ユーリ・ペトロフの野望

 ある日の昼下がり、ユーリ・ペトロフは並木道を歩いていた。
 虎徹の淫らな格好を思い浮かべながら――。
(さすが、鏑木・T・虎徹。いい格好だ……)
 顎を撫でながら、
「ク、クククク……」
 と忍び笑いしていると――。
「きゃっ」
 下校途中の女の子にぶつかってしまった。
「あ、大丈夫かい? 君」
 ユーリが手を貸そうとしてはっとした。
(この子……焦げ茶の髪の色と言い、琥珀色の瞳と言い、虎徹にそっくりだ……)
 教科書や筆箱がばらばらと落ちている。ユーリは無論、点数稼ぎの為に拾うのを手伝ってあげた。
「ありがとうございます。今度から気をつけますね」
 その女の子はすっかり元通りになると、ぴょこん、と頭を下げた。
 そして、たったっと走って行った。
「学校か……」
 ユーリは呟いた。
 それにしても美味しい。まさかこんなところで虎徹そっくりの美少女に会えるなんて。
 ユーリはごくんと生唾を飲み込んだ。今日はいいことありそうだ。

 ――と思ったらまた会った。
「あの時の!」
 女の子はぱっと目を輝かせた――ように見えた。
「また会えましたね」
 ユーリは平静を保っているが、内心動揺していた。BBJも真っ青なポーカーフェイスで何とか取りつくろってはいたが。
「お名前は?」
 あくまで社交辞令のように訊く。
「鏑木です! 鏑木楓です!」
「ほぉ……」
 では、この子が虎徹の自慢の娘か。
 写真では見たことあるが、実物の方が何倍も可愛い。それに生き生きしている。
 フォトグラフの彼女はやや幼い感じもしたが、しばらくしないうちに成長したらしい。
(美味しそうに育つだろうな)
 胸の奥で舌なめずりをしながら、ユーリは、
「ユーリ・ペトロフです」
 と、手を差し出した。相手は何の警戒心もなしに手を伸ばす。
 その時であった。
「いんやー。話が踊っちゃって……うぉっ、ユーリさん!」
 鏑木・T・虎徹が間の抜けた声を出して驚く。また例のアイパッチをしている。
 学校でそれはないだろうと思った時、バーナビーも現われた。
「どうしたんですか? 虎徹さん……あっ、管理官さん」
「ユーリで結構です」
 バーナビーの前でも、ユーリはポーカーフェイスを崩さない。
「学校に何のご用でしょう」
 虎徹はぺこぺこと頭を下げる。賠償金の問題などで、虎徹はユーリに頭が上がらないのだ。
「私はこの学校に多額の寄付をしてましてね――問題がないか調べに来たんですよ。うむ。これなら結構――楓ちゃんだっけ?」
「は、はい……」
「勉強は楽しいかい?」
「はい! とっても!」
「俺ゆずりで頭がいいんですよ」
「お父さんが頭がいいなんて聞いたことなーい。問題児だったということだけは聞いてるけど」
 二人のやり取りを聞いて、ユーリは嬉しそうに笑った。
 虎徹は――バーナビーも楓も――ぎょっとしてユーリの方を見た。
「いや、面白い。家族というものはそんな感じか」
「は? ユーリさんにも家族はいるでしょ?」
「家族、か……」
 いることはいる。頭の狂った母が一人――。自分が父を殺したので、精神的におかしくなったのだ。
 もう、昔のような幸せな家族には戻れない。
 いや、なければ作ればいいのだ。
 そのパートナーに虎徹を――と思ったのだけれど、楓もいいな、と目移りする。虎徹には金を出せば文句あるまい。
 数年後、この子がどんな美女に成長してくれるか楽しみだ。
 自分は思い切り楓を慈しみ愛し抜こう。そして、父レジェンドがまだヒーローとして絶頂期であった頃の――いや、それよりもっと幸せな家庭を築くのだ。
 ユーリは空想にうっとりと浸っている――。
「ユーリさーん。ユーリさーん。もしもーし」
 虎徹が小声で呼ぶのも聞こえない。
「バーナビー様、もう帰りましょうよ」
「バーナビー……様?」
 ユーリはやっと白昼夢から覚めた。
「そうだね。よし、アイスおごってあげよう」
「やったぁ!」
「ははは。楓はバーナビーがお気に入りだなぁ」
「うん。だって、楓バーナビー様好きだもん」
 バーナビー様好きだもん、バーナビー様好きだもん、バーナビー様好きだもん……。
 楓の声がユーリの脳裏をぐるぐる回る。
(誰か嘘だと言ってくれぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!)
 ユーリは白くなった。元々白いから、周りの人には気付かれなかったが。
「バーナビー様、恋人、いる?」
「はい」
「えーっ?! 誰よぉ」
「誰って……」
 バーナビーが困ったように頬を描く。
「詳しいことは楓ちゃんがもっと大きくなってから話すけど……実は僕と虎徹さんは一緒に暮らしてるんだ」
 なんだってぇぇぇぇぇ!!
 バーナビーの虎徹に対する視線には熱いものが込められている。
 うおのれ、バーナビーめ、楓ちゃんだけでなく、虎徹まで!
 私だったらどっちも離さん。3Pで酒池肉林するのに!
 両親が殺されたことでいつまでも世間の同情を浴びられると思ったら大間違いだぞ!
「うっくくく……うわぁぁぁぁっ!」
 ユーリは泣きながら職員室を出て行った。
「お父さん、何であの人泣いてるの?」
「疲れてるんじゃねぇか。……大変だな、管理官も」

 その後、バーナビーは一人で買い出しに行っていた。卵が安かったからだ。
「タナトスの声を聞け……」
「お、おまえは……ルナティック!」
 ルナティックの正体はユーリ・ペトロフである。私怨もたっぷりあるというわけだ。
「貴様は一撃には殺さん……」
 そう、猫がねずみをいたぶるように、じわじわと恐怖を与えるのだ。
 ルナティックは炎を繰り出そうとする。かなり手加減してだが。
「危ねぇっ!」
 虎徹が走ってきてバーナビーをかばった。ルナティックの攻撃は未遂に終わる。
「何故邪魔をする! 鏑木・T・虎徹!」
「そっちこそ! 何故辻斬りみてぇな真似をする! ヒーローとはいえ、こちとら一般人なんだぞ。――大丈夫か。バーナビー」
「え……ええ。虎徹さんこそ……。それにしても何でここへ来たんです?」
「虫の知らせだよ。――バーナビーが危ないって!」
「ククク……運が良かったな……バーナビー・ブルックス・Jr……」
 そう言ってルナティックは姿を消した。

「失敗だったか……」
 ルナティック――ユーリ・ペトロフは仮面を外して大事にテーブルの上に置いた。
「まぁいい。まだチャンスはある」
 ユーリ・ペトロフはアルカイックスマイルを浮かべた。
「私は諦めませんよ……私の野望が叶うまで……!」

後書き
変態ユーリさん。書いてて楽しかった(笑)。
2012.5.15

BACK/HOME