戸惑いのクーデリア
「アトラ……三日月、いる?」
クーデリアはそわそわしていた。自分でも自分の様子がおかしいのがわかる。でも、三日月がここにいないようだとわかってほっとしてもいた。
「いないけど、どうしたの?」
アトラがいつもの屈託のない明るさで答える。そのアトラがクーデリアには羨ましい。
「いないんだったら、いいの」
「呼んで来ようか?」
「それには……及ばない……けど……」
クーデリアは三日月とのさっきのキスを思い出して頬を火照らせていた。
「クーデリアさん、顔赤くない?」
「え? そんなことないと……思うけど……」
「ふぅん。じゃあ、気のせいかしら」
アトラはまた厨房に戻って行った。
「か……風邪かもしれないわ」
クーデリアはそんな必要ないと思いながらも誤魔化すように言う。
「風邪なの。じゃあ精のつくもの作ってあげるね」
アトラがにこっと笑った。
(三日月は――アトラを可愛いと思ったらアトラにもキスをするのかしら――……)
クーデリアがもぞもぞとしていた。
三日月は私のどんなところを可愛いと思ったのかしら……。
それがクーデリア自身にはわからない。
(可愛いと思ったから――)
それが三日月の台詞だった。その台詞をクーデリアが頭の中で反芻する。
「はい、シチュー。皆には内緒よ」
アトラが人差し指を唇に当てた。
「わかったわ。ありがとう、アトラ」
「うふっ」
友達のような口調で話し合うのはアトラの希望でもあった。アトラはいつもとても優しい。きっと過酷な環境を経てここへ来たのだろうに。
「クーデリアさん、早く良くなってね」
「うん。ありがとう」
クーデリアはシチューを掬った。いろんな材料が混ざり合っているのにそれがお互いの素材の味を引き立て合っている。食欲がない時でもこのシチューなら食べられる。
「美味しい……」
「そう言ってくれるのが何よりよ」
アトラが微笑んだ。アトラの微笑みは可愛い。
アトラは三日月を好きなんだろうか。嫌いでないことは明らかだけど。
「ねぇ、アトラ――」
「んー、なぁにぃ?」
アトラはごそごそと棚の中から何かを探しているようだ。
「いつも美味しいご飯をありがとう」
「こちらこそありがとう。毎日手伝ってくれて。ここの連中はそれを当たり前だと思っているんだから」
アトラの愚痴る口調には何となく得意な響きが混じっており、クーデリアは何となく和む。
「――あの、三日月も?」
三日月もアトラがここで働くことを当たり前と思っているのだろうか。
「あら、三日月は違うわよ」
アトラの表情が緩んだ。
「私にはいつも感謝してるって言ってくれたもん。クーデリアさんにそっくりね」
アトラがそう言ってまたにこっと笑った。
「そういえば、三日月とクーデリアさんってやっぱりどこか似てるよね」
「そ、そうかしら……?」
アトラの台詞がクーデリアには嬉しい。
アトラの手首には手作りのブレスレット。三日月とお揃いのお守りだと彼女は言っていた。
「それ、綺麗ね」
クーデリアはアトラの手首のブレスレットを指差した。
「えへへ。そ……そっかな」
「うん、とても、綺麗……」
そこでクーデリアは少し泣きたくなった。
敵う訳ないじゃない。アトラに――。三日月にはアトラがいるのに。アトラは三日月が好きなのよ――今、わかったわ。
「お代わり、あるけど」
アトラの言葉にクーデリアは首を振った。
「ふぅん。まぁ、欲しかったら言ってね。悩みには美味しい物食べてゆっくり寝るのが一番!」
「うん……」
クーデリアが力なく頷いた。
三日月――どうして私にキスしたの? 私にはあれがファーストキスだったのに――。
だけど、ファーストキスが三日月で良かった――クーデリアの中にはそう思う自分もいる。
だって、私も三日月を好きだから――。
「今日は、お手伝いいいから。クーデリアさん元気ないもの」
「えっ?! 元気よ!」
――つい裏声になってしまった。
「無理しなくていいわよ。何が起こったか知らないけど」
何か――それは三日月とキスしたこと。
(私はアトラを裏切ってしまったかしら――)
例え、それが三日月の方から仕掛けて来たものだったにしても――。
「わ、私、手伝います……!」
「そう?」
「特別扱いは――ごめんなの」
クーデリアには皆と同じように接してくれるアトラの存在が救いになっていた。
三日月は、どうだったのかしら。彼もアトラが好きだったんじゃないかしら。
もしかして、私に対するキスは三日月なりの特別扱い――?
それにしては流れが自然だったとクーデリアは考える。
あのキスは――。
クーデリアは体中が火のようになるのを感じた。
(私は、三日月が好き――。三日月は本当に私のことを好きなのかしら。彼はアトラとキスしたこともあるのかしら)
あのキスから、クーデリアは三日月のことを意識しないではいられない。ついさっきのことなのに――。
今夜ちゃんと眠れるかしら――クーデリアは思案した。ああ、ダメ……また思い出してしまった。
「クーデリアさん……」
アトラがクーデリアの肩に手を置いた。
「熱あるかも――」
アトラが呟く。そうかも。これは恋の熱だ。
「少し熱い」
クーデリアの額の熱さを自分の額の熱と比べながらアトラが言う。
「やっぱり今日はもう寝てること!」
「え、でも……」
「本当に風邪だったら困るでしょ。それに、皆に風邪がうつっても困るし」
「あ、そうだったわね。ごめんなさい」
「ううん。病気になったのはクーデリアさんの責任じゃないんだし。でも、ちゃんと安静にしてること!」
「う……」
クーデリアはそれ以上反論できなかった。
「これは特別扱いじゃないの。早く元気になってもらわないと私だって困るしね」
「そうね……部屋に……戻ります」
ベッドに横になったクーデリアの中はいろいろな想像でぐちゃぐちゃになってしまう。
落ち着いたら後でフミタンに話を聞いてもらおう。自分のことだとは明かさずに――それでも聡いフミタンは気付いてしまうかもしれないが。
後書き
二週間の無法地帯の時に書きました。
三日月がクーデリアにキスした後の話。続編もありますよ。
このお話は鉄血を教えてくださった風魔の杏里さんに捧げます。
2016.1.6
BACK/HOME