夜木悠太です

「悠太、あまり根詰めないでね」
「はーい、母さん」
 当時の僕はしがない受験生だった。高校浪人なんてやだし……。
 オレはどこでも狙える学力があったけど、この近くではやっぱり開栄かな。
 教科書を開くと――。
 ダムダムダムッ!
 ああ……まただ……。
 うちの近くにはバスケコートがある。どこかの部が練習でもしているらしい。時折、「どらぁっ!」って恫喝紛いの声も聞こえてくる。
 うるさいし、止めて欲しいんだけど……。
 決めた! 今日こそ言おう!
『オレは受験生なので、うるさいので練習止めてください』
 …………。
 言える訳ないよね。音が響くとは言っても、向こうはれっきとしたバスケットコートで練習している訳だし。
 でも、彼ら(男達だと思う)は、一体何でそんなに熱心にやれるんだろう。オレなんか運動音痴だからバスケなんて諦めてたのに。
 ――ちょっと偵察するくらいなら構わないよね。
 ごめんね、母さん。ちょっとオレ、勉強サボります。
 ごっくん。
 オレは固唾を飲んでバスケットコートに近付いた。
 ――異世界があった。
 水色の髪の少年の流れるようなパス。見事なマークチェンジ。他のチームメイトの、職人のプログラミングのような、仲間の動きを読んでいるとしか思えない滑らかな動き。しかも、それがだんだんハイなものになってくる。C言語が頭の中で舞っているようで、まるでこの世ならぬ心地いいプレイを見ているみたいだった。
 オレは、すぐにそれにハマってしまった。
 ふらふらと帰って来たオレに母は言った。
「どうしたの? 悠太、こんな時間に外に出るなんて……」
「母さん……」
 オレは疑問を口にした。
「あそこのバスケットコートってどんな人達が使ってるの?」
「え? ええと、そうねぇ……確か誠凛高校のバスケ部が使っているって聞いたけど……」
 誠凛高校か。うちの近くの高校だ。レベルは高いと言っても正直眼中にはなかったんだけど……。
「母さん! オレ、誠凛に入る!」
「ええっ?!」
 母はびっくりしたようだった。そりゃそうだ。地元で一番の高校を蹴って、他の高校に入ると言ったんだから。
「悠太、怒らないからちゃんと説明しなさい」
「ごめん、ちょっとオレ、やることある……」
「――悠太!」
「母さん、もう少ししたら説明するから――」
「本当よ。でもまぁ、悠太が興奮するくらいだから、よっぽどすごい訳でもあるんでしょうね」
 興奮してる? オレが?
 まぁ、わくわくはしてるけど――。
「後でね」
 オレは自分のパソコンで『誠凛高校 バスケ部』とキーワードを入力した。
 あれだけすごい練習をしている高校だ。オレだって名前だけは知っている。無名校であるはずがない。
 誠凛高校男子バスケ部は去年のウィンター・カップで優勝している。
 やっぱり本当に、凄かったんだ――。
「よしっ!」
 やる気出て来た。誠凛高校に入ろう!
 それからもオレは毎日バスケ部の練習を見てモチベーションを上げてから勉強に取り掛かった。
 訳を話すと、父は、
「志望校を変えると聞いた時は驚いたが、そういうことなら――」
 と、賛成してくれた。母も、
「悠太に目標ができてよかったわ。悠太はとてもいい子だけど、それが母さん少し気になってたの」
 ――と、オレにとっては意外な気遣いを吐露してくれた。母に心配をかけていたようで少し済まなく思った。
「母さん。ごめん」
「いいのよ。バスケをやりたいだなんて、よっぽどすごいプレイでも見たのね。あのバスケコートで」
 ふふふ、と母は笑った。やはり読まれてたんだ――。
 そして、オレは憧れの誠凛高校に入学した。部活は勿論バスケ部。

