破れた初恋

 今日でもう三日、あの娘に会っていない。
 キース・グッドマンは心配になった。
 どうしたんだろう。何があったんだろう。
 キ―スは花を持って、彼女の指定席に向かう。彼女が来たら渡そうと思って。
 しかし……彼女はやって来ない。
 せっかく、自分の迷いを晴らしてくれた女の子だったのに……。
 ふられた、というわけだろうか。
 キースは懐手で空を見上げた。
 いやいや。来られない事情があったのかもしれない。たとえば、どこかに引っ越したとか。
 キースには、ヒーロースカイハイとして活躍しているもうひとつの顔がある。
 ヒーローランキングで三位に転落するかもしれない――そんな不安が頭にあった。
 そこに現われたのが彼女だった。
 悩みを相談したら、静かに聞いてくれた上に、「何故?」と問いかけてくれた。
 それに……結構可愛かった。喋り方は独特だったが。髪の色も変わっていたし、きっと外国人なのだろう。
 何故、私は悩んでいたのだろう。
 それに気付かせてくれたのが彼女だった。
 私の悩みは、ほんのちっぽけなものだったのだ。
 彼女に会いたい。会って話がしたい。
 そして告白したい。――好きだ、と。
 だからトレーニングにも力が入るというものであった。
 市民を守るのがヒーローとしての役割だ。夜のパトロールも毎日欠かさない。
 女子部にもお世話になった。ネイサンが『女子』といえるかどうかわからないが。
「来ないな……」
 キースは膝の上で頬杖をついた。
 いつも通りかかるおばさんがいた。
「あの……おばさん」
 おばさんは無視して歩き続ける。キースは追った。
「お嬢さん」
「何かしら?」
 おばさんは立ち止まってキースを見た。
「あの……あそこのベンチに座っていた女の子見ませんでした?」
「さぁ……ここ二、三日見かけないねぇ」
「そうですか……やっぱり」
 キースは肩をがっくりと落とした。
 やはり、彼女は自分の前に現われた妖精だったのだ。
 役目を終えたから帰って行った。そんな気がキースにはしていた。キースは涙をぐっとこらえた。
「なぁに? その娘さん、あなたの彼女だったの?」
 おばさんは優しく訊く。
「ええ……そうだったらいいなと思ってました」
 もし、もう一度彼女に会えたら――また女子部の意見を参考にしよう。
「あら、そのお花」
「ええ。彼女に渡そうと」
「そう。来るといいわね」
「ええ、本当に」
「大丈夫よ。あんたいい男なんだから」
 おばさんは笑った。
 ありがとうございました。そう言ってキースはおばさんと別れた。おばさんはぺこりとお辞儀をしていた。
 いい男……か。
「今の私は……恋に不器用な男でしかない」
 ヒーロースカイハイでなく、一人の女の子に恋してしまった、キース・グッドマンだ。
 それにしても、彼女はどこに行ってしまったのだろう。わかったなら追いかけるのに。
 キースは知らなかった。
 彼女の名前はシスというアンドロイドで、バーナビーの両親の研究を引き継いでいた男によって造り出された存在だったとは。
 バーナビー達を攻撃して、街を破壊した。バーナビー達の反撃で、塗装も剥がれた。
 彼女を壊したスカイハイは、それが自分の恋した女の子とは知らなかった。彼が来た時には、彼女はもう金属の塊にしか見えなかったのだから。
 それを知らないで――キースは待っていたのだ。
「帰るか――」
 今度はジョンと一緒に来よう。これでもう三日も散歩してないので、ジョンは拗ねているだろう。
 あの娘と二人きりで会いたかったから――。
 どうやら、失恋か。
 その訳をキースは知る由もない。世の中わからなくてもいいことはあるのだ。
(大丈夫よ。あんたいい男なんだから)
 さっきのおばさんの台詞を思い返す。キースは片恋の少女の顔を頭に描いた。
「さようなら――名前も知らない君」
 キースは独り言を言った。
 もっと待った方がいいのであろうか。
 しかし、彼にとっては素晴らしかった思い出を抱いたまま、できるなら時と共に忘れてしまえた方がいいだろう。そして彼もまた、これから新しい恋に出会うだろう。
 キースは何も知らない。それでいい。
「さぁ、今日も楽しいトレーニングだ」
 キースは伸びをした。
 もう一度、二人で座ったベンチに目を遣る。
 幸せだった。この数日間。彼女を待っている間も。
 もうその幸せは来ない。たった三日間会えないだけでそう感じるのは早急かもしれないが、彼女にはもう会えないだろうという予感めいたものは心のどこかで感じていた。
(さようなら――幸せ)
 今の自分は悲しそうな顔をしているだろう。
 この花は――誰に託そう。
「よぉ、キース」
「ワイルドくん……」
 キースに声をかけたのは、ワイルドタイガ―こと鏑木・T・虎徹だった。彼のヒーロー仲間でもある。
「何だ? 花持ってデートか?」
「いやぁ……そのつもりだったんですが――ここのところ彼女に会えていなかったんですよ」
「彼女? おまえ恋をしていのか?」
「はい。恋は素晴らしい! そしてとても素晴らしい!」
 そして、キースはテンションを落とした。
「――と言えれば最高なんですけどね」
「元気出せよ! 失恋が何だ! 俺が行きつけのバーに連れてってやろうか? カリ―ナが歌ってるぞ」
「ブルーローズくんが歌っているのか。うん。それなら是非聞きたいね」
 キースが、いつもの明るい闊達なキースに戻った。
「あっ、そうだ。これ――」
 キースが虎徹に花束を差し出した。
「ワイルドくんにあげるよ!」
「野郎から花もらったってなぁ……」
 アイパッチをしている虎徹はぽりぽりとこめかみを掻いた。
「いいんだ。もらってくれたまえ。私が持っていても邪魔なだけだから」
 キースは溜まった涙のせいで鼻声になっていた。
「ふぅん。じゃ、まずもらっとくわ。ありがとう」
「これからトレーニングだね。一緒に行こう」
「いや、俺は……」
 キースはずるずると虎徹を引っ張って行った。
 その後、虎徹はカリ―ナとバーナビーに、花の出所についてやいのやいの言われる運命にある――。

後書き
この間のタイバニ見て書きました。
キースもシスも、どちらも悲し過ぎる……。
2011.10.28

BACK/HOME