黒バス小説『緑間クンへのスパルタ教育』
「緑間君……中学時代から勝手な人でしたが、ますますその勝手さに磨きがかかってきたように思いますね」
黒子が言う。オレは、へぇっ、と思った。
「真ちゃん、昔はもっとマシだったの?」
「……まぁ、変人ではありましたがここまで身勝手では……それというのも――」
黒子が一拍置いてオレをズビシッと指差した。
「高尾君が緑間君を甘やかしているからです!」
ええっ?! オレのせい?!
「高尾君が緑間君を甘やかしているから、緑間君はますます変人に、そしてますます身勝手になったのです」
「はぁー……」
オレはただただ口をぽかんと開けてるしかなかった。だって、中学時代の真ちゃんなんて、オレよく知らねーもん。
でも、確かに黒子の言う通り、甘やかし過ぎかな。チャリアカーはいつもオレがひいてるし(じゃんけんで負けるからだけど)、ラッキーアイテム探しにはどんなに手に入れるのが難しいものでも協力して探すし、それに――。
真ちゃんから求められれば、オレ、いつだって足開くし――おっと、良い子のみんなはここはすっとばしてくれ。
とにかく、真ちゃんにはもっと厳しくするべきかな。
きーめたっ。真ちゃんにスパルタ教育しちゃる!
「高尾!」
翌朝のことである。オレはぽくぽくとさほど広くもない道を歩いていた。そこに声をかけたのが、うちのエース様、緑間真太郎ってわけだ。
「チャリアカーはどうしたのだよ」
「ああ。あれね。たまにはいいじゃん。歩くのも」
「まぁ、それはそうだが……」
チャリアカーなんて考えつくヤツは普通いないのか、おは朝のラッキーアイテムにもならない。もしラッキーアイテムだったら、「いますぐにでも持ってこい」と真ちゃんだったら言うであろう。
「あのね、真ちゃん。オレ、もうアンタの世話すんのやめたわ」
「は、何言って……」
「だって、オレばっか振り回されていいことひとつもねぇもん」
「あ、ああ……わかったのだよ……」
「ふぅん……」
ほんとにわかってんのかねぇ。
一時間目は家庭科。真ちゃんの最も苦手とする教科だ。
真ちゃんてピアノ弾けるくらいだから器用だろうに、どうしてじゃがいもの皮むきできないの?
「うあっ……!」
あーあ、やっちまった。テーピングに血が滲んでいる。
いつもならここで、
「真ちゃん大丈夫?」
と慌てるオレだったが――。
「緑間君、大丈夫?」
――隣の女子がオレの役目を果たしてくれた。
「だ、大丈夫なのだよ」
嘘こけ。大事な指を傷つけてパニくっているくせに。
「高尾。保健室に行くのだよ」
「ひとりで行ってきなよ」
「何?!」
「オレ、真ちゃんの世話係じゃねーっての」
「ぎゃあああ!」
「――今度は何だ?」
「――勝本だ」
クラスメートが指を包丁で切ったらしい。オレはすぐさま応急キットを携えて飛んで行った。
――そう。オレは真ちゃんが怪我した時の用心の為に応急キットを持ち歩いている。
「サンキュ。高尾」
「いえいえ。どういたしまして」
真ちゃんを自慢のホークアイで観察する。真ちゃんは呆然と立ち尽くしていた。
六時間目は体育の時間。
真ちゃんの傷は浅かったので既に治りかかっている――んだろう。オレも詳しくは知らないのだ。
「緑間、バレー出るよな。あてにしてんだぜ、みんな。オマエのこと」
クラスメートにそう言われては真ちゃんも後には引けなかったと見えて、
「わかったのだよ」
と答えた。
サーブは真ちゃん。コートの向こう側にボールを打つ。ちなみに、オレと真ちゃんは同じチームだ。味方なら、これほど心強い存在もない。
ボールが帰ってきた。
「緑間ー!」
葉月がボールを緑間に寄越す。その直後。
「――うっ!」
真ちゃんが苦痛の声を上げる。
「どうした、緑間ー」
「いっ……突き指したらしいのだよ」
チームメイトがざわざわと真ちゃんの周りに集まる。
「大丈夫か? 緑間ー」
「ここんとこ、指のアクシデントが続いてるよな。家庭科の時間といい」
よく覚えてたね。
「おは朝占いで蟹座は最下位だったとか?」
「――ああ。けど、大したことないのだよ」
嘘ばっかり。強がっちゃって。額に脂汗が滲んでいることをこの高尾ちゃんは知っているのだ。
でも、オレはその輪の中に入らない。
だって――オレ、行ったら絶対世話焼くもん。いつもオレのことこき使っている罰なんだからな。な、泣いてなんてないからな……。
「高尾……」
そんな声出したってだーめ。――オレは真ちゃんに背を向けた。
「高尾君の様子がおかしい?」
「ああ。つとめてオレのことを無視しているようなのだよ」
マジバで黒子テツヤと緑間真太郎が話し合っている。議題は――高尾和成についてだ。
「すまんな。遠いところわざわざ来てもらって」
「いえいえ」
「こんなことを相談できるのはオマエしかいないのだよ」
「どうしてですか?」
「おは朝占いで蟹座と水瓶座が今日は相性抜群なのだよ」
「……高尾君も苦労しますね」
黒子はバニラシェイクを啜った。
「オレは、何かあいつに悪いことをしたのだろうか……」
思い当たることと言えば、好きな時に高尾を抱こうとすることぐらいか。
「そういえば、高尾君と緑間君のことを話し合いましたよ。いや、話し合い、というほどのことでもないかな」
「何を言ったんだ。言え」
「高尾君が……緑間君を甘やかしているから身勝手になったのだと――」
緑間はガタッと席を立った。
「黒子! もうオマエは余計なことをいうのではないのだよ」
「わかりました――これから高尾君のところへ行くのですね」
「オマエがお節介など焼くからなのだよ」
緑間に叱られたというのに、黒子は笑っていた。
オレ――というのは高尾和成のことだが――は冬の寒さにぶるっと震えた。
あー、ちくしょー。何でこの季節はカップルばかりなんだ。
オレだって真ちゃんと……いやいや。真ちゃんはオレから遠ざかった方が身の為なのだ。
でないとオレは……つい真ちゃんのことを心配してしまう。
「高尾!」
振り向くと――真ちゃんがいた。
「真ちゃん!」
真ちゃんはオレのことを力強く抱き締めた。
「黒子に何を言われたか知らんが――オマエがいないとオレはダメなのだよ」
「真ちゃん……」
ああ、高尾ちゃんは嬉しい、です。
でも、真ちゃんのそばにいるとつい――
「オレな、真ちゃんを甘やかしているから少し離れようと――」
「離れるな!」
真ちゃんが怒鳴った。
「何があっても離れるな。オレは、オマエに甘やかされたい……嫌か?」
「ううん。――わかったよ。真ちゃん……オレも真ちゃん甘やかしたい。もう、離れない……」
オレが真ちゃんを甘やかしているのと同じくらい、オレも真ちゃんに甘やかされているのだから――。
「これからも、よろしく、真ちゃん……」
真ちゃんの緑のコートの肩口がオレの涙で濡れた。体は火照って熱いぐらいになっていた。大きく鼻で息を吸ったら、真ちゃんの爽やかな汗とコロンの香りがした。
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