ヴィク勇の俺が本気で勇ヴィクしてみた 2

※事後注意です。

 僕は、ヴィクトル・ニキフォロフとテレパシーで繋がっているんじゃないかって思う時がある――。

 勝生勇利は昔からフィギュアスケーターを目指していた。
 幼馴染でリンクメイトの西郡豪はよく勇利を「デブ」と呼んでいじめたが、後に豪の妻となる優子がいつも勇利を庇っていた。
 勇利は優子が好きだった。
 だが、時が経つにつれ、豪と優子の距離は急速に縮まって行った。勇利はそれを嬉しく思うものの、反面どこか寂寞感を抱いていた。
 でも、二人を祝福しなければ――。
 ぱっとしない日々が続いて――あの少年が世界を変えた。
 きっかけは仲間の何気ない行動。
「勇利はデブだけど、フィギュア滑るんでしょ? だったらこれくらいプロポーションが美しくなきゃ!」
 そう言って差し出されたポスターには派手な衣装を身に纏った、長く美しい銀髪を一つに高く結い上げた少年。
(う、美しか~)
 こんな美しい人が世の中にいるのだろうか。勇利は信じられない思いでポスターの中の少年を凝視した。それはロシアの選手だった。
 ――この少年が、後の勝生勇利のコーチとなる。名前はヴィクトル・ニキフォロフ。

 勇利はすっかりヴィクトルに参ってしまった。ヴィクトルのやることなすこと何でも真似した。ヴィクトルのプログラムを真似して、
「僕、今、ヴィクトルのように跳べたよね!」
「うん、跳べた跳べた」
 と、優子と共にはしゃいだこともあった。
 ――豪が、
「跳べてねぇし」
 と、呟いたことは聞かないふりして。だって、豪は優子が好きなのだ。勇利が優子と仲良くしているところを見ると面白くないのであろう。要は嫉妬であった。
 少年ヴィクトルがマッカチンという大型犬を飼っていた記事を見て勇利もマッカチンに似たトイプードルを飼い始め、その犬にヴィクトルと名前をつけた。
 家族で「ヴィッちゃん、ヴィッちゃん」と可愛がって育てた。特に勇利がご執心だった。ヴィクトルもよく懐いた。
「ヴィクトル~」
 勇利は気分の高まった時など、脂下がりながらヴィクトル・ニキフォロフのポスターにキスすることもしばしばあった。
 このままで終われば、勝生勇利はただのアブナイ人である。勿論、テレビにヴィクトルの演技が映った時には欠かさず見ていた。録画したビデオも擦り切れる程観た。
 フィギュアスケートの神はそんな勇利を見放さなかった。
 徐々に才能は開花し始め、23歳の時にはグランプリファイナルにも出場した。
 ――だが、結果は最下位。可愛がっていたヴィッちゃん――愛犬トイプードルのヴィクトルに死なれたことも不調の原因だった。
 感情の沸点の低いロシアの少年ユーリ・プリセツキーには、
「さっさと引退しろ! バーカッ!」
 と、まで言われるし。
 皆の期待に応えられなかった勇利は落ち込み気味であった。可愛いヴィッちゃん(犬)も今はもういない――。
 だが、神はまたしても勇利を見放さなかった。
 あの、ヴィクトル・ニキフォロフが日本までやってきて、コーチしてやると言うのである。
 その時の勇利の驚きようはなかった。自分でもそう思う。――彼は、いつでも勇利をびっくりさせる。勇利の斜め上を行く。
 しかし、今回のヴィクトルが巻き起こした突然の嵐。これは天国のヴィッちゃんが本物のヴィクトルを招いたとしか思えない。
 きっかけは西郡夫婦の三つ子の娘、空挧流(アクセル)、流譜(ルッツ)、流麗(ループ)というルビを振らなければまず読めない名前であろうスケートオタクの子供達が動画を撮って世界中に流したことだ。
 それは――ヴィクトルのプログラムを滑る勝生勇利の姿だった。
(ヴィクトル――あなたのプログラムを滑る時、僕のハートはいつでもあなたと共にいる)
 そんな想いで滑ったプログラム。でも、本当はヴィクトルが何を考えているかなんて勇利にはちっともわかっていなかった。彼はコーチのヤコフの言うことも聞かない。――後でヴィクトル自身から聞いた話によれば。
 でも、ヴィクトルの想いは前々から決まっていたのだ。
 子豚ちゃんを王子様に! 子猫ちゃんを大虎に!
 二人のユーリは火花を散らす。そしてその後、勝生勇利と区別する為、ユーリ・プリセツキーは「ユリオ」と呼ばれるようになった。

