黒バス小説『その名は赤司征十郎』

 纏いつく王者の風格。
 目上の存在をも従えるカリスマ性。
 勝利は基礎代謝。そう豪語する傑物。
 ――その名は赤司。赤司征十郎。

「聞けば聞くほどすげぇヤツだな……」
 高尾和成が珍しく真面目に人の話を聞いていた。
 秀徳高校の昼休み。緑間真太郎は高尾相手に赤司の思い出話をしていた。
「ああ――オレはあいつとよく将棋を指していたが、勝ったことは一度もなかったのだよ」
「真ちゃんにそう言わせるなんて、すごいというより何だか怖いね……」
「『オレは敗北を知らない』と自分でも言っていた」
「うわー、自信家もそこまでくればいっそ清々しいぜ。赤司は洛山だろ?」
「そうだ。洛山のキャプテンをしているそうだ。まぁ、あいつなら適役だと思うのだが」
「WCにも出るんだろ? 当然。当たりたくないけど、当たる確率は高そうだけどな」
 ――WC予選が控えているある日のことである。緑間は無視して話を続けた。
「オレがあいつに勝っているのは身長だけだ」
「身長?」
「あいつは卒業時は170㎝ぐらいだったのだよ」
「月バスで読んだことあるよ。――あのな、真ちゃん。オレに言わせりゃオメーがデカ過ぎるんだよ」
「そうか?」
 緑間は195㎝ある。かなり高身長だ。バスケ向きの体格である。
「この間、ひな子に、『緑間君と高尾君てジェームス・ブライアンとフロイド・アダムスみたいだね』と言われたのだよ。意味はわからないが」
「デカとチビってことだよ! オレはフロイドより身長あるけどな。つか、オレは標準体型だよ。オレもオマエに貸してやったろ、パームシリーズ。読んでないのか?」
「勉強でそれどころではないのだよ」
「だったらさっさと早く返せよ! 妹ちゃんの宝物なんだぞ!」
「ほう……夏実は意外と早熟だな」
「読んでんじゃねぇか!」
「ま、勉強の合間にな」
 緑間はコホンと咳払いした。
「まぁいいや。読み終わったら返せよ」
「わかっている。そういうところはルーズでないつもりなのだよ。今日中に全部読むから明日持ってくる」
「この学校はマンガ禁止だけどな」
「だから、お前がオレを家に送った時に持ってくるのだよ」
「オレがチャリアカー牽くのは決定事項?!」
「足腰のいいトレーニングになるのだよ」
「このやろ……涼しい顔して言いやがって……いつか真ちゃんにじゃんけんで勝ってやる」
「勝ちたかったら本気で来るのだよ」
「ところで、赤司には、本気の真ちゃんも敵わなかったんだな」
「ああ。認めたくはないが、確かに赤司は大した奴だったのだよ」
「女にもモテたとか?」
「顔も良かったし育ちも良かったからな」
「げー、ヤなヤツ」
「そうでもないぞ。昔の赤司は温厚で人望があって、他の部員達からも慕われていたのだよ。だからこそ、虹村主将も彼を帝光のキャプテンに推したのだろう」
「帝光のキャプテンや洛山のキャプテンも務めてるってか? まぁ、それも月バスに載ってたけどな」
「月バスはオレも読んでるが……肝心なところは載っていなかったのだよ」
「へぇ、肝心なとこねぇ……ところで、昔の赤司は温厚だって言ってたじゃねぇか。今はどうなんだ? 真ちゃんも学校別れたから知らねぇか……」
「いや……変化は中学から現れていたのだよ」
「変化?」
「ああ。一人称が違っていたり、その他にもいろいろと――な」
「なんか真ちゃん、お茶濁してない?」
「――途中で人格が変わったのだよ。気づかないヤツもいたがな。……いや、人格が変わったと表現するのは適切でないかもしれない。元々の性格も存在しているのだから。……赤司征十郎は二人いる」
「ええ?! もしかして二重人格?!」
「昔から兆候は表れていた。灰崎を非情に切り捨てたりとか」
「灰崎……?」
