テニプリ小説『手塚と不二の初デート』

「好きだ、不二」
 手塚国光が同じテニス部の不二周助に告白した。――彼はいつもと同じように見えるが腕がほんの少し震えていた。
「僕もだよ、手塚」
 この日、青春学園男子テニス部にひとつのカップルが生まれた。

「ふー、お疲れ様、手塚」
 不二が手塚にタオルを渡す。
「おー、イイ感じじゃねーの。手塚部長に不二先輩」
 二年の桃城武が言った。彼も手塚と不二のことを聞いていて、尚且つ祝福している。ただ単に面白がっているだけかもしれないが。
「なぁ、越前」
「別に……」
 少々生意気なところのある一年の越前リョーマは帽子を目深に被った。
「お前も恋でもしてみたら?」
 桃城がニヤニヤ笑いながら言う。
「気になる人ぐらい、いるっスよ」
「へぇ~、あの三つ編みの女の子か? やるじゃん」
「――まぁ、あの娘も悪くないっスけどね」
「え? 何か他にも候補いるみたいな発言じゃねぇの。なぁ、誰だよ」
「桃先輩には関係ないでしょ」
 リョーマがそう言ってスタスタ歩く。
「なぁ、教えろって、なぁ」
 桃城がせっついても、リョーマは貝のように黙ったままだった。
 ――因みに一年トリオのリーダー格、堀尾聡史は最初のうちこそ、
「手塚部長と不二先輩が、ホモ……?」
 と、ショックを受けていたようであるが、すぐに立ち治って今ではカツオやカチローと一緒に手塚の恋を応援したりしている。手塚達がどう思っているかは微妙だが。

「ねぇ、手塚。今度デートに行かない?」
 不二が言う。
「――え?」
 手塚の眼鏡の奥の目が見開かれた。
「い、いや……俺達はまだそういうのは早過ぎるかと……」
「ただ街をぶらつくだけだよ。行くの? 行かないの?」
 不二の笑顔にはどことなく迫力がある。手塚が答えた。
「――行く」

 ――日曜の練習後。午後四時ね。
 それが、不二と約束した時間だった。
 長身の美形の男が二人。女性達は思わず見惚れる。写メを撮っている娘もいる。
 でも、まさかデートだとは思わないだろう。
「腕でも組む?」
 いたずらっぽく笑う不二に、
「いや……」
 と言葉少なに断る手塚。
「手塚は奥手なんだなぁ」
 不二はいつもニコニコ笑顔でいる。真剣勝負の時は目を開くが。
 そんなギャップも好きだ。
「――手を繋ぐぐらいなら、いい」
 手塚が眼鏡のブリッジを直しながら手を差し出す。不二がくすっと笑う。
「女の子達に嫉妬されるかな、僕」
「何を言う。不二。お前の方が女子に人気あるだろう」
「そうかな――自分ではよくわからないや」
 しかし、手塚も不二もバレンタインデーにはチョコレートをたくさんもらっている。――確かに不二の方が数は多い。
 ――不二はモテるな。
 不二への想いも一生胸に秘めておくつもりだった。だが――。
 この間、見てしまった。不二に告白した女子の姿を。
「悪いけど、僕、好きな人がいるから」
 その女子も納得したようだったが、気になるのは手塚の方である。
 不二は誰を好きなんだろうか――。
 頭の中がぐるぐるする。こんなことは初めてだった。
 ――不二……。
 気にしていても仕方がないと、自分の気持ちを伝えようと決心したのは朝だった。
 そして冒頭に至る。
 不二は俺には勿体ない。
 でも、今、不二といて俺は幸せだ。
 不二を好きな女子達に申し訳ない気持ちと、得意になる気持ちが綯い交ぜになる。
「どっか寄ってく?」
「そうだな……」
 中学生はデートの時どこへ行ったりするんだろう。映画館か、カラオケか――。映画はともかく、カラオケはあまり得意ではなかった。
「カラオケはパスだな」
「――そんなこと言って。歌上手いくせに。女子達が騒いでたよ」
「お前の方が上手い」
「そんなことないって――」
 二人が褒め合いをしている。やがて、不二が吹き出した。
「面白いね。手塚って」
「――は?」
「何でもない。行こうよ。こっちの道はフランスの街角みたいで綺麗なんだよ」
「あ、おい、引っ張るな」
 手塚は不二に煉瓦道へと誘い込まれていった。

「どうだい? 手塚」
「あ、ああ……近所にこんな異国情緒溢れる場所があるとは知らなかった……」
「何か食べない? あ、チュロスがある」
「チュロスはスペインのお菓子だろう」
「そうだね。――手塚、もしかしてフランスにこだわってる?」
「いや、こういうのも面白くていい」
 手塚は不二にチュロスをおごってやった。勿論自分のも買う。焼きたてのチュロスは甘いがさっくりほこほこして美味しかった。隣に不二がいるから尚更。
「由美子姉さんの占いではね、今日は僕にとって最高の日になるって」
「そうか……俺は占いなんて信じないがな」
「僕は信じるよ。由美子姉さんの占いは当たるからね。今日も当たった」
 不二は女の子みたいな柔和な笑みを浮かべながら、手塚の口元をなぞった。
「――ついてた」
 そう言って不二は手塚の食べかすの付いた指を舐める。手塚はどきんとした。
 もっと――不二と近付きたい。
 そして、いつの間にか不二の唇に自分のそれを押し当てていた。
「ふふ、意外と大胆だな、手塚」
「あ、済まない」
「いいよ――というか、僕も望んだことだから」
「でも、中学生のくせに破廉恥だとは思わないか?」
「思わないよ。キスぐらいで――あ、月が出てるよ」
 不二は空に浮かぶ白い月を指差した。綺麗な月だ。手塚はこの日のことを一生忘れないだろうと思った。――初恋の人と歩いたこの道を。

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