すまない・・ 3(青峰編)

 黒子・青峰・桃井が緑間・黄瀬と合流したのはもう最終電車間近という時間であった。
 青峰はしばらくぽくぽくと歩いていたが、やがて立ち止まって、
「オレ、しょんべん行ってくるわ。オマエら先に帰ってろ」
 と、いつもの調子で呟いた。
「行ってらっしゃい」
 と、黒子が送り出してくれた。
「こんな時にトイレなんてー」
 桃井は怒っていたが、黒子はいたって冷静に、
「彼の目的地はもっと違うところにありますよ」
 と応えた。

 川べりに荻原シゲヒロが座っていた。
「――よぉ」
 青峰が荻原に声をかけた。
「オマエ、オレらがオマエのお袋さんと話してた時、外出てったよな。――まぁ、ここら辺にいるとは思ってたがな」
「は……でも、何で……」
「こういうところの方が、自殺しやすいからだろ」
 荻原の肩がぴくっと動く。
「そうびくつくな。取って食いやせんから」
 そうして、青峰は荻原の隣に座ってしばらく黙っていた。荻原が言った。
「――帰んなくていいのかよ。電車は? もうすぐ終電だぜ」
「歩いて帰るさ。近くだし。そもそも門限にうるさい家じゃねぇ。朝帰りだと流石に怒られっがな」
「そうすか……」
「でも、野郎相手に誤解されて怒られちゃ割に合わねぇな」
 くくっと青峰が笑った。
「青峰……どうして……」
「ここがわかったってか? んなもん、オレも同じような気持ちになったことあるからに決まってんだろうが。不幸なのはてめぇばかりと思うなよ」
「どうして……」
「オレな……帝光中バスケ部で二軍落ち覚悟してたんだ。そんならまぁいいか、という気持ちがあったんだけど――監督が、練習に出なくてもいいって……試合にさえ出ればいいって」
「それは……」
「そんだったら二軍落ちの方がまだしもだと思うだろ? 帝光のお偉方はな、オレら『キセキの世代』を客寄せパンダ扱いにしたんだ。後から知ったことだけどな。だから――というか、他に相手になるヤツら滅多にいなかったから、キセキはキセキ同士で遊び始めたんだよ。点取りゲームとか、くだらねぇことばっかしてた」
「…………」
「そんで、一番最後の最大の遊びが全中決勝戦、だったというわけだ」
「…………」
「弱者の努力は美談だが、強者の遊びは驕りでしかない……オレはそういうのが嫌でね。弱いヤツらにはあまり本気出さなくなった」
「確かに驕ってんな……」
「でもな……才能開花されていくうちに、人は離れていくもんなんだよ。おめーだって『キセキの世代』の孤独は知らねぇだろ」
「…………」
 荻原は唇を噛んで俯いた。
「オレなぁ、シゲ。オマエが羨ましいよ」
「はっ、冗談」
 荻原は吐き捨てるように言った。
「だって、オレにはバスケしかないんだぜ。赤司も緑間も頭がいい。紫原はマイペースだし、黄瀬はモデルをやってる。オレからバスケ取ったら何が残るかなーと思ったら、何もないんだぜ、これが。オレはバスケに失望したけど――バスケをやめることはできなかった……」
「え? 友情とか、信頼とか……それすらも残らないのかよ? オレも中坊ん時のダチとは連絡取ってねぇけど、バスケやってた時の充実感は本物だって思ってたのに」
「ははっ、おめでてぇな。シゲ。オレのいた帝光中は勝利が全てだったんだよ。――といっても、オレも高校行って黒子や火神に後れを取ったりしたもんだから世話ねぇわ。さっきおめでてぇとオマエのこと笑ったけどよ。確かにそうなんだよ、信頼や希望とか――」
 そこで青峰はふっと口を噤んだ。――だが、やがて続けた。
「火神の野郎はムカつくし殺してぇけどよぉ、あいつはバスケを愛しているし、バスケの神様――てぇのがもしいるとしての話だが――にも愛されてんだよ。一度会ってみるか?」
「えっ?」
「うん。そうだな。火神は誠凛高校にいる。オマエ、ガッコどこよ」
「オレ、高校通ったことってないんだ……」
「マジか! じゃ、高校中退なわけ?」
「はなっから行ってない。……どこも落ちたし。志望校全部白紙で出した」
「わざとか」
「ヤケになってたもんで……。親父には大検は受けろって言われてるけどオレ、バカだし」
「そかー。しっかしやるなぁ、オマエ。オレだって少しは書いたのに。でも、バスケやってなかったらオマエ高校浪人だぞって言われたなぁ。んじゃ、誠凛行け誠凛。バスケの楽しさ、思い出すかもしれねぇぞ。成績だってバカガミが入れたぐらいだから問題ねぇ。桐皇や秀徳もいいけど――多分、今のオマエの力じゃちと厳しいな。オマエ、可能性はあるんだけどなぁ」
「誠凛か……」
「強さは折紙付きだ。桐皇破ってるしな――あ、桐皇っていうのはオレの通ってる学校な。黒子は誠凛だぞ」
「黒子とバスケできるのは魅力だなぁ……」
