すまない・・ 2(黒子編)

 ――荻原家に着いた。
「でけえな。おい」
 青峰が感心したように言う。確かに赤い屋根の荻原家には威圧感があった。
 チャイムを鳴らすという重大事がまず待っている。ここは、成り行きでだが言いだしっぺになった緑間か、荻原シゲヒロの友人だった黒子か――。
 黒子がインターフォンを押す。年配の女性が出てきた。
「こんばんは」
「どなた……?」
 女性の声には警戒心が混じっている。
「僕、黒子テツヤです。荻原君の……友達です」
「で、私達は……荻原君と話をしに来ました」
 と、桃井さつきが説明する。
「まぁま、そうでしたの。寒いでしょう。さぁさ、中に入って」
 荻原の母がうっ、と呻いたのに黒子が気が付いた。だが、変事を察して行動したのは緑間だった。彼は荻原母の腕を掴んで袖を捲った。
「あっ、それは……」
「やはりな……」
 荻原母の腕に鬱血した痣ができていた。
「息子さん、暴力振るわれるんですね」
「…………」
 相手は答えたくないようだった。
「一度でも許すとエスカレートしますよ。お邪魔します」
「ほぇ~。緑間っちが敬語ちゃんと使ってる……」
「茶化さないでください。黄瀬君」
 黒子が真面目な顔で言った。
「これでも真剣なんスけどねぇ……」
「おい。こんなとこで突っ立っててもしようがねぇだろ。さっさと案内しろ」
「ひっ!」
 荻原の母が思わず声を上げる。浅黒い肌に青い髪、加えて長身ときては、普通の主婦が怯むのもわからないでもない。
「青峰っち~。それじゃサラ金の取り立てっスよ~。お母さんが怖がるのも無理ないって」
「息子は……借金してたんですか?」
 女性の声に怯えが混じる。
「もののたとえっス。すみません……」
「黄瀬君は黙っててください」
「黒子っちひどっ!」
「あ……では、どうぞお入りください……」
 靴を脱いだ後、きちんと揃えたのは黒子、緑間、桃井である。青峰は靴を揃えるなんて概念がまるっきりないようであった。
「息子は二階の部屋にいますの」
 荻原の母の言葉を聞いて、『シゲヒロの部屋』とプレートのかかったドアを黒子がコンコンコンとノックする。
「誰……?」
「黒子です」
「黒子……」
「今まで会いに来れなくてすみませんでした。――入ってもいいですか?」
「――どうぞ」
 緑間、黄瀬、青峰、桃井も中に入る。
「お、オマエらは……!」
 荻原が誰よりも会いたくなかったであろう『キセキの世代』の面々。しかもそれが三人も揃っている。
「邪魔するのだよ」
 190超える緑間も迫力があった。ここまで背が高いと入り口に頭がぶつかりそうになる。
「何しに来た……」
「オマエの様子を見に来たのだよ」
 緑間は敢えて、謝りに来た、とは言わない。そう告げたところでどうなるものでもない。ただ――心配だった。
「オマエ、母親に暴力振るったのか?」
 緑間の問いに、
「……一度だけ。あんまりうるさいから」
「…………」
 緑間の目が激しい怒りに燃えている。それはこの男が生まれつき持っている正義感なのだと黒子は悟った。彼は――力に任せて暴力をふるう人間が大嫌いだ。たとえどんな理由であってもだ。
「わかった。――オレ達は確かにクズだったかもしれない。特にあの試合ではな。だが――これで母親を不幸にするようになったというなら……オマエはクズ以下だ」
 緑間はそう言い置いて……家を出て行った。がちゃんと扉の閉じる音がする。
「荻原っち……」
 片耳にピアスをしている、黄瀬が言った。普段はちゃらい男だが、この時ばかりは真摯だった。
「バスケに戻るなら、1on1してみたいっスね。今度はオレも……本気出すから……それから、親に迷惑かけちゃだめっスよ」
 そして、黄瀬も部屋を後にした。
「僕……また来ます。今度は諦めません」
「テツ君……」
 桃井が黒子を心配そうに眺める。
「出てけよ……オマエら全員出てけ!」
 自然に入ってきた廊下の灯りに照らされた荻原の顔は――涙で濡れていた。
「お母さん、大切にしてね」
 桃井が、悲痛な顔で微笑んだ。
 黒子達も、荻原の部屋から出て行く。
 下では、荻原の母も泣いていた。
「すみません。お母さん。僕達、来るべきではなかったかもしれません」
「いいえ……」
 荻原母は白いエプロンで目を擦る。
「私は……嬉しいんです。こうやって、シゲヒロのことを訪ねてくれる友達がいたことが――」
「いや、オレは別に友達というわけでは――」
 と、青峰。
「ただ、試合の時にちょっとな……」
「僕達、ちょっと訳ありなんです。荻原君が怒るのも――無理ないかと思います」
「――息子に、何があったんですか?」
 静かだが、凛とした声。青峰に怯えていた女とは思えないくらい、気丈な態度。
 ああ、これが――シゲヒロ君のお母さんだったんですね……。黒子が心の中で呟いた。
 そして、今もまた――息子を守ろうとしている。
「人によっては大したことじゃないと言うかもしれません。けれど、僕だったら、絶対に許せません」
「テツは真面目だからな……オレだってやられりゃ腹が立つけどよぉ、何もバスケ捨てなくたって――」
「青峰君!」
 黒子は青峰を睨んだ。
「ねぇ、そういえば緑間君と黄瀬君は?」
 桃井が訊いた。
「知らね。帰ったんじゃね?」
「もう。青峰君はいっつもそうなんだから。だから誤解されるんだよ」
「満更誤解されてるとも思えねぇけどな。オレ、こういうヤツだかんな」
「――テツ君、青峰君に何か言ってやって」
「僕は……青峰君に何か言う資格を持っている訳ではありません。だけど言わせてもらうと――あの試合の時は僕もショックを受けました。そこで僕は、僕のバスケで思い知らせてやろうと思っていました。でも、誠凛でやるバスケが楽しくなって。キセキの皆さんとも本気でやれるのが嬉しくて。僕は、再びバスケが楽しくなっていきました。青峰君も本当は、バスケを愛しているのでしょう? けれど、君は不器用過ぎます。ほんとはいい人なのに――話が逸れましたね」
「テツ――」
「緑間君も、今頃後悔しているかもしれません。ただ、彼は我慢ができなかったのでしょう。彼は感情の沸点、意外と低いですから。でも、ここに来るきっかけを作ったのは、彼――いや、彼の仲間かもしれません」
 黒子は、緑間の相棒高尾のことを思い出していた。緑間は高尾のことなら大抵のことはきく。しかし、高尾は中学時代の緑間をよくは知らない。
(目が変なのだよ)
 緑間がいつぞやお好み焼き屋で黄瀬に言った言葉だ。――黄瀬は人間らしい目に戻っていた。その後、緑間も、青峰も。
 弱いことは罪ですか?
 キセキの世代と呼ばれた少年達は苦い敗北を味わって、子供の無邪気な残酷さを克服し、大人になりつつある。
 桃井がスマホで緑間達に連絡を取る。近くの公園にいるとのことだった。
 そうだ……。
 黒子が黒いリストバンドを取り出した。
「荻原君が使ってたリストバンド、使わせていただいてます。荻原君のお母さん」
 荻原の母は、涙を堪えるように顔を覆った。

後書き
まだ続きがあります。次は青峰編です。
2014.1.19


BACK/HOME