを見放したなんて自覚していなかったに違いない。気付いていたらとっくに言ってる。
 でも、諦めたのはオレの方だ。
 オレもピッチャーやりたかった。なのに、オマエはキャッチャーな、と、榛名にそう決められた。
 仕方がないからキャッチャーをした。
 困ったのは、榛名が本当に天才的なピッチャーだったということだ。カグヤンですら、榛名を頼りにしていた。
 オレは、野球では榛名に敵わないと知り――榛名に挑むのをやめた。
 けれど、それがいけなかったのかもしれない。オレは、以前は榛名の金魚のフンだった。今なら――。
 今なら、対等に話ができる。
 尤も、それに気付いたのは西浦戦の途中で――。だから、オレ、秋丸恭平は、ちょっと本気になったんだ。あの時。
 ここでチームに貢献しなきゃ、申し訳ないって思ったから。何より、榛名に対して。
「オマエの一生懸命なトコ、見たら、『ああ、オレ、コイツのことが好きだな』ってそう思ったんだよ」
 頬をぽりぽり掻きながら、榛名は微妙に視線を逸らした。
 ――オレは、そんな榛名を可愛いと思った。
「オレ、恋愛ではないかもだけど……オマエのこと、ライバルと認めてやっても良いぜ」
 そっか。――恋愛ではないんだ……ちょっと残念。
 いやいや。それが普通なんだけど。榛名とカグヤンの関係がちょっと異常なだけだったんだけど。
 オレは、榛名にそういう恋愛感情なんてねぇし。ていうか、ついさっきまで気付かなかったし知らなかったし。
「恋じゃ……ねぇよな」
 おそるおそる、オレが訊いた。
「わかんね。こんな気持ちになったの初めてだから」
「そっか――オレも初めてだよ……」
 そして、オレ達は黙ってしまう。桜の花びらがオレ達の合間を縫って散って行った。
「阿部や――カグさんの時は、したいヤリたいばかりだったけど――オマエは、何かどっか違う気がする」
「ただ単に年食っただけなんじゃないの?」
「――そうなのかなぁ」
 冗談で言ったのに、榛名は真剣に考え込んでいる。
 幼馴染――だからかな、とオレは思った。オレ達の距離は今まで近過ぎた。だから、オレの闘争心を奪った。
 けど、オレは榛名を超えたかった。
 超えられないとわかった時は絶望して――もう二度と榛名に逆らわないと決めた。負けて、傷つくのが怖かったから。
 でも、今は自信もついている。もう榛名を恐れたりしない。
 そんな関係に、榛名も憧れてたのかなぁ。
 だったら――オレは……。
「オレ、榛名の球取るよ。これからも。野球も、がんばる」
「ああ」
 榛名はにかっと笑った。
「オレら、最強のバッテリーになろうな!」
「ああ」
 でも、ちょっと待てよ? オレに対して榛名が抱いているのが恋愛感情でなかったとしたら――。
「オマエ、わざわざカグヤンと別れなくても良かったんじゃね?」
「あー、そういや、そうかもなぁ……でも、けじめはつけたかったから。カグさんのことは今でも好きだけど……オマエという存在がいるのに、カグさんの将来、縛るわけにはいかねぇだろ?」
 オレは小さく笑った。妙なところで律儀なのは、今も昔も変わらない。ちょっと自意識過剰気味なところも好きだ。
「それに……オマエに惚れたからさ。真剣に野球取り組むようになった、オマエにな」
 それ、惚れたって言わないんじゃ……。しかし、オレは黙っていた。これは、確かに恋というより仲間意識だ。ライバルと榛名が言ったのも、頷ける。
 プロ行き確実と言われている榛名と同じステージに、オレも立つことができるんだ……。
「榛名! 今年こそ、甲子園に出場――いや、甲子園で優勝しような」
 榛名は目を見開いてから、「おう」と満開の笑顔で答えた。そして、言った。
「必ずだからな。約束」
 榛名が拳を突き出した。オレ達はグータッチをした。
 オレも、生まれ変われそうな気がした。やっぱりオレも――榛名が好きだ。恋に発展するかどうかは神のみぞ知るだけど。

後書き
ハルアキです。
ハルカグが好きだった私も、ハルアキに乗り変えたってことかな。ハルカグも好きだけど。
焼けぼっくいに火がついたハルカグ、なんてのも書いてみたいです。なぁんだ、私、やっぱりまだハルカグ好きなんじゃん(笑)。
ハルアキは……また書くかどうかは今はまだわからないけれど。
今年、こっちではいつ桜が咲くかな。
2014.3.31

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