三択小説~月虎編~
「あーあ。これからどうしよっかなー」
虎徹は河原にいた。一人寂しく自宅に戻る気にもなれない。第一あそこはまだ散らかっている。
(掃除しなきゃいけねぇのになぁ……)
虎徹は大昔の歌謡曲を口ずさんだ。ひとしきり歌うと、草むらに寝転んだ。
(バニ―に謝ろっかな~。こんな時、あの人がいてくれれば――)
あの人。
ヒーロー管理官のユーリ・ペトロフ。彼の青白い顔が何となく脳裏に浮かんだ。
でもなぁ……賠償金のことはともかく、恋愛の相談に乗ってくれるかな、あの人……。
生真面目なあの人は黙って聞いてくれそうな気がする。しかし――。
(俺、あの人の家知らねぇし……)
ユーリも結構謎が多い男であった。
(ユーリさん……)
「――虎徹?」
聞き覚えのある声がする。見ると、書類鞄を引っ下げたユーリ――ユーリ・ペトロフ管理官であった。
「ユーリ……さん?」
虎徹が呟く。相手も驚いているようだった。
「なになに? 俺達テレパシーでもあんの?」
「――どういうことだ、鏑木・T・虎徹」
「いや、アンタのこと考えてたからさ、今」
「賠償金のことで?」
「いや――俺、バニ―と喧嘩しちまったからさ……」
「――それはそれは。良かったら私のオフィスに来ませんか?」
「え……? 話とか、聞いてくれんの?」
「ええ。それも仕事のうちですから」
そう言いながら、アルカイックスマイルを浮かべるユーリであった。
「とりあえずお茶でも。適当なところに座ってください」
「お、おう……」
ユーリのオフィスには人の使っている匂いというものがなく、虎徹は柄にもなく緊張した。そういえば、バーナビーの家も生活感がなかった。
「アールグレイにします?」
「俺、飲めりゃ何でもいいです」
虎徹がへらりと笑った。
「わかりました」
ほんの少しして、ユーリが紅茶を持って来た。虎徹はティ―カップに口をつける。
(ん? 変な味。ユーリさん紅茶淹れるの下手だな……)
それでも残すのは失礼にあたるし、何より勿体ないと思ったから飲み干そうとすると――。
「うっ」
ティーカップが落ちて、こぼれた紅茶が絨毯の染みになった。
「ふふ……油断しましたね。鏑木・T・虎徹」
「貴様……毒を盛ったのか?」
体の芯が火照っている。心臓の動悸が激しい。
ユーリさん、何で……俺が凶悪犯の濡れ衣着せられた時には助けてくれたじゃねぇか……。
ミントの香りが虎徹の鼻孔をくすぐる。ユーリは跪くと虎徹の顎に手をかけ、キスをした。
「?!」
咄嗟のことに、虎徹には言葉が出ない。
消極的な虎徹の舌をユーリの薄い舌が絡め取る。口蓋を舐められるとむず痒さと快感が一気に押し寄せてくる。おそるおそる虎徹が出した舌をユーリが吸う。
(この人……バニ―ちゃんより上手いかもしれない)
ユーリはいくつだろうか、と虎徹は考える。白い顔の管理官ははっきり言って年齢不詳だ。
「貴方の飲んだ紅茶には性的な興奮作用をもたらす薬を入れました」
「即効性ってわけか。何でこんなことを……」
虎徹が眉を顰めた。
「知れたこと……貴方を手に入れる為です」
「俺を……? ……って、わぁっ、ちょっと!」
虎徹はユーリにお姫様抱っこをされた。
(バニ―ちゃんと言い、俺って男にばかりお姫様抱っこされるな……ごめんよ、楓。こんなパパで……)
連れられた部屋にはベッドがひとつ、置いてあった。一人で寝るには少々大きいかもしれない。
虎徹はベッドにうやうやしく寝かせられた。ユーリは器用に虎徹の服を脱がせる。舌が体中を這う。乳首は執拗に責められた。キスの洗礼を受けると下半身に手が這わされた。そこはガチガチに硬くなっていた。
ユーリは虎徹のペニスを咥えると、出っ張った雁の部分を甘噛みした。
「んっ、いやっ……」
口でいやとは言っても、虎徹にもユーリへの性的関心があったのではなかったのか? 艶めかしい声が出てしまった。
何度も何度も筋をなぞる感覚に――虎徹は呆気なく達してしまった。
「美味でしたよ」
そう言って、ユーリは笑った。彼が笑うとは珍しい。虎徹は恥ずかしさで体の芯が疼いた。
虎徹は四つん這いにさせられた。双珠を舐められ、更には秘処まで――。
「ユーリさん……そんなとこ、きたない……」
「どうしてですか? 貴方の体に汚いところなんてありませんよ」
そしてしばらく舌技を施されていたが――急にその感覚がなくなった。
「待ってください。コンドームを――」
さっき、俺の体に汚いところなんて言ったばかしじゃねぇか――と虎徹が思っていたら、
「貴方の体を私の精液で汚したくありません」
とユーリが呟いた。
怒張を宛がわれ、虎徹はその大きさに身震いした。
「ユーリさん……」
虎徹のペニスはまたも回復していた。いつもより回復が早いのは薬のせいかもしれない。
ユーリのペニスがゆっくりと入って来る。ちょっと抵抗はあったものの、入ってしまえばそれも快楽に変わる。
「うっ……」
虎徹が呻いた。ユーリが腰をうごめかし始める。
「声を……貴方の声をもっと聞きたいですね……」
虎徹は、なんかバニ―ちゃんと同じことを言うな、と思った。
「いい体ですね。小麦色と言うのがそそる」
「ユーリさんも日に焼ければいいんですよ」
「生憎仕事で忙しくてね……」
「これも仕事っすか?」
「……生意気な虎徹だ」
ユーリは自分自身をぐっと推し進めた。そしてそのまま虎徹に密着して脇腹を撫でた。
ユーリの体はひんやりしていて、まるで爬虫類に抱かれているみたいだった。けれど、それが気持ち良かった。虎徹の体温が高いからかもしれない。ユーリは虎徹の肩を強く吸った。
「わっ、何するんですか!」
これじゃ、鬱血した痕が残っちまう! バニ―に殺されるよ俺!
