さよなら、カグヤン 卒業式の日――。 オレはカグヤン――いや、カグさんに別れを告げた。 カグさんはオレの話を黙って聞いていた。そして言った。 「そっか……榛名はオレよりも秋丸が好きになったか」 カグさんは笑った。涙が目元に滲んでいるように見えたのは気のせいだったろうか。 「オマエと秋丸ならお似合いだよ。寂しくないって言ったら嘘になるけど」 「七日柱に泣かれるかな」 「あいつなら――すぐに立ち直って新しいカップル見つけて追っかけるよ」 カグさんは、今年、卒業する。 オレと秋丸は今度三年に進級だ。オレはお情けで進級させてもらえたようなもんだが。 (――オマエって、本当に野球しか能がないのな!) 眼鏡の秋丸が怒鳴るのが記憶に蘇った。 まー、しゃーねーよな。秋丸の言う通りだし。でも、オレは必死でがんばった。 秋丸ががんばっているのに、オレががんばんなきゃ、オレの男が廃るってもんだ。 死にかけながら、何とか進級テストに合格した。 「秋丸、ありがとう!」 「榛名……」 そして、オレらは手を取って互いの健闘を称えあった。――その時、オレは秋丸が好きになっていた。 オレは、秋丸の適当なところが嫌いだった。家族でグアム行ったり塾行ったり――ま、気持ちはわからんでもないけど、オレらは野球部員だぜ。野球はどうなるんだってことだよ。 ――秋丸は途切れがちにこんなことを言った。 「オレ、ずっと、野球では――オマエに敵わないと思ってた。だから、諦めようと思った。諦めて――オマエの子分になろうと思った。でも――それがまずかったんだな」 「そうだぜ、秋丸! やっとわかってくれたか!」 オレの感じていた歯痒さをやっとわかってくれたのかと、オレは嬉しかった。 オレだって――秋丸のすごさわかってるんだから、今まで何で本気出さないのかと腹を立てていたんだ。 オレは、一生懸命なヤツが好きだ。 だから、シニアで出会った阿部や、西浦のピッチャー三橋が大好きなんだ。 その阿部は、オレがシニア時代肝心なところで本気を出さなかったと怒っているんだが――。うん。確かにあれはオレが悪かった。 たった一球、本気で投げれば良かったんだ。 そしたら、武蔵野は無敵のキャッチャーを手に入れられたんだ。 ま、んなこと言ったってしゃーねーし? オレには秋丸がいるし。 秋丸……。 オレは今のオマエが好きだ。 オレの本気の球を受け止められる上に身の回りの状況について冷静な判断を下せる。 そして――オレはそんなオマエに恋をした。 この榛名元希を本気にさせやがるなんて、オマエはすげぇヤツなんだぞ。オレはそう思っているし、今ではヤツもそう思っているみたいだ。良かった良かった。 秋丸がオレを好きなのは、恋愛感情抜きなのはわかっているが、オレは焦らない。後、一年あるんだ。それで――オレはヤツを惚れさせてみせる! ただ、問題はカグさんへの気持ちだった。 カグさん、オレ、好きな人ができました。それは――。 そうして、オレは秋丸への恋心をカグさんに告げ、冒頭に至ったというわけだ。カグさんは続けた。 「榛名……オレ、オマエに感謝しているんだよ」 へぇ、カグさんが、オレに――。 「オレ、オマエのおかげで野球に対する情熱が蘇った。オレ、野球が好きになったよ」 「カグさん……」 オレは――今すぐにでもカグさんに抱き着きたかった。けれど、我慢した。 「あざーしたっ!」 カグさんはオレに向かって頭を下げた。上級生のカグさんが、下級生であるオレに――。 「オマエのおかげで、ピッチャー楽しかった。だから、あざーしたっ!」 カグさんはもう一度頭を下げた。 