赦す時

 絶対に赦せないと思った。
 俺は九年間孤独を生きたのだ。
 笠間春彦――前世の名前はシュウカイドウ。俺は彼をシウ、と呼んでいた。
 彼の作ったワクチンのおかげで、俺は九年間、木蓮もいない月で焦燥していた。そう思っていた。
 でも、そうではなかった。
 俺は――木蓮を生き返らせようとしていたのだ。あの投影装置を作って。
 狂ってからの俺は、とても幸せそうだった。
 木蓮も幸せそうだった。
「紫苑……」
 彼女の声がする。行かなくては。
 もう俺達は解放された。輪やありす達のおかげだ。
 俺達は、自分達の罪から解放される時が来たのだ。数年前に。
 俺の今生での存在、小林輪。
 勝手に捕らえて悪かったと思っている。
 おまえがあんまり優しいから――あんまり可愛い子だったから――俺は、彼に嫉妬した。
 優しい両親もいて。元気で――木蓮の生まれ変わりに出会って――。
 木蓮の生まれ変わり――小林亜梨子。旧姓は坂口。
 俺と木蓮の転生した存在は、この世でも結ばれたというわけだ。めでたしめでたし。
 ……じゃねーよっ!!
 輪とありすの間には蓮という息子がいる。俺も蓮が可愛い。というか、俺達の子だろ?
 キチェがあるだろ? 俺達の息子という証拠だ。
 俺も……地球の大気に転生した。木蓮と一緒にだ。
 輪は俺の――分身みたいなものだ。
 詳しい説明は避ける。ややこしいものな。
 しかし、俺も木蓮との子が欲しかったんだ。いや、いつか春が言ってたように、蓮は俺達の子の生まれ変わりかもしれない。
 俺は――無理矢理木蓮を犯したのに……彼女はそんな俺を愛してくれた。
 それから、俺は何度か木蓮を抱いた。赤ん坊ができても不思議はない。
 輪が羨ましくなってきたな。あいつもありすとラブラブでやんの。しかも可愛い子供がいるときてる。
 春ですら、輪の魅力を羨ましがってたもんな。
 輪は魅力的だぜ。俺が言うのもなんだけど、さすが俺の今生での姿だけのことはある。
 ああ、そうそう。シュウカイドウこと、笠間春彦――春と輪は酒飲み友達なんだ。酒の肴に昔話もできるようになったんだ。時の流れというのは全くすげぇよ。
 でも、文句もある。何だよ春、『あーちゃん』って。もちろん、ありすのことだが、春、貴様にありすをそんな気安く呼ぶ資格はなーい!!
 何だよ、木蓮。いい加減に赦せって?
 そうだな。もう赦す時だったんだよな、みんな。
 でなかったら、未来に回帰する意味がない。
 輪が――前世のいろいろなトラブルを解決に導いたといっても過言ではない。
 すまなかったな、輪。その代わり、蓮は俺達が守ってやるから。
 蓮は俺達のことを守護天使と呼んでいる。俺は何と言われてるかわかるか?
『イケメン守護天使』だぜ! いいだろ!
 ちなみに木蓮は『美人守護天使』だ。
 俺達はみんなで大気に溶けて、地球を守っている。
 蓮のガールフレンドは日路子。『カチコ』と読む。時計のカチコチのカチコだ。
 それが何と! 俺の敵だった未来路の娘なんだぜ!
 うーん。何というか……年月ってすげぇな。
 輪は俺が体を乗っ取る前から早熟だったが、蓮は明るい普通の子だ。だが、潜在している能力がまだまだある。
 その力を世の為人の為に使ってくれ。蓮。おまえならできるはずだ。
 しかし、俺がもう既にみんなを赦していたとは驚きだった。俺は――俺の記憶に囚われていたんだな。そして、輪も。
 たった七歳か八歳だったのに――気の毒なことをしたと思うよ。輪には。
 ところで、輪は天才なんだ。隠してるけどな。ま、さすが俺の分身といったところだろう。
 輪の妹、円も天才だ。俺の近しい奴の生まれ変わりかなーなんて思ってるけど。
 カチコは俺を輪よりもかっこいいと言ってくれた。ふっ、照れるぜ。
 わかった、わかったから、木蓮! そんなに妬くな。あいつはまだ小学生だぜ。
 全く。木蓮の焼き餅やきにも困ったもんだ。
 え? 俺がそれを言うかって? まぁ、そりゃそうなんだけど。
 いずれ円にも会えるといいな。危険なヤツだけど。輪も俺も、はっきりいってそういうのには慣れてるからな。
 しかし、輪達を生んだ両親も只者ではない。前世は俺の死んだ両親だったかもしれない。
