戸惑いのクーデリア2

 クーデリア・藍那・バーンスタインの部屋にフミタン・アドモスが入って来た。もう夕飯も終わった頃であろう。
「お嬢様」
「フミタン!」
 クーデリアはベッドから飛び起きようとする。
「安静にして。そのまま」
 フミタンがクーデリアを制する。
「これ、アトラ様からです。コンソメスープです。取り敢えず飲まないことには話にならないですわね。夕飯前にシチューを召しあがったとのことですが、スープならきっと胃に優しいでしょう」
 取り付けたテーブルの上にスープ皿を乗せる。クーデリアは一匙、口に入れる。
「……美味しい。このスープも美味しいわ」
「良かったです。アトラ様が心配しておりました。私も心配です。一体何があったのか――話していただけませんでしょうか」
「話す……」
 クーデリアはスプーンをかちゃりと置いた。
 言ってしまいたい。あのことを――。
「フミタン……私、三日月からキスされたの――」
 誤魔化しても無駄だと思ったし、それはフミタンの誠意を傷つけることになると思ったクーデリアは正直に話した。
「なるほど……それで、お嬢様は病気になる程思い詰めてらしたのですね」
「病気になんか……」
 なってない、と言いたかったが、やはり恋の病かもしれなかった。
 フミタンがクーデリアの顎に手をかけてくいっと上向かせた。
「フミタ……」
 最後まで言わせずにフミタンはクーデリアの唇を自身のそれで塞いだ。短いキスが終わるとクーデリアが訊いた。
「どうしたの?」
「どんな気持ちがしました?」
「フミタンはフミタンだわ。親愛の情しか湧いて来ないわよ」
 クーデリアがくすっと笑った。
「三日月様との時には?」
「――とにかくびっくりしたわ。ねぇ、フミタン。男の人は相手を可愛いと思うとキスしたくなるものなのかしら」
「それは人によりけりだと思います。お嬢様」
「三日月は私を可愛いと思ったって――」
 頬に熱が籠る。
 三日月は、アトラを可愛いと思ったら彼女にもキスするのだろうか……。
「ファースト・キス、だったのよ……」
 クーデリアの瞳から涙がぽろぽろ流れた。情緒不安定になっているのかもしれない。
「お嬢様――」
「三日月は好きだけど――とにかく彼のことがよく掴めなくて……まさか、あんなことが起きるとは思わなかったし――私、三日月に怒りすら持っているのかもしれないわ」
「それは恋です。お嬢様。怒りを覚えるのは不当に唇を奪われたような気がしたからですわ」
「フミタン、それはあなたにも経験があることなの?」
「それは、秘密です」
 表情を変えずにフミタンが言った。フミタンは無表情だが眼鏡の似合う、スタイル抜群の美女である。数多の恋を経験したとしても不思議ではない。彼女の周りには意外にも浮いた噂はなかったし男っ気もなかったが。
「さぁ、そのスープを飲んでよく眠るんですよ。私がついててあげますから」
「ええ――ありがとう。フミタン」
 フミタンが優しく微笑んだ。
 クーデリアは家族より彼女に心を開いている。
(あのお揃いのペンダント――つけてくれていないのね)
 それがフミタンの性格と言ってしまえばそれまでだが、クーデリアは少し寂しく思った。勿論、フミタンへの好意には変わりはないのだが。
「フミタン……あのペンダント、どうしてる?」
「身近に保管してありますよ。お嬢様」
「アトラもね……三日月とお揃いのブレスレットしてたの」
「そうですの……」
「でも、フミタンはフミタンだから」
 フミタンはフミタン――クーデリアはさっきと同じような台詞を繰り返した。フミタンはクーデリアの頭を大切そうに撫でた。
「私は――どんな時でもお嬢様の味方です」
「うん……」
「三日月さんとのことは――時が解決してくれますよ」
「そうね……いつもいろいろありがとう、フミタン」
「お役に立てたならば光栄です。――お嬢様はペンダントを外した方が良くはないですか?」
「あら、どうして?」
「大切になさってるのはわかっていますが……寝てる時にチェーンの部分とか、危ないですよ」
「わかったわ」
 クーデリアは素直にペンダントを外し、サイドテーブルに置いた。
「――少し、眠くなってきたわ。……フミタンは仕事に戻るの?」
「お嬢様が眠りについたら戻ります」
 そう言ってフミタンはクーデリアの手に自身の手を重ねる。
「スープ、美味しかったわ。アトラにもお礼を伝えておいてね」
「それはご自分でなさいませんと」
「そうね……」
 クーデリアはほっとして眠りについた。だから、フミタンの哀し気な顔も見ることができなかった。

「三日月」
 クーデリアはガンダムバルバドスを磨いている三日月・オーガスに声をかける。
「クーデリア、何か用か?」
 三日月の態度があまりに普通だったので、クーデリアは戸惑った。
「あの……その……」
 クーデリアはもじもじする。三日月が言った。
「体調は良くなったのか」
「ええ。おかげ様で――それより……三日月はどうして私にキスしたのですか?」
「前にも言っただろ。可愛いと思ったからさ」
 三日月はこちらを向かずに作業を続ける。クーデリアは三日月の男らしい性格と童顔のギャップに惹かれてもいたが今は得体がしれないと思っていた。
「アトラにも……可愛いと思えばキスするの?」
「するかもな」
 間髪を入れずに三日月が答える。
「――もうっ!」
 急に腹が立ったクーデリアはその場を後にした。

 名瀬はね――愛の大きい人なのよ。
 確か、アミダ・アルカがそんなことを言っていた。アミダは名瀬・タービンの第一夫人である。
 彼女なら――自分の気持ちをわかってくれるのではあるまいか。
 クーデリアは名瀬の部屋に入れてもらう。名瀬は快く迎え入れてくれた。
「どうした? 嬢ちゃん」
「あの――アミダさんは?」
「俺のベッドでぐっすり寝てるよ」
 それは情事のあったことを匂わせる台詞で、クーデリアは頬が熱くなった。
「まぁ、俺が代わりに話を聞いてやっても良いけど」
「あの――男の方は女の人を可愛いと思ったらキスするのでしょうか」
「当たり前さ。――あの三日月の坊ちゃんに手を出されたな。当たりだろ」
「そんな……キスまでです!」
「キスでも――好きでない女にそんなことはしないさ。男ってもんは。好みの女には甘えてもらいたいし甘えさせて欲しいものさ。しかし、三日月の坊ちゃんもやるじゃねぇか。外見はガキのくせによ」
「三日月は子供じゃありません」
 だろうなぁ、と名瀬は呟きつつ起きてきたアミダと濃厚なキスを交わす。クーデリアは照れて慌てて目を背ける。
 戦争の後は出生率が上がる――そんな言葉を思い出してクーデリアは心臓をドキドキさせた。

後書き
戸惑いのクーデリア、続編です。フミクーもあります。
この小説は鉄血のオルフェンズを教えてくださった風魔の杏里さんに捧げます。


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