虎徹が慌てていると、
「キスマークをつけるのが、そんなにいけないでしょうかねぇ?」
と返された。しかも平然と。
この男の年齢はわからない。と、虎徹は思った。やることを見てる――というか、感じていると案外若いのかもしれない。三十代にはなっているかもしれないけれど。
虎徹の脳裏に、自分のバディで恋人のバーナビーの顔が思い浮かんだ。しかし、すぐにその残像を打ち消そうとした。バーナビーとは喧嘩したばかりだ。
(俺だって、浮気ぐらいできんだぞ)
例えばユーリ・ペトロフ管理官さんのようないい男が――そんな事実が虎徹のプライドをくすぐった。
あれ? でもこれって枕営業じゃね? ちっとも自慢になんねぇか。
「なに笑っているんです?」
ユーリが耳元で囁いた。笑ったことがバレたらしい。
「いや、気持ちいいな、と思って……」
「……光栄です」
硬い声のまま、ユーリは虎徹の奥処を突いた。
「んっ、ああああああああっ!」
「くっ……」
今度はユーリも達したらしい。体内での痙攣が終わるとずるりとペニスを引き抜いた。
「あ、あれっ?!」
「――コンドームを取り替えますので」
(律儀なこって)
ユーリもコンドームを替えるところは見てもらいたくないだろうから虎徹はうつ伏せになったままでいた。――虎徹は既に勃起しかかっていた。
何度かいい思いをした後――。
「コンドームがなくなりました」
ユーリが、「大事な書類がなくなりました」と言うような事務的なアクセントで言ったので、虎徹は思わず笑ってしまった。
「貴方のせいですよ。鏑木・T・虎徹」
「まだやり足りないか?」
「もちろん」
「だったらそのままで――来いよ」
「いいのですか?」
「ああ。いいに決まってるだろ。俺が言うんだしさ」
「それでは」
挿入は楽になった。ユーリが腰を動かす。体はひんやりしているくせに、ユーリのペニスは熱い。
「んっ、んっ……」
この感じは懐かしさを呼び起こす。この感触は――。
抽送の間隔が早くなった。きっとこれはラストスパート。虎徹も興奮で昂ぶって来る。そして――。
ユーリが思い切り虎徹の奥処に自身を打ちつけた。
散ると同時に虎徹は、
「ばにぃ……」
と相手の名前を間違えて呼んでしまった。
(しまった!)
ユーリはバーナビーと間違えられたら、いい気はしないだろう。虎徹だって、もし友恵がベッドで呼び間違えをしたら嫌だ。――友恵は本当に、本当に貞淑な女だったが。でも、友恵でなくても呼び間違えは嫌だ。
これは、驕っていた罰だ……。
「あの、ユーリさん、これは――」
「いいんですよ。私も楽しめました。貴方はやはりバーナビーが好きなんですね」
「ん……その……」
虎徹は言葉を紡ぐことができなかった。
「――それより、シャワー浴びませんか? 貴方を私の精液で汚してしまった」
「いえ。お構いなく」
「そのままだとお腹を壊すことになりますよ」
「あ、それでお腹壊したことはないんですが……そうすか? 悪いですね……」
虎徹はユーリの申し出を受けることにした。ユーリは丁寧に彼自身が放った精液を掻き出してくれた。
「貴方は傾国の体をしてますね」
ベッドの中で虎徹の髪を梳きながらユーリが言った。
「は? 傾国?」
「その淫らな体で男達を虜にするんですよ」
「ふぅーん」
そんな体になんてなりたくなかった。第一、娘の楓に会わす顔がない。お父さんは男にモテモテなんだよ、なんて口が裂けても言えない。さっきは得意に思えたが。
「それって、薬のせいじゃね?」
「いいえ。薬のせいだけではないと私は思います」
んじゃ、バニ―に開発されたってことか? ――取り敢えず寝よう。明日のことは明日考える。
虎徹はそう決めて寝入ったのだが、後日――。
バーナビーが廊下を歩いていると、ユーリが姿を現した。
「あ、おはようございます。管理官さん」
愛想良くバーナビーは挨拶をした。しばらく談笑した後、
「ところで、うかうかしていると私が虎徹を盗ってしまいますよ」
さり気なく言われたのでバーナビーは一瞬聞き違いかと思ったが、ユーリの口の端が僅かに上がっているのを見て宣戦布告されたのだと悟った。
全く。人のいないところで男を誘惑するなんて――!
「あのビッチは!」
バーナビーは傍にあった空のバケツを苛立ちを込めて蹴った。
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