 輪は幸せだな。俺も嬉しいよ。
 けど、俺のおかげで幸せになれない、というのはやめろよな! ラズロとキャーがあの世で泣くぞ。まぁ、もう転生済みかもしれんがな。
 いっぱいいっぱい笑ってくれよ。でねぇとぐれるぞ。
 俺の不幸をしょい込むことだけはやめてくれ。輪。俺は、木蓮と幸せに暮らしているんだからな。
 まぁ、子供は作りたかったが……例の病気が俺達の命を奪ったからな。
 蓮もありすも幸せになれ。俺が許す。
 もう、全員赦されてるんだ。春も、玉の馬鹿野郎も。
 ――玉はこの際関係ねぇか。最初に死んだんだものな。あまり醜い泥沼にハマらなくてよかったと思うよ。
 玉、俺、アンタ好きだったよ。今だから言える。友達としてな。
 それにしても、ありすはモテんなぁ。
 周り、結婚してない奴だらけだ。一成と桜は結婚したけど。あれはレズというべきかな。エンジュは男だから、一応ノーマルなんだろうけど。
 迅八も春も大介も――輪が死ぬのを待ってる。それからありすにプロポーズする気だ。
 でも、輪は長生きするぜ。何たって俺がサポートに回るからな。残念だったな。輪のライバルくん達よ。
 あいつ――輪の家族達を不幸にするヤツは赦さない。
 俺は――魂を受け止める大気になる為に地上にいる。もちろん、俺の近しい者の命も助けるが。
 円を手だけで助けたのも俺だ。近々会えるといいな。
 俺は――いつでもアンタらのこと、見守っているからな。
 ちょっとやり過ぎて木蓮に止められることもあるがな。輪を敵に回すつもりもねぇし。
 月の基地は植物でいっぱいだ。木蓮も、ありすも、既に地球を守っている。それは蓮にも引き継がれるだろう。
 蓮は喜んでキサナドを憶えていた。木蓮は嬉しそうだ。俺もこのまますくすくと育つことを祈る。
 蓮の周りには、奇人変人が揃っているが、みないいヤツだ。
 カチコが一番常識人かな。ファザコンだけど。
 蓮にいっぱい友達ができてよかったよ。辻堂とかいうヤツとも和解したしな。
 俺は蓮のことは何でも知ってるんだぜ。輪のこともな。うくくっ。
 地球は今日も綺麗だな。木蓮。
 ――ああ、そうだな。おまえが歌っているからだ。
 ありす達も歌っている。植物が育つ。俺は……その植物を心から愛しく思う。
 来る時はあんなに嫌だったのに――今はKKに来てよかったと思う。木蓮、君がいるからだよ。
 やはり、運命ってあるんだな。
 思えば、俺はアンタに一目惚れだったよ。それを知られないように、いっぱいっぱい憎んだ。さぞかし俺は嫌なヤツだったろうね。思えば輪も、ありすに一目惚れだった。
 けど――アンタは俺を救った。キチェスとしてではなく、一人の女として。
 奇跡は、一人で生み出すものじゃない。数多くの人々の願いが奇跡を呼び起こすんだ。
 俺は――小さな奇跡を日々体験しているよ。死んだ後でもな。
 俺の躯は植物に囲まれている。俺の願ったことだ。
 そして、輪やありす、蓮達もまた、転生し直すだろう。何度でも。
 未来路――ごめんな。
 輪を救おうとしてくれて、ありがとう。
 それから、輪はベランダの時といい、東京タワーでの時といい、何か落ちてばっかだけど、その度に助けの手が現われた。
 木蓮、君のおかげだ。ありがとう。
 そして迅八。感謝してる。一応な。
 素直になりなさいだって? 素直さ。俺なりにな。
 今度こそもう行かなくては。また蓮に会いたいけど――しばらく自粛か。仕様がないな。
 今日も月が綺麗だ。おまえらみんな――好きなヤツもそうでないヤツも――不幸にだけはなるなよ。ラズロではないけど。不幸なのは、子供時代の俺だけでいい。絶対絶対、幸せになれよな! 俺達がついているからな!
 それから木蓮――愛してる。これからは、ずっとずっと君といられるから。君も言った通り、夢も必ず叶うから、な。

後書き
ぼく地球の小説です。
きっとこんなこと考えてたんだろうなぁ、と。
後、輪の話であるはずが、紫苑にお株を取られてしまいました。げらら。
2011.6.5

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