 バスケ部には入部希望者がいっぱいいた。
 こんなんじゃあ、オレは三年間ベンチ組になりそうだな。まぁいいや。あのディフェンスを間近で見られれば――と思っていた。
 練習はそれはきつかった。けれど、憧れの黒子先輩がいたから、諦めずに済んだ。相田監督(何と女子生徒なのだ!)も優しかったし。
 朝日奈くんはそんなオレを邪魔だと思っていたらしいけど、気が付くとバスケ部には一年はオレと朝日奈くんしか残っていなかった。
 朝日奈くんは初めから格好良かった。オレの正反対だと思った。
 けれど、オレも辞める訳にはいかなかった。練習は大変だったけど、ボールを触るのは楽しい。
 朝日奈くんは火神先輩を見ている。最初睨んでるっぽいと思われてたらしいけど、オレ、わかってた。
 火神先輩は朝日奈くんの尊敬する人だ。
 だからいつもじっと見ている。
「夜木くん、続いてるわね」
「あ、カントク……」
 昔から粘りにだけは自信があった。その頑張りで今はもう卒業した私立中学にも入ったのだ。
 ただ、運動には熱くなれずに結局そのままだったけど――。
 バスケ部に入ったおかげで基礎体力がついて体を動かすのが好きになっていた。
 ステルス・オールコート・マンツーマン・ディフェンス。
 オレを虜にした魔法のようなディフェンスの正式名称だ。オレは一発で覚えた。
 自分のブログでもバスケ部のことを熱く語った。オレのHNは『メェヤギ』だ。
『メェヤギさんて、バスケ部なんですね。かっこいいです!』
『誠凛のバスケ部ってオレも知ってるよ。メェヤギさんがいるなら来年入ろうかな』
『オレ、中学二年です! オレもバスケ好きなんです! いつかメェヤギさんと試合できるといいですね!』
 ――などなど、嬉しいメッセージが続々と送られるようになった。オレは勉強の妨げにならぬよう、休憩時間にそれらのメッセージにレスをつけた。
 バスケ目的で入ったからと言って、成績が下がっちゃ何にもならない。オレは父や母を困らせぬよう、精一杯頑張った。
「よぉ」
「あ、朝日奈くん」
「お前に頼みがあるんだけどさぁ――」
 朝日奈くんがオレに頼み? 何だろ。
「お前さぁ、ブログやってるよな? 作り方教えて欲しいんだけど……スマホからでもできるヤツ」
 何だ。そんなことか。
「いいよ」
「その代わりオレ、お前の練習に付き合うから」
「あ――」
 見られてたんだ。放課後の自主練。ほんの数日前からオレが自分に課したノルマ。秘密にしてたわけじゃないけど、やっぱりちょっと恥ずかしいな。
「オレなんかじゃ朝日奈くんの足、引っ張るだけじゃないかな……」
「――本気でそう思ってんのか? お前」
「うん……朝日奈くん、ほんとに上手いし」
「あのな、先輩達に聞いたらわかるかもしれないけど、お前凄いヤツなんだよ。急に伸びてるし――黒子先輩といい、お前といい、このバスケ部って意外なヤツらばっかりだな。火神先輩に憧れて入ってきたけど――近頃バスケが前より楽しくなっているんだ」
「それはカントクのおかげもあるかも――」
「お前のブログ見た。『メェヤギ』って、お前だろ?」
 う……知り合いに特定されるのは覚悟してたけど、こんなに早く身バレするとは――。朝日奈くんが続けた。
「感じでわかるよ。これ書いてるヤツって、すげぇバスケが好きでいいヤツなんだろうな――と言うのが。細かいところにも注意払ってるし、おまけにHNが『メェヤギ』だろ? すぐにわかったぜ」
 見ただけでそこまでわかるなんて。オレがいいヤツかどうかはわかんないけど……バスケは好きだ、というか好きになった。朝日奈くん、PCも得意みたいだし結構機械系統向いてるんじゃないかな。中学時代は成績悪かったって言ったって、自分のことがわかってなかっただけでさ。オレと同じように。
 オレ達はいろいろ忙しいので取り敢えず今度の休みにオレが朝日奈くんの家に遊びに行くという約束をした。
「お、朝夜コンビじゃないか」
 伊月先輩が声をかけてくれた。ダジャレは寒いけどいい人だ。オレ達は「あざーっす」と返事をした。


後書き
もう一人の誠凛バスケ部ルーキー、夜木悠太くんの話です。(一人は朝日奈くん)。
朝日奈くんより文章が練れてる感じです。ブログとかやってるからかな(笑)。
まぁ、私も書き慣れたというのもあるのですが。
2016.1.28

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