黒バス小説『真ちゃん、通常運転のデレ』

 オレと真ちゃんは喫茶店『うたかた』に来ていた。マジバだと知ってる顔が結構いそうなもんで……。
「ところで――何があったのだよ。高尾」
 あ、高尾っていうのはオレね。真ちゃんの相棒。でも、この話をしたら、真ちゃん――緑間真太郎は、それでも隣にオレがいることを許してくれるだろうか。
「は、はは――真ちゃん……」
 オレはぼろっと泣いてしまった。自分の身勝手さ、最低さに呆れて。
 しまったな……真ちゃんが不審な顔してこっちを見てるよぅ。オレは泣き虫というわけではないが、こと、真ちゃんに関することでは涙腺が緩む。
「……どうしたのだよ? 高尾」
 真ちゃんは落ち着いてオレに言った。真ちゃんは通常運転。それで助かるところもあるけど、何だかやっぱりちょっぴり悔しい。
 真ちゃんはオレより背高ぇし、三、四ヶ月ぐらいの差だけどオレより年上だ。髪型を変えたことで貫録もついてきた。
 知らなかった……真ちゃんはやっぱり綺麗だということを。わかっていたはずなのに……オレは、オレは……。
 真ちゃん、大好きだよ……。今までよりもっと好きになった。
 何であんなにイヤだと思ってたんだろう……イメチェンした、真ちゃんを。大人びているし、社会人といっても通りそうじゃん。カッコイイのにね……。
「真ちゃんて、カッコイイね」
「はぁ?」
 真ちゃんは素っ頓狂な声を上げた。
「最近気付いた。真ちゃんはカッコイイよ。例え外見がリーマンでも」
「おい!」
「オレ、真ちゃんが変わっていったのがイヤだったのかな。過去の幻影を見てて……ごめん。甘さがなくなってカッコイイよ」
「お……お前はさっきから何を言ってるのだよ……」
「オレはさ、全然変わってないじゃん? 大人びた真ちゃんが羨ましかったんだよ。実は」
「お前はそのままでいい」
 真ちゃんはコーヒーカップの中のスプーンをカチャカチャと掻き回した。
「――それで? お前はそれが言いたくてオレを呼んだのか?」
「――うん」
「お前は前の髪型のオレの方が好きだったんだな」
「最初はね。オッサンみたいな髪型だなー、と思って、もう真ちゃん以外の美人見つけて真ちゃんなんて捨てようかとも……ちょっとだけだけど……思った……」
「おい!」
「でも、いないんだよねぇ。真ちゃん以上の美形って」
「それはお前に色眼鏡があるからなのだよ。オレは美形でも何でもない」
「美形だよ! いっつも綺麗な顔してるなぁって、思ったもん」
「高尾……」
「綺麗な顔……」
 色が白くて肌なんかすべすべで、にきびなんか一個もなくて……。
「オレ、ずっと前に縁の続く限り真ちゃんに尽くそうって、決めてたんだ。でも、ダメだね。オレ、真ちゃんの外見しか見てなかったみたいだ」
「今は違う……だろ?」
「基本的には同じ……かな? でも、今の真ちゃんの方が前よりカッコイイな、て思い始めてる」
「…………」
 真ちゃんは俯いた。恥ずかしがっているのかな?
「でもさ、オレ、少しだけ、詐欺に遭ったような気がしたんだ。髪切った真ちゃんを見た時――だから、ごめん」
「詐欺に遭ったは言い過ぎなのだよ。でも、お前の気持ちもわかる」
「何だか、恋した人が遠くへ行っちゃったようでさ……オレ、どんな真ちゃんでも受け入れるって決めてたのに……これって裏切りだよね」
「それは裏切りじゃない」
 真ちゃんが真剣な顔で言った。
「裏切りじゃないと言ったら裏切りじゃない。わかったな。高尾」
 そう言って、真ちゃんはオレの手に手を乗せてきた。真ちゃんの手はテーピングをしててもひんやりと冷たい感じがする。ああ、変わらない。真ちゃんの手!
 ――体中を快感が走ったような気がした。
「お前がオレを嫌いになっても、オレはお前を追いかける」
「うん……うん……」
「お前はオレのたった一人の相棒だ――だから、泣くな。ほら」
 真ちゃんはポケットティッシュを取り出してオレに差し出す。――重ねた手はそのままで。
「今日のラッキーアイテムはポケットティッシュなのだよ。いつも持ち歩いているがな」
 オレは思わず噴き出した。
『おは朝』のラッキーアイテム。こういうところも真ちゃんは変わっていない。ラッキーアイテムに対するこだわりも。
「ありがと、真ちゃん……使わせてもらうね」
 真ちゃんは、オレの手に重ねた左手はどうしてもどけてくれなかったので、オレは片手でティッシュを取り出して涙と鼻水を拭った。
「マシな顔になったのだよ」
「――サンキュ」
「オレはお前が可愛いのだよ。お前と話しているクラスメートを見るとやきもきする」
「――は?」
 それって、焼きもち? 真ちゃんが、オレに関して焼きもち? ――つか、オレ、