好きだよ、室ちん

「アツシ―、いたいた」
 オレの呼びかけにアツシ――紫原敦が振り向く。アツシは屋上にいた。
「こんなところで何やってんだい?」
「風に吹かれてた」
「……監督が心配してるよ」
「嘘だ。雅子ちんがオレの心配してる訳ないもんね」
「もう……」
 うちの高校の監督は荒木雅子という女の先生だ。アツシはいつも雅子ちんと呼んでいる。「監督と呼べ!」と怒られてもそう呼んでいるんだ。
 ちなみにオレは氷室辰也。アツシからは「室ちん」と呼ばれている。
 ――アツシが何となくふてくされているように見えた。
「アツシ――戻らないの?」
「室ちんはさ、女の人が好きなんだよね」
 は? 何言って……そんなの当たり前じゃないか。
「室ちんはさ、あの金髪の女の人が好きなの?」
「――ああ、アレックスのこと」
「ああいう人が室ちんは好きなの?」
「ああ……うん。好きだよ」
 実は初恋の相手だったりするのだ。今でもまだ好きだ。
 でも、何となく恥ずかしくて黙っていると……。
「オレさぁ、室ちんのこと、好きだよ」
 何と、突然の告白!
「室ちんはさ、オレよりもアレックスの方が好きなの?」
「――え、ああ……どっちが好きとは比べられないな。オレ、アツシのことも好きだから」
「それは『友達』としての好き?」
「まぁね」
「ゲイってさ――アメリカに多いんでしょ? ちょっと染まってるんじゃないかと、心配と一緒に期待もしてたんだけど……」
「アツシ、何言って――」
 続けようとした時、アツシはオレの唇を奪った。
「オレ、室ちんに恋してるんだ。――初恋だよ」
 またまたぁ。――そんなこと言ってかわすことができない程、アツシは真剣な目をしていた。
 いつも眠そうな目をしているのに……。
「アレックスが男ならひねり潰すだけだったのに――」
 アツシがさらりと物騒なことを言う。それにしても、アレックスのことはちゃんとした名前で呼ぶんだな。――と、そんな場合ではなかった。
 オレはアツシから数歩離れた。
「アツシ……戻ろうよ」
「うん……」
 と、アツシは頷いたのに動かない。
「ねぇ、室ちん。まだ返事聞いてないんだけど」
「ああ……オレはゲイじゃないよ」
「そうじゃなくて――本命はアレックスという人?」
 アツシは本気だ。だったら、オレも本当のことを答えないといけない。
「オレは、アレックスを愛しているよ」
「でも――いくら美人たって、おばさんじゃん」
「そんなに年は離れてないよ」
 オレはくすっと笑った。アツシに妬かれるのは何となく嬉しい。
 でも、オレにはアレックスがいるから――。
「ごめんね。アツシ」
 アツシの気持ちには応えられない。だから――。
 その時。ふわりと嗅ぎ慣れた匂いを嗅いだ。アツシの匂いだ。
 オレはアツシに抱き締められていたのだ。
「アツシ……」
 オレは苦笑してしまった。アツシが大きな子供みたいで。
 まぁ、アツシはいつも子供みたいだけど。いつもスナック菓子を食べているし、甘いスイーツに目がないし。オレはちょっとアツシの健康が心配なんだけどな。
 これでも、アツシはキセキの世代という天才集団の一人だ。雰囲気は緩いけどね。いつもは。
 でも、バスケをプレイしたなら、彼の天才性がわかるはずだ。
 だけどオレには――幼い男の子が焼きもちを焼いているように思える。オレはアツシの背中をポンポンと叩いた。
「室ちん、好きだよ。室ちん……」
 アツシはオレの耳元で囁く。
「アレックスも嫌いじゃないけど――オレは……室ちんが好きだから……」
「うん、うん……」
 しばらくそうしていたであろうか。オレは監督の怒り顔を思い出した。
「ねぇ、アツシ、そろそろ……」
「イヤだ」
 アツシは駄々をこねた。
「離してくれないかな。お菓子いっぱいあげるから」
「お菓子……」
 アツシの心は多少動いたようであった。が、離れようとはしなかった。
「イヤ。だって、オレが離れたら、室ちんはアレックスの元へ行っちゃうでしょ?」
「アレックスはアメリカだよ」
「でも、オレは室ちんを放したくない……」
「アツシ……」
 いつまで経っても子供みたいなアツシ。そんなアツシも嫌いではないけれど――。
 お菓子の甘い匂いに交じって男らしい体臭がする。それがそんなに嫌ではなかった。さっき、オレはゲイではないと言ったが、アツシだったら平気で受け入れられそうな気がする。もし、アレックスがいなかったら――。
 なんて、詮無い繰言だね。
 オレはぎゅっとアツシを抱き締め返した。
「室ちん……?」
「オレも――今日だけはアツシに付き合ってあげるよ」
 オレもここにいて、竹刀振り上げた監督に怒られる時は一緒に怒られよう。
「室ちん、オレ、子供じゃないよ。それ、わかってんの?」
「ああ、わかってる」
 しかし、オレにはやっぱり子供に見えるんだ。アツシのことが。
「アレックスには悪いけど――オレ、やっぱり室ちんが好き。抑えられない」
 それに、室ちんがオレのことをどう思おうとね、とアツシが囁いた。
 低い、いい声だ。アツシにはきっといい恋人ができるだろう。格好いいし、性格も体格もいいし。――まぁ、お菓子に目がなさ過ぎるのが欠点といえば欠点か。
「アツシ。お前にはオレ以上のいい人が見つかるよ」
「うん……そうだね」
 アツシが意外と素直に答えた。
「でも、室ちん以上の相棒はいないよ」
「相棒か……」
 オレはアツシより一年先輩だ。オレは彼より一足早く卒業する。
「高校にいる間は、ずっとアツシの相棒だよ」
「室ち~ん」
 アツシは機嫌の良さそうな声を出してオレを抱いた手に力を籠めた。
「ほんとだね? この高校にいる間はずっと相棒だよ~」
「ああ。約束する」
「大学でも組めればいいんだけどな~」
「アツシもオレと同じ大学に来るといい」
「うん……室ちんの恋人にはなれなくても、相棒になれるならそれだけで嬉しい~。だって、貴重だもんね。室ちんの相棒の座なんて」
 オレにはアツシの相棒の座の方が貴重だと思うけど。だって、アツシはいろいろとすごいから。バスケだってオレより才能あるし。
 バスケ部に戻ると、やはりというべきか、オレ達は監督から竹刀で成敗された。痛かったけど、いつかアツシとこの思い出を分かち合うことができるだろう。だとしたら、これもまたいい思い出だね。アツシ。

後書き
今度こそムッ君ハピバ小説。
紫原君、誕生日おめでとう。氷室が主役だけど(笑)。ムッ君ハピバ小説なのにムッ君の恋は実らないぽい?
2015.10.9

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