「あいつはなぁ、どんなに心が折れても諦めない。だから、オレらみんな、馬鹿にしながらもあいつに一目置いてたんだ。オマエもそうなれる。遅過ぎるなんてことはねぇ。それとも、バスケ以外の道を見つけたというなら、話は別だが……」
「――オレにも、バスケしかない。聞いてくれるか? オレの夢」
「どうぞ」
 そう言って、青峰はにやりと笑った。
「オレは――アメリカに行ってバスケプレイヤーになりたい。NBAでプレイもしたい」
 青峰は口笛を吹いた。
「そいつはまた……おっきな夢だな」
「でも……オレじゃダメなんだ……」
「諦めんな。夢は見るもんじゃなくて掴むもんだろ」
「アンタみたいな天才にはわかんないさ」
「天才だろうが凡才だろうが、基本は同じこったろ。トマソンも言ってたぜ。天才は1%の才能と99%の努力で作られるってな」
「それって、エジソンじゃ……」
「おっ、そうか」
 荻原は我慢ができず吹き出した。けれど、言いたいことはわかったらしい。
「アンタって、ほんとーにバスケ以外ダメなヤツなんだなぁ」
「うっせーよ。バカガミの方がバカだぜ。あっ、そうだ」
 青峰はスマホを取り出す。
「おい、バカガミ。あの金髪の変なねーちゃんどうした?」
『んだよ。こんな時間に。オレがバカガミならオマエはアホ峰だろ』
「なにーっ?!」
『大体、アレックスはアメリカに帰ったぜ』
「ほほう。アメリカへね――おい、シゲ。アメリカ行きが早まったぞ」
『シゲって誰だ?』
「オレのダチ。そんじゃーな」
 青峰は電話を切った。
「アレックスってヤツがアメリカにいる。――女だ。しかもつえぇ。火神の師匠だとさ」
「火神って誰?」
「火神大我。図体だけはデカい。ゾーンに入ればオレとタメ張るぐらいの力があるぞ。――いや、やっぱりまだまだオレの方が上かな」
「ゾーン??」
「まぁ、おいおい話していくさ。キセキならざるキセキ。ヤツはキセキではないが、キセキと同じぐらいの力はあるぞ。ま、オレの方が上だけどな」
「…………」
「世界は広いぜ。シゲ。おめーがお袋いたぶっている間にとっくに世界の状況は変わってるんだ。オマエ、アメリカに行く覚悟はあるか?」
 その時――
 生気のなかった荻原の瞳に光が戻った。
「オレ……行きたい。アメリカに……」
「ま、家族とゆっくり話でもしてくんだな」
「オレが行きたいっていえば、きっとみんな賛成してくれるよ」
「だといいがな。まぁ、アメリカ行きがパアになったらオレがいるから安心しろ」
「アメリカの方がいいなぁ……」
「んだとぉ?! さっきはびーびー泣いてたくせにナマ言いやがって」
「終わりましたか?」
 草むらから出てきたのは黒子と桃井。
「うぇあお! びっくりしたー」
「まさか青峰君と荻原君が意気投合するとは思ってもみませんでした」
「どこの部分から聞いてたんだ、オマエ」
 青峰は顔をしかめる。
「『誠凛行け』のところからです。――青峰君が誠凛を認めてくれて嬉しいです。荻原君はアメリカに興味があるようですが」
「テツ。立ち聞きなんて趣味わりーぞ」
 しかも、一番聞かれたくない箇所だ。そういえばそれに続くトマソンの話も聞かれていたに違いない。黒子はいつものように飄々としている。
「で、帰りどうします? 歩いて行きますか?」
「そうだね。近いし、テツ君と歩けるし」
「オレの存在は無視かよ」
 ハートマークを飛ばして黒子にひっつく桃井に青峰は一瞬だけ憔悴した様子を見せた。
「じゃあね、荻原君」
「あっ、待ってください」
 手を振る桃井を荻原が呼び止めた。
「何ですか?」
 黒子の問いに、荻原は言った。
「皆さん、今晩うちに泊まって行ってください」
「――いいのかよ」
 と、青峰。
「はい! あ、他の二人は?」
「緑間君と黄瀬君なら先に帰ると言ってました」
「じゃあ、来なよ、黒子。青峰も、えーと……」
「桃井さつき」
「じゃあ、桃井さんも」
「けっ。いっぱしに色気づきやがって。さつきだけさん付けだぜ。おい、シゲ。さつきはテツの女だ」
「違いますよ。適当なこと言わないでください」
 と、黒子。
「えー? 私、テツ君の彼女じゃないの? 超ショックー」
「がんばれよー、さつき」
 おざなりに青峰が言い放った。
「ちょっと黄瀬達に連絡入れてくらぁ」
 青峰が黄瀬に電話をする。
「あー黄瀬かー? オレと桃井と黒子な、荻原ん家に泊ることにしたから」
「わかったっス。――オレ達駅に着いたとこっス。終電もう来るっスよ。オレ達はもう帰るっスから。荻原っちによろしく」
「ああ?! んなこたてめぇ、自分で言えよ」
「そうっスね。あ、緑間っちは伝言ないっスか? ――ああ、はいはい。特にないそうっス」
「別に伝言あってもオレは伝えねーよ」
 ――間が空いた。
「青峰っち……緑間っちは荻原っちのお母さんのこと、心配してたっスよ」
「――そうか。ま、そいつも緑間に後でてめぇで伝えろっつっとけ」
 そして、青峰は連絡を終えた。

