浮気しちゃうぞ

 どこかの貴族の邸――。
 踊りに夢中になる者あり、食事をしたためる者あり――何人かで小グループを作り、時々わっと笑い声を上げる者達あり――。
「あ、見て見て。アルフレッド様よ」
「アーサー様もいるわね」
 アルフレッドとアーサーは、ここら辺りの社交界では、ちょっとした有名人であった。
 男同士でダンスをして、他の女性には目もくれない。
 反感も買うが、それが素敵という女達(男も若干名いる)も珍しくない。
 アルフレッドもアーサーも、人目をひく美形だったからである。
 何故二人は他の者とは踊らないのか――恋人同士だという者もいれば、いいや、あれはアルフレッドの片恋なのさ、という者もいる。
 昔はアーサーは、社交界では知らない人はいないと言われる毒婦(男だが)だったのであるから。
 しかし、そのアーサーが大人しくしているのは、アルフレッドの功績と言っても、おかしくないだろう。
 アルフレッドが、アーサーに何らかの影響を持っているのは事実だから。
 今日も、アルフレッドは、少し無愛想なアーサーを相手に踊っている。
「素敵ねぇ……」
「そう?」
「あら、いいじゃない。あの二人」
「そういうの好きだもんね、あんた。恋人がいるくせに」
 宴もたけなわに入った。パーティーはますます盛り上がる。
 さっきから――
 踊りの輪に加わろうともせず、アーサーとアルフレッドばかりを見つめている青年がいた。
(アルフレッド……)
 彼は、複雑な面持ちで、二人を眺めていた。
「やぁ、マシュー」
 とん、と肩を叩かれた。
「あ、こんばんは」
 そう言いながら、この人は誰だっけ、と思い出そうとする。
 ああ、そうだ。この人はフランシス・ボヌフォア。軟派男として名を馳せている。
 それを、本人はどう受け止めているのか――マシューには関係ないことだが。
 どうやら、フランシス本人は、一種の名誉と思っているらしい。
 彼に熱を上げている女性達も少なくないと聞く。
「フランシスさん、いらしたんですか」
「いらしたんですか、はないだろう? 俺はね、この社交界では結構顔なんだよ」
「はぁ……」
「君のことも知ってる。マシュー。――君、ずうっとアルフレッドのことを見てただろ?」
「え……そんなこと……」
「わかるさ。同類のことはよく知ってるんだ」
「じゃあ、あなたもアルフレッドを?」
「うんにゃ。お兄さんはアーサーの方」
 そう言って、フランシスはマシューに、カクテルを差し出した。
「飲むかい?」
「ええ」
 小声で乾杯してから、二人は酒を飲み干した。
「いい飲みっぷりだね」
「あ、ありがとうございます」
「グラスはそこに置いときな。さぁ、お兄さん達も行こうかねぇ」
「お兄さん達って、え……?」
 フランシスはマシューの手を取って、ふわり、とリードし始めた。
「ふ、フランシスさん、フランシスさん!」
「なんだい? 仔猫ちゃん」
「僕達、男同士ですよ。それなのに、ダンスなんて……」
「それがどうしたんだい? アルフレッドとアーサーだって、男同士じゃないか」
「でも……僕達はあの二人ほど……」
「騒がれるのに慣れてないってか? まぁ、お兄さんに任せとけって」
 フランシスの足捌きは確かなものであった。マシューも、いつの頃からか陶然となってくる。
「あら、あの二人は……フランシスと……」
「マシューだわ」
「カメラ持ってきてカメラ! マシューだっけ? あの子、素敵ね。ふわふわした髪が綿菓子みたいで。あの子がいれば、フランシスさんも私の恋人に当分ちょっかい出さないわよね!」
「はいはい。フランシスさんにとっては、多分行きずりの恋だと思うけれどね」
「そこが切なくて素敵なのよ!」
 こめかみのところに花を挿している長い髪の美女は力説した。
「ふ、フランシスさん……」
「ん? なんだい?」
「みんな見てますよ。カメラ、持ってきている人もいるし……」
「そんなこと気にしているんだ、マシューは。どれ、お兄さんがもっと驚かしてやろう」
 そう言って、フランシスがにやりと笑うと――
 己の唇を、マシューの唇に合わせた。
「んーっ」
「どう? これで慣れた?」
(そ……そんな……今のは、僕のファーストキスだったのに……)
 マシューの戸惑いをよそに、きゃあっ、と女性陣の悲鳴じみた歓声が上がった。
「見た?」
「見た見た」
「アルフレッド様とアーサー様だって、あそこまではしないわよねぇ」
「まぁ、パーティーの中ではね。でも、さすがフランシス様達」
「堂々としてらっしゃるわねぇ」
 いたたまれなくなって、マシューはどんっとフランシスを突き飛ばすと、出入り口に走って行った。
 マシューの耳には、まだみんなの囁きが入ってくる。
「修羅場よ、修羅場」
「あー、面白そう。今日来て良かったぁ」
「お嬢さん、それよりもダンスを一曲……」
「後よ後!」
「明日の新聞が楽しみねぇ」
 ひそひそ声の話が、マシューを追ってくる、追ってくる――。
 マシューは草むらに隠れて泣いた。声を押し殺しながら。
(フランシスさんてば、人のいっぱいいる前であんなことを……それもこれも、全部あいつが悪いんだ、あのアルフレッドが――)
 アルフレッドにしてみれば、とんだとばっちりだったろうが――マシューは、フランシスではなく、全てアルフレッドが悪い、と決めつけているようだった。
 だって――
(僕はアルフレッドが好きだったのに――)
 でも、アーサーには敵わない。
(好きだったのに――初めて会った時から――)
 でも、アーサーの恋人なら、黙って手を引くしかなかった。友達という立場に甘んじなければならなかった。マシューは、アーサーの国の元領土であったのだから。
 アルフレッドは、マシューにいろいろひどいこともしてきた。友達としてのいたずらだったが。それを断れなかったのは、マシューも満更ではなかったから――。
「よぉ。マシュー」
「ふ、フランシスさん?!」
 マシューはごしごしと顔を拭った。
「そんな声出すなよ……お兄さん捜しちゃったよ」
 そういえば、この人はアーサーが好きなんだっけ――そう考えているマシューは、呆けた顔をしていたことだろう。
「その……なんだ? お兄さん、ちょっと遊ぶつもりで来たけど――君のこと、本気になっちゃったみたい」
(アルフレッド……僕も、フランシスさんに恋をしそうだよ。浮気かな。でも、君にはアーサーがいるんだし、僕だって相手を変えても構わない……よね? ――少なくとも、今日だけは)
 マシューは、フランシスの唇を、今度は素直に受け入れた。

後書き
浮気カップル、誕生!(笑)
どちらも本命は、まだ全くは諦めていません。
だけど、ちょっと浮気したいこともあるかもしれません。マシューもフランシスも成年男子(?)ですから。
まぁ、マシューは、本気になったら一直線っぽいですが。
フランシスはどうなんでしょう。まぁ、或る意味ふられた者同士、仲良くやってほしいです。
ちなみに、タイトルの『浮気しちゃうぞ』は、らんまのエンディングテーマの歌から引用しました。本当はダメなんでしょうけどね。ぴったりのがこれしかなかったので。
2010.3.25

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