好きな人のハートぐらい

 氷室辰也――。火神君の兄貴分ですか……。きっと仲良かったんでしょうねぇ。火神君と。
「おい、どうした。黒子。ぼーっとして」
 黒子と言うのはボクのことです。
「火神君……」
「ん?」
「ちょっと……寄るところがあります」
「そっか。じゃ、待ってる」
「えー、こんな雨の中を?」
「じゃ、お前らだけ先帰れ」
「でも……黒子と火神のことも気になるし……」
「……ありがとう、福田」
 と、火神君。
「じゃあな、早く戻って来いよ。黒子」
「わかりました」

 はぁっ、はぁっ、はぁっ……。
 さすがに今の時期でさえ、雨は不快ですね。随分濡れてます。
 早く――氷室さん達が秋田に帰る前に、彼に言わなければならないことがあるんです。
「氷室さん!」
「――黒ちん。どうしたの?」
 紫原君が訊いてきます。
「ちょっと――氷室さん、お願いできますか?」
「いいよー。室ちーん。黒ちんが話あるってー」
「黒ちん?」
「えーと……黒ちん、本名何てったっけ」
 同じ中学で同じバスケ部でボクの本名知らなかったのですか……まぁ、紫原君らしいといえば、らしいですがねぇ……。
「いっつも黒ちんて呼んでたから忘れちゃったよ」
「黒子です。黒子テツヤ」
「ああ、そうそう。――室ちんに何の用?」
「ちょっと――ここでは……」
「ああ、そっか。オレ邪魔なんだね」
「――すみません」
「いいよー」
 こういう気働きができるから、紫原君のことは嫌いになれないんですよね。紫原君はその場を後にしました。
 氷室さんが来ました。彼は言いました。
「何? オレに話って」
「伝えなくてはならないことがありまして」
「――ウィンターカップのこと?」
「いえ――それは今度会った時に話します。氷室さんは火神君の兄貴分でしたよね。アメリカでの」
「そうだけど――何か?」
「ボクは火神君が好きです」
 ボクが言うと、氷室さんの目がすっと細くなった。
「キミは、火神君のチームメイトだったね」
「――はい」
「キミみたいないい友達がタイガにいたのを知って嬉しいよ」
「あの……氷室さんは火神君の兄貴分でしたよね。ただの兄貴分ですか?」
「――何が言いたいんだい?」
「噂に聞く、あの関係ではないのですね」
「オレとタイガがゲイかって訊きたいのかい?」
「はい」
 ボクは真面目に氷室先輩を見つめました。それなのに――氷室さんは吹き出してしまいました。
「オレもタイガもゲイではないよ。ただ、バスケの繋がりがあるだけさ」
「――羨ましいですね」
「何が?」
「子供の頃の火神君を知っていたなんて」
「…………」
 しばしの沈黙の後、氷室さんが質問しました。
「キミはタイガが好きなのかい?」
「はい――そういう意味で、好きなんです」
「オレに宣戦布告でも?」
「いえ……ただ、言っておきたかったんです」
「――オレにできることはないかい?」
「何もしなくていいです。好きな人のハートぐらい、自分で射止めます」
「黒子君だっけ? タイガもキミのことは認めているね?」
「それはわかりませんが、ボクは火神君の相棒です。相棒だと思っています」
「告白するのかい?」
「それは機会を見て」
「がんばってね――タイガが君に惚れても、オレは今まで通り付き合うだけだから」
「ありがとうございます。ボクのせいで火神君が氷室さんに変な目で見られたら可哀想ですから」
「こちらこそありがとう。オレは君を応援するよ」
「氷室さんは……好きな人は……」
「いるよ」
 氷室さんは簡潔に話しました。
 氷室さんは美形です。それに、バスケも上手いとくれば、モテない方が不思議でしょう。
「相手はどんな方ですか?」
「遠いところにいる人だよ。とても遠いところにね」
 氷室さんは中空に視線を飛ばしました。
 それは比喩的に言っているのか、現実にそうなのか、それともその両方なのかわかりませんでしたが。
 この女の人にモテそうな青年が好きになるのは、一体どんな人なんでしょう。とても素敵な人に違いありません。
 ――まぁ、火神君には敵わないかもしれませんが。ボクも贔屓の引き倒しですね。
 ボクはくすっと笑いました。
「ボクは、君達には負けません。必ず日本一にしてみせます。――いえ、なってみせます」
「そうだな――オレも、君達には負けないよ」
「じゃ、もう帰ります」
「ああ」
 氷室さんは手を振って別れを告げた。
「――タイガと仲良くね」

 タイガ、か……。
 あの二人は、下の名前で呼び合う関係だったんですね。それも、ちょっと羨ましいかもしれません。
 でも、ボクと火神君の関係は新しく作り上げていく関係ですから……。
 氷室さんには他に好きな人がいるようですし。もし、氷室さんも火神君のことが好きなら強力なライバルになると思っていましたが。
「おーい、黒子、こっちこっちー」
 河原君が呼んでます。
「今行きまーす」
「おせーぞ。どこ行ってたんだよ」
 火神君がボクを小突きます。
「氷室さんのところに挨拶に行ってきました。キミの兄貴分なだけあってとても頼りになりそうですね」
 火神君は、「おう!」と笑顔で答えました。
 ――ボクは、氷室さんにちょっとだけ嫉妬しました。

後書き
『やっぱりあの子は好きになれない』の1シーンから膨らませました。
これを思いつかせたのは風魔の杏里さんの一言でした。
杏里さん、ありがとうございます。
それから黒子クン、誕生日おめでとう! 
2016.1.31

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