浮気な男

「こんちはー」
 フランシスがアーサーの家に行くと、アーサーは眉を顰めた。
「またおまえか」
「そういう言い方ないでしょー? ……アルフレッドは?」
「マシューと出かけた」
「あらあら。マシューがいなかったからここに来たのに」
「帰れよ」
「あらー。坊っちゃんまで冷たいこと……アルはマシューと仲良くおデートかな?」
「あの二人はそんなんじゃない。――あいつらはアメフトの試合見に行ってる」
 アーサーはむくれているようだ。
「あー! さては坊っちゃん、マシューに妬いてんな!」
「――おまえ、馬鹿だろ」
「いいじゃない……ねぇ、俺達も仲良くしようよ」
 フランシスが耳元で囁いた。アーサーは身震いした。
「嫌だ!」
「何で」
「俺はもう浮気しないって決めたんだ。ずっと前に」
「浮気じゃないよ、単なるお遊びだよ」
「同じじゃねぇか!」
「そんなことないよ……ねぇ」
 フランシスがアーサーの首筋を撫でた。アーサーの肌はひんやりして心地いい。色も白い。
「俺達、似たような境遇なんだぜ」
「どこが」
「アルは、アメフトが大好きなんだろ? ……坊っちゃんよりも」
「う……」
 アーサーは言葉に詰まったらしかった。
「だからさぁ……俺達もいいことしようよ」
 アーサーは今度は無言だった。
 フランシスはアーサーをソファに寝かせて、ブラウスの前をくつろげる。
「ジュテ―ム。アーサー……」
「はっ。そんな台詞はマシューに言ってやれよ」
 ようやく憎まれ口が出た。
「だって……マシューお堅いんだもん」
「浮気者のてめぇにゃ似合いさ……あっ!」
 乳首をいじくられ、アーサーが声を上げる。
「坊っちゃんはここが弱かったんだよね……」
「殺すぞ、てめぇ……」
「はいはい。快感を覚えると出て来る坊ちゃんの口癖だよねー」
 フランシスは意に介さない。その時である。
「二人とも……何やってるんですか」
 青褪めたマシューが立っていた。
「ま、マシュー?!」
 フランシスの声が裏返った。
「俺もいるんだぞ」
 この声はアルフレッドだ。
「ま、待て……話を聞いてくれ……!」
 フランシスに言い訳もさせず、マシューは外に飛び出して行った。
「アーサー、君、アメフトは嫌いなんじゃなかったのかい? それなのにこんなところでフランシスといちゃいちゃと――」
「アメフトが嫌いなのはほんとだぜ!」
「どうだか……こんなこともあろうかと、マシューと二人で帰ってきたんだぞ」
「そんなこと――俺にはおまえしかいない……あっ、フランシス!」
 アーサーの声を背に、フランシスはマシューを追った。
 マシューはどこにもいない。
「マシュー……」
(フランシスさん、ホットケーキにメイプルシロップかけますか?)
(フランシスさん、今日お誕生日でしたよね……)
(フランシスさん……愛してます)
 フランシスの頭の中はマシューでいっぱいになった。
(くそう……どこだ、マシュー……)
 ぽっぽっと滴が降って来た。フランシスは陰気な煉瓦道に出た。
「マシュー!」
「……呼びました?」
「あっ、マシュー。えっと……」
 次の言葉が出て来ず、フランシスは苦笑した。
「ごめんな」
「フランシスさん……」
 マシューが顔をくしゃくしゃにして笑う。
「僕を追い掛けてきてくれて、ありがとう」
「マシュー!」
「フランシスさん!」
 フランシスとマシューは、激しさを増してきた雨に降られながらしっかりと抱き合う。
「ごめんな、ごめんな、俺……」
「いいんですよ。僕、フランシスさんが浮気性なの忘れて……焼き餅焼いて……」
「む……」
 この言葉は、フランシスには少々心外だった。たとえ、当たっていたにしてもだ。
「それに、フランシスさんはアーサーさんと昔は恋人同士だったというじゃない……僕なんて……」
 マシューは眼鏡をずらして水滴を拭った。
「んっ!」
 そんなマシューがいじらしく、フランシスは相手の唇を奪った。
「好きだ! マシュー!」
 唇を離すとフランシスが言った。
「フランシスさん……」
「おまえが、好きだ」
「アーサーさんよりも?」
「――わからない。でもおまえが好きだ」
「フランシスさん……」
「誓う。二度とこんなことはしない」
「信じられません」
 マシューは即座に言い切った。
「マシュー……」
 フランシスは情けない声を出した。
「でも、そんなフランシスさんが、僕は好きです」
「マシュー!」
「あなたのことは信じていませんが、愛してはいます」
 おお、マシュー!
 神様ありがとうございます! 俺にこんな可愛い恋人を授けてくださって!
「おまえは……俺には勿体ない恋人だよ」
「僕、本当にフランシスさんの恋人ですか? 僕なんかでいいんですか?」
「ああ!」
 スコールの中、二人は濡れ鼠になりながら熱情的なキスを交わした。人が通りかかってもお構いなしだった。

後書き
『本当に愛してるから』の時と比べると、フランシスの性格が変わってしまったような。
マシューは器がでかいと思います。
2011.12.4

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