「黄瀬の前に帝光のスタメンだったヤツなのだよ。でも、バスケに真剣でないというか……」
「ふぅん」
「でも、本格的に人格が変わったのは紫原と対決した時なのだよ」
「何だって?! 紫原と赤司の対決見てみたかったぜ! ……でも、赤司が未だに『敗北を知らない男』と言われているということは……」
「勝ったのは赤司なのだよ」
「紫原――キセキの世代なのに、簡単に勝つとはなぁ……」
「そう簡単でもないのだよ。紫原にはさすがの赤司も苦戦した。けれど、新しい能力に目覚めた赤司は昔以上に非情で、気紛れで、悪ふざけが好きで――昔以上にすごかったのだよ」
「へぇ……」
「それから、黒子の能力を見出したのも赤司だ」
「ああ……黒子ね。今のあいつがいるのは赤司のおかげか。なんか複雑な気分だな」
「人を見る目には恐ろしく長けていたのだよ」
「真ちゃんみたいに視野狭窄じゃなくてね」
「何だと……?」
「だって、真ちゃん集中すると周りがよく見えなくなるでしょ」
「ん……まぁ、確かに……」
 緑間はたじたじとなった。自覚はあるらしい。
「洛山にも勝って、オレ達が日本一になろうぜ。ほら、その為のとっておきも練習してるんだしさ」
 そう言う高尾の台詞に、
「ああ。そのつもりなのだよ」
 と、緑間も頷いた。
「だが、険しい道のりなのだよ。赤司は今では『高校バスケ界の天帝』と言われているヤツだからな」
「赤司……真ちゃんにそんだけ意識させてんだな。羨ましいといっちゃ羨ましいね」
「何をバカなことを言っているのだよ」
「オレ、真ちゃんは天才だと思ってたけど、上には上がいるんだなぁと思って」
「お前もオレ達の中学と対戦したろうが。その時にも赤司はいたぞ」
「――オレのこと忘れてたくせに。でも、オレ真ちゃんしか見てなかったからなぁ……」
「……止すのだよ。高尾」
 緑間がほんの少し狼狽えた。
「けれど、今思えば中学で一番気の合う人間は赤司だけだったように思うのだよ」
 緑間は話題を変えた。
「真ちゃんと対等に付き合えるなんてスゴイね」
「対等ではないのだよ……多分赤司の方が一枚も二枚も上手なのだよ」
 高尾が軽く口笛を吹いた。
「真ちゃんにそこまで認められていたなんて……赤司ってスゲー。滅多に人を褒めない真ちゃんがねぇ……」
「そう言うとオレが負けず嫌いに聞こえるのだよ」
「負けず嫌いそのものじゃん。この頃オレ達にも頼るようになってきたけどね」
「…………」
 緑間は黙ってしまった。高尾も黙る。静かな空気が辺りを流れた。
 先に口を開いたのは高尾だった。
「真ちゃん。何考えてたの?」
「……WCのことを考えていたのだよ。今年は誠凛もいるから厄介なのだよ」
「そうだね」
「それから……一度赤司を投了させてみたかったのだよ」
「将棋が趣味なんて、赤司も真ちゃんもジジむさいね」
「ほっとくのだよ」
「オレもそこそこはうてるんだけど。じっちゃんに習ったから」
「お前では相手にならないのだよ」
「しっつれーなヤツだな。おい、真ちゃん!」
「何だ?」
「勝とうぜ! 誠凛にも……洛山にも!」
「当然なのだよ」
「それにしてもさ――……勝利しか知らないなんて、赤司って幸せか?」
「勝利しか求められていない赤司は、きっとオレより孤独だったのだよ。だから、二人目の人格を作ったのだと考えているのだが――」
「なんか――ちょっと気の毒だな」
「同情している場合ではないのだよ。高尾。赤司は多分、今度はオレ達の敵として現れてくるのだからな」
 緑間がテーピングで指を保護している左手を眼鏡のブリッジにやった。
 高尾は家に帰ってくるなり過去の月バスを読み返した。
 高校バスケ界の新たな帝王――その名は赤司征十郎。

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