 ――荻原家ではシゲヒロの母親が待っていた。
「母ちゃん! ちょっと腹減った! メシ!」
「シゲ……」
 荻原の母は目を見開いた。
「昔のアンタが……戻ってきたみたいよ。シゲ」
「え? そう? あ、親父が来たら知らせてよ。大事な話があるんだ」
「今日のシゲはずいぶん明るいわねぇ」
「青峰君のおかげです」
 黒子が教えると、シゲの母親は青峰の手を取った。
「まぁ、怖いお顔をしてるのに本当は優しいんですね。うちのシゲと仲良くしてくれてありがとう」
「怖い顔……」
 青峰は不満そうな顔をした。荻原達は小さく笑った。
 シゲの母親はおひつを準備する。御飯はまだ沢山あった。
「オレ、親父が来たら相談があるんだ」
「あら、何かしら」
「バスケの修行の為にアメリカに行きたい」
「まぁ……」
 シゲの母親はしゃもじを持ったまま絶句した。
 シゲの母の心中はわからない。だが、シゲをこのままこの家に置いて家庭内暴力を振るわれたり、自殺されたりするよりは遥かに健全であろう。どうせ子供はいつかは独り立ちするものだ。
 もちろん、簡単でないのはわかっている。もしかしたらシゲは危険な目に遭うかもしれない。でも。
「オレ、黒子に負けたくないから――もう一度、がんばってみたいから」
 青峰はシゲの心に火をつけたのを知ってか知らずか、「このメシうめぇな」ともくもくと平らげていた。
「火神君からアレックスさんに連絡してもらいましょうね。火神君の師匠ですから。氷室さんの師匠でもあるんですよ」
 黒子は米粒をゆっくり噛んで飲み込んでから話した。どうやら昔からの少食の癖は治っていないらしい。

 その後――。
 アメリカ行きをひかえた荻原は、灰崎と虹村と共に子供達にバスケを教える手伝いをしていた。二人は厳しいが、荻原にはいい勉強になったらしい。時々、青峰や黄瀬や緑間も混ざる。勿論、黒子も。それから火神も。高尾は一休みしている子供達の話し相手をしている。
 失意のどん底にいた少年、荻原シゲヒロは翼をたくわえ、広い世界へと羽ばたきつつあった――。

後書き
また続きがあります。今少しおつきあい願います。
2014.1.21


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