タイガとタツヤ

「ねー、タツヤ」
「何だい? タイガ」
「オレ達ってさ、家族みたいだよね」
「そう?」
「タツヤが兄キでアレックスがおかーさん!」
「兄キとは言われたことあるけど、改めて言われると嬉しいね」
「だって、タツヤの方が一個上だもん。あ、でも、アレックスって母親っぽくないよな。あんな母親だとオレ、グレそうだし」
「……アレックスに悪いよ、それは……」
 そう言いながらもタツヤは笑いをこらえている。
「なんだよー。じゃ、アレックスはなんなんだよー」
「年の離れたお姉さん、かな」
「お姉さんかー。でも、実の姉じゃ結婚できねぇよなぁ……」
「何? タイガ、アレックスと結婚するつもりでいたのかい?」
「違うよー。大体、それはタツヤの方だろう?」
「僕が、アレックスと結婚……?!」
 アレックスとは言うが、本名はアレクサンドラ=ガルシアだ。女である。一応。
「あー、タツヤ、赤くなってんぞー」
「あ……赤くなってなんか……」
「はははは。オレ、タツヤとアレックスが結婚したらめいっぱい祝ってやるよ」
 タイガも、もう『結婚』という言葉にどぎまぎするような初心な少年ではなくなってきている。彼ももうこの秋、小学校高学年に進もうとしているのだ。
「それは嬉しいんだけどね……」
 タツヤの照れくさそうな顔をタイガは見つめていた。
(タツヤ、やっぱりキレーだよなぁ……)
 男であるのがもったいないくらい。色は白いし肌はきめ細かいし。黒髪は東洋的で、美貌を半分隠している。
 タツヤが女だったら、オレが嫁にもらってたな、うん。
 自分が女性だったらとは微塵も考えないタイガであった。
(でも、それはダメなんだ……)
 何故なら、タツヤはアレックスが好きだからだ。
 もういい加減長い付き合いだからわかるのだ。タツヤはアレックスを見ている。
 アレックスを見ている――タイガが切なくなってくるくらい。
 オレ、タツヤのこと諦める。もともと男同士だし。
 だからさ、その代わり、タツヤとアレックスを幸せにしてやってくれよ、神様……。
 タイガはどこにいるのかわからない神様に願った。教会で聖書の言葉を聞いても、何となくぴんとは来ないのだが。
 アレックス曰く、
「気にスンナー。私もそうだからー」
 彼女にあっけらかんと笑われた時は、
(いーのか? それで! 神様の罰は当たらないのか?!)
 と一晩中眠れなかった。
「どうした? タイガ」
 タツヤに訊かれて、
「ああん? 今日の対戦相手のこと考えてたんだよ」
 と嘘をついた。
(タツヤ……)
 白い首筋のチェーンがチャラチャラと鳴っている。アクセントのニセシルバーの指輪は兄弟の証。タイガの胸元にも同じものが飾られている。
 クラスメートにも、
「それ、何だ?」
 と質問されると、
「兄弟の証!」
 と笑って答える。
 その後は、「いいなー」「いいなー」の大合唱。
 ……だった。ついこの間までは。
 ある少年が言った言葉が、タイガの心にちくっと刺さった。
「それって恋人同士がペアでやるやつじゃないの?」

「タツヤと恋人かー」
 自宅の広い風呂でタイガが呟く。
 恋人ってあれだろ? キスするヤツだろ? オレ達はアレックスからいつもキスされてるが、あれはきっと特別なんだろう。みんなもアレックスは特別だ、と言っていたし。
 タツヤと自分がキスする図がどうしても想像できない。これがアレックスとタツヤだったらぴったりくるんだけど。ちなみに、想像の中のタツヤは少し大人になっていた。
 東洋的白皙の美貌のタツヤと金髪美人のグラマー年上女房、アレックス。
 タツヤとアレックスはお似合いだ。それはタイガも認めている。もし、タツヤがもっと大人になれば、だが。
 オレはタツヤのことを諦める。アレックスならば、タツヤと結婚してもいい。
 オレは……かいぞえにんになってやるからよ。幸せになれよ、アレックス、タツヤ。
「ふー」
 しばらく入ってたらのぼせてしまったらしい。
「とーちゃん、風呂あがったぜ。ん?」
 アレックスとタツヤがタイガの父を囲んで座っている。タツヤが、
「やぁ」
 と、手を振った。
「今日の試合は大活躍だったそうじゃないか。タイガ」
 父が笑って言う。
「おう! 大勝利だったぜ」
 タイガはまだない力こぶを見せる。
「んでさー、とーちゃん。なんで二人が来てんの?」
「用がなきゃ来ちゃいけないかい?」
「別にいつものことじゃないか」
 タイガの言葉にタツヤとアレックスが順々に答える。
「そうだけどよー……」
 今まで考えていたことを思うと恥ずかしい。
 タツヤとアレックスが恋人、だなんて……。
 かーっと頬に血が上る。タツヤが慌てた。
「どうしたんだい?! タイガ! 様子がおかしいよ! 風呂にのぼせたのかい?! 試合の疲れが出たのかい?!」
「い、いや……」
 言えねぇ。タツヤがアレックスとちゅーしてたとこ考えてたなんて言えねぇ。
 それにしてもタツヤの鈍いこと。昼には自分の頬が紅潮していたこと、それをタイガにからかわれたばかりではないか。忘れたのか。
「まぁ、これも思春期だからな」
「ああ、そうか……」
 タイガの父のおかげでタツヤは合点がいったらしいが、アレックスは平気でタイガの額に手を当てる。
「熱はないようだな」
「お……おう」
 タツヤとタイガのシルバーリングは兄弟の証。でも、そんなちゃちなおもちゃでも、本人達は真剣で。
 タツヤとアレックスがするのは、きっと本物のシルバーリング。夫婦の証。
 バスケしづらいから、やっぱ首にかけんのかな……。
「タツヤ!」
 タイガはびしっと指差した。
「幸せになれよ!」
「はぁ……?」
「オレは寝る! じゃあな!」
「ミスター火神。あいつは何と?」
 アレックスはタイガの父に訊いてみる。タイガの父も首を傾げていた。
 ――これは、火神大我と氷室辰也の今は昔の物語である。

後書き
タイガ……介添人というのは、結婚式の時、花嫁の面倒を見る人のことを言うんだぞ。
……あながち間違いではないか(笑)。
2014.2.27


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