「ねぇ、ヴィクトル……」
 何度か床を共にした後、ピロートークで勇利が言った。
「何で日本に来たの?」
「――君の演技に惹かれた。それだけさ」
 そう言ってヴィクトルはウィンクした。
 勇利は有頂天になって舞い上がりそうになったが、いかんいかんと己を窘める。
 ――ヴィクトルは、どうせ話題作りに僕を利用しているだけなんだ。
 こういうところは鋭い勇利である。それに、いくらヴィクトルだって、あの動画だけで日本にやって来るとは思えない。――何かあるはずだ。
「そうそう――あの約束を忘れたの?」
「約束?」
 勇利が首を傾げる。
「……ま、いいさ。いずれおいおい思い出してくれれば。俺にとっては強烈なインパクトだったんだけどねぇ……あの時からやることは決まっていたよ」
「やること……」
 眠くなった勇利が鸚鵡返しをする。やがて、勇利は夢の中。ヴィクトルは勇利の手を取って、
「可愛い可愛い子豚ちゃん。そのままでも食べてしまいたいほど可愛いけど、君は王子様にもなれるんだよ。早く王子様になって俺を迎えに来てね」
 と、手の甲にキスを贈った。幸せの感触を覚えた勇利が、わかったよ、ヴィクトル……と意識せずに答えた。

 何だか幸せな夢を見ている気がする――。
 ヴィクトルとこんな風になれて――夢が叶ったような気がする。
 ダメだダメだ、と勇利は頭を振り遣り、パシンと頬を叩いて自分に気合を入れた。
 ヴィクトルの体。流石に歳は隠せない。目元には小皺がある。
 けれど、美しさは若い時のまま――いや、年齢を重ねてもっと美しくなった。
「この人って、おじさんになることってないのかなぁ……」
 今度は勇利が寝ているヴィクトルの頬を突いた。むにゃ……とヴィクトルが寝言を言う。
(か、かわいか~)
 勇利はじーんと感動していた。
 どこかクールな印象を与えていた少年時代のヴィクトル。それが、今は勇利の横で惰眠を貪っている。
「ヴィクトル……My sweet coach……」
 勇利はさっぱり覚えていなかったものの、手の甲にキスする様はヴィクトルの仕草と同じであった。ヴィクトルは王子様からコーチに。――勇利はこの男の為にも絶対グランプリファイナルでは金メダルを獲ろうと思った。
 そして、大好きだったヴィッちゃん――亡くなったトイプードルのヴィクトルの為にもがんばらんば!
 グランプリファイナルは強敵揃いだ。でも負けない。天才と呼ばれるユリオにも負けない。
 勇利は一人で沢山なんだ。
(ユーリは一人で充分なんだよ!)
 そう言ってキレたユリオを思い出し、勇利がくすくす笑った。
「なぁにぃ、勇利……」
「ん……昔のこと、思い出してた……」
「そう――あのさ、勇利。君、昔、俺のポスターにキスしてたんだって?」
「え……?! 誰がそんなこと……?!」
「あー、ほんとだったんだ! 君のお姉さんに聞いたぞ。でも、ポスターより実物の方がいいだろう」
 そう言ってヴィクトルは唇を重ねる。
「グランプリファイナルで優勝したら――口移しでカツ丼を食べさせてあ・げ・る」
 紅唇から出た綺麗な声。ヴィクトルの唇が妖しく光る。むらむら来た勇利は自分を抑えることが出来なくなった。
「そんなこと言わないで今食べさせてよー!」
 勇利はヴィクトルを押し倒す。
「わっ、ちょっと待ってよ、勇利。がっつき過ぎだよ……そんなにカツ丼が好きなのかい? 確かにすごい美味しいけど――」
「カツ丼じゃなくて、ヴィクトルを食べたいの! あー、でも口移しでカツ丼……か~、萌え殺す気か~。グランプリファイナルは絶対勝つぞ~」
「勇利のその単純さが好きだよ」
「ええっ?! 僕って単純?!」
「その素朴さが皆を惹きつけるのさ。勿論、この俺もね。皆に自分の素朴さを伝えるんだよ。勇利。勇利にあってユリオにないもの、あるでしょ?」
「う、うん……僕、あんな怖い性格じゃないし……ユリオってあんな綺麗なのにどうして怒ると怖いんだろう……」
「勇利だって本気の時は怖いじゃないか」
「ええっ?!」
「さっきは本当に食われそうで怖かったぞ。君は子豚ちゃんでも王子様でもなく、狼くんだったんだね。――いいよ。勇利。君の素朴さで皆を魅せるんだ。それに――俺と一緒に寝るようになってますます色気が増して来たよ。――氷上を滑る時は前髪を上げてね」
 勇利とヴィクトルはお互いに顔を見合わせふふっと笑った。勇利がヴィクトルのつむじを押す。確かに、ポスターじゃこんなこと出来やしない。

後書き
ユーリオンアイスの二次創作です。事後もあります。
勇ヴィク第二弾です。
勝生勇利のヴィクトル愛のクロニクルです。勇利の方言これで良かったっけ?(笑)
この小説は勇ヴィクファンの風魔の杏里さんに捧げます。
2017.5.26

BACK/HOME