『マギ』小説『忠義の男』

「悪い人ですね、あなたは。シン」
「ジャーファル……」
「全く……」
私は溜息を吐いた。
貴方みたいな女たらし、他に知りませんよ。たとえシャルルカンと比べても。……シンドバッド王。
煌帝国の練紅玉姫をいとも簡単に陥落させてしまった。彼女が自分に好意を持っているのを知った上で。彼女の祖国での複雑な立ち位置を知った上で。
ひどい男。ずるい男。
そんなシンに魅せられている私も私ですが。
紫色の長い髪。いつもは優しいけれど怒ると迫力を持つ紅い瞳。シンが好きで身に纏っている香の匂い。王としての威厳。それら全てが私を惹き付けてやまない。
私は男だけれど、シンは男女問わず人気を博しています。シンドリア国に来て良かったと誰もが言います。
けれど……彼には誰も知らない秘密がある。それは私にもわからない。ただ、そんなものがありそうだ、と知っているくらいで。
以前は彼の命を狙う暗殺者であった私を心酔させてしまったシン。
今はこうして側近く仕えさせてもらっています。
少しは……信頼してもらっていると考えてもいいのでしょうね。
ひどい男だけど。ずるい男だけど。
彼には彼のそうならざるを得ない理由がある。彼はシンドリア国の為に動いている。
変化は世のならい。彼は……かつての純粋さを失ってしまった。
けれど、ずるくなったシンも、好きで、好きで……。
どうしようもないくらい私は彼に恋しているらしい。
いつまでもどこまでもお供いたします。
もちろん、彼にも欠点はあります。酒癖がものすごく悪いのです。酔うと手近な女性に手を出すこともしばしば。時には男性にも……私も餌食にされたことがあります。ヤムライハも手を出されそうになったことがあったそうです。
今更驚きません。そういう人だということはわかっていましたし。
シンの酒癖の悪いのは困ったな、と部下としては思うところですが。……いえ、それどころではないかもしれませんがそれでも。
ひとつぐらい欠点がある方が人間味があるではないか……と、自分で自分に言い聞かせている毎日です。それさえなければ完璧な王なのですが。
けれど、世の中そう上手くは行きませんよねぇ……。私には欠点も魅力に思えますし。多分国民の皆様方もそう思っていらっしゃるのでしょう。彼の酒の上での失敗談は大人のジョークとして流布されています。
シンのカリスマ性は他を抜いています。だからこそシンドリア国を治めることができるのでしょうか。
七海の覇王シンドバッド。私は彼に死ぬまでお仕えするつもりです。たとえ彼がどんな道を選ぼうとも。
私は貴方を選びました。シン。

もうひとつの話~姫と王子と怪力女~

練紅玉は花冠を作るアリババの横顔を眺めていた。
もう少しで自分はこの男と結婚することになったのである。
それだったら、満更でもなかったかな、なんて思ってしまう。優しいしかっこいいし。アブマドの豚と結婚するのは死んでも嫌だったけど。
それにしても、アリババは器用だ。
(でも、今は私はシンドバッド様一筋ですからね)
紅玉は美化されたシンドバッドを心に浮かべた。
花冠はシンドバッドにも似合いそう……そう思って紅玉はアリババに作り方を習っている。愛する彼にいつか贈る為に。

「…………」
それを見ていた少女が一人。アリババの仲間のモルジアナだった。筋肉を鍛える為に重い石を巻いている。
彼女はざわっと心が騒ぐのを覚えた。
こんなことで動揺してはいけない。強くならなくては。身体的にも精神的にも。
(アリババさん……)
どうして面白くない気分になるのだろう。その訳は今は考えたくなかった。
取り敢えず、今は目の前のトレーニングに専念しようと思った。

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