アベミハ大学生活 ~おお振りパラレル小説~

 俺は阿部隆也、18歳。念願の大学生活が始まったところだ。今日はガイダンスの後、部活見学がある。といっても、入るのは野球部って決めてるんだけどな。
 先ずはガイダンスか。全く、単位の説明なんて冊子とかで済ませてくれればいいのに。早く野球部見に行きてぇよ。
 やべっ、もうガイダンスが始まる時間だ。空席、空席っと。
 部屋の中を見回すと、ふわふわした茶色い頭が目に付いた。
「わりっ、隣空いてる?」
 そいつはこっちがびっくりするくらい肩を震わせて振り向いた。
「え?オ、オレ?」
「そう、おまえだよ。隣空いてる?」
 そいつはしばらく目をぱちぱちしてから、ようやく頷いた。ふわふわした柔らかそうな茶色の髪、白い肌、大きな瞳は飴色に透き通って宝石のようだ。
「おまえ、名前は?」
「え?あ、み、三橋」
 テンポの悪い奴だな。それでもオレは、なぜだかそいつから目を離せなかった。
「オレは阿部、よろしくな。」
三橋はまた瞬きした。
「よ、よろしく。」

「なあ、三橋は部活決めた?」
「ううん。」
 うつむいた視線につられて三橋の手元に目を落とした時…
「おまえ、投手だろ!」
 オレは思わず三橋の手を取っていた。
「ち、違う。」
「だって、この指のタコ!」
 捕手のオレが見間違えるはずがない。相当な投球練習をしなきゃ、こんなところにタコはできない。
「う、え?え?タ、タコ?」
「そうだよ。タコ!」
「あ、投球練習 してる から。」
「投球練習してて投手じゃないって、どういうことだよ!」
「え?」
 三橋はまた瞬きした。
「え?と?『投球練習してて投手じゃないって、どういうことだよ』?」
「そうだよ。」
「え?え?わかんない。」
「わかんない?」
「わかんない。」
 三橋は困ったように言うとうつむいた。
「おまえ、帰国子女?」
「ち、違う。」
 違うよな。なまりがねぇ。じゃあ、わかんないって?
 三橋はしばらく悩んでから、プリントの隅に走り書きした。

『投球練習してて投手じゃないって、どういうことだよ』

 三橋はしばらく走り書きを見つめてから、ようやく口を開いた。
「あのね、オレ、野球は中学でやめたんだ。でも、うちで ずっと、投げてる。」
「うちで?こんなにタコができるまで?」
「う、うん。」
「それで、そのメモは?」
「書かなきゃ、わからない…」
 うつむいた三橋は無表情だったが、目が潤んでいるようにも見えた。
「なんで?」
「しゃ、しゃべって ない から だと 思う。」
「しゃべってないって?」
「高校 3年…」
「高校3年間しゃべってない?」
「うん。」
「それって、どういう…」
 やめた。先ずは、こんなにタコができるまで投げ込んだ成果を見てみたい。
「なあ、野球部、一緒に見に行かないか?」
「い、一緒?」
「そう、一緒に。」
「でも…。」
「言葉なら、オレがフォローするから。」
 三橋はしばらく机を見つめた後、やっと顔を上げた。
「うん。オレ、行きたい。」

 三橋は、野球部の先輩達の話は理解出来なかったようだが、後で説明してやるとなだめて、投球練習をさせてもらった。三橋の球には球速はなかったが、それを補って余りあるコントロールと変化球にオレは夢中になった。

 野球部の見学も終わり、ファーストフードでお茶にしていると、決意したように三橋が顔を上げた。
「あのね、阿部くん、お願いがあるんだ。」
「何?」
「あのね、オレ、人の顔覚えられないんだ。だから、明日、もう一度、名乗ってほしい…。」
 最後は消え入りそうな声でうつむいてしまったけど、オレは嬉しかった。
「いいよ。おまえが覚えてくれるまで、何度でも。」

 翌朝、学校に行くと、後ろから呼び止められた。
「あ、阿部くん、だよね…。」
「おう、おはよ。」
「阿部くん、オレ、忘れなかったよ。」
 三橋は笑顔だった。

Tomokoのコメント
山之辺黄菜里さんからの頂きもの小説です。
アベミハが大学で初めて出会う……という設定のパラレルものです。
三橋くんが可愛いっ! 阿部くんも優しいし。
とてもほのぼのです。
けれど、三橋くん、結構厳しい高校生活送ってきたんでしょうね。阿部くんが生まれて始めてできた『親友』でしょうか。
阿部くんは、三橋に一目惚れ?
阿部くんが目ざとく三橋の手にできたタコを見つけるところもさすがです。
こんな素晴らしい小説をサイトにアップすることを承諾してくださった黄菜里さんに感謝します。
続きもあるけど、それはまた後ほど……☆

BACK/HOME