「カグさん……オレだって……」 オレだって、カグさんのおかげで球投げるの楽しかった。カグさんの全力投球見てたし――カグさんがオレを頼ってくれてんのわかったから……。 オレは――親指で涙を弾いた。 「ははっ。何泣いてんだよ。ばーか」 「カグさんだって」 オレ達は泣いてんだか笑ってんだかわからなかった。多分、その両方だったと思う。 桜の花びらが綺麗だ。カグさんの卒業式がいい天気で本当に良かった。 「榛名くーん。加具山くーん」 マネージャーの宮下センパイだ。 「写真撮るから集まってー」 「おう、わかったー」 カグヤンが宮下センパイの呼びかけに答える。そういえば、宮下サンも今年卒業だったな。女では、初恋の人だったな……。 オレ、これでもモテんのに、何で宮下センパイは大河センパイだったんだろう。きっと中身に惚れたんだな。女はイケメン好きとは限らないもんだって、思い知らされたよ。 オレは、走っているカグさんに並んだ。カグさんが止まったので、オレも止まった。 「勉強がんばれよ。榛名」 うっ、痛いとこ突くな、カグさん……。 「と、言っても、秋丸がいるから大丈夫か」 「うん……」 「そこで頷くんだな、この!」 カグさんはオレのみぞおちに軽く肘鉄を食らわした。ちょっと痛い……。 「プロへは行くんだろ」 「はい」 「秋丸もプロへ行きそうだな」 「はい。元々実力のあるヤツでしたし、磨きをかければプロでも通用するかと」 「……なんか、のろけに聞こえるのは気のせいか?」 「いいえ。のろけですから」 カグさんはにやっと笑って背中をばしっと叩いた。なんなんだ……。 「ちょっと! カグさん! なんなんすか! ばしばしとさっきから!」 「るせーなー。ただの挨拶だよ。……なんせ、オレは失恋したんだからな」 カグさんが……オレに、失恋……? ということは、カグさんもオレのこと満更でもなかったのかな。だとしたら、少し、嬉しい。 「オレが男だったことに感謝するんだな。女だったらこのぐらいでは諦めないぞ。オマエ、馬鹿だけどかっけーしな。ピッチャーとしてだけでなく、普段からな」 「カグさんが女だったら、オレも秋丸に恋しなかったかも」 「オマエ、涼音に片想いしてたもんな」 「いいっこなしっすよ。それは。宮下センパイは大河センパイが好きなんだし」 「そうだな。あいつら、恋人同士だもんな」 「宮下センパイ、可愛いから好きだったんだけどな。カグさんも可愛いけど」 「男に可愛いなんて冗談言うな」 カグさんは、オレの頭をバシッと叩いた。ああ、これでますます頭が悪くなったらどうしよう……。勿論、そんな強く叩かれたわけではなかったが。 お世辞抜きに、カグさんも可愛い。 今時いがぐり頭にくりくりした眼。ひと昔、いや、ふた昔前の野球少年て感じかな。 「オレ、大学に行ったら髪伸ばそうかなぁ……」 ええっ?! そんなとんでもないことを! 「やめてください! それだけはやめてください!」 「何で」 「オレ、その頭のカグさんが好きなんです!」 「オマエ……これからは秋丸と付き合うんだろ? オレが自分の頭どうしようが勝手じゃねぇか」 「はい、勝手です! でも、カグさんにはそのままでいて欲しいんです!」 「オマエね……どこまで我儘なんだか……」 カグさんが不服そうに呟いた。はらりはらりと桜の花びらが舞う。 「ま、いっか。それぐらいのことはきいてやっても」 「あざーす!」 その後、宮下センパイが撮った写真の中、オレはカグさんと秋丸に挟まれて中央より少し左に寄ったところで笑っていた。 後書き ハル→アキなハルカグです。 ハルカグは、ここで一段落かなぁ。でも、また書きたいかも。ハルカグ。 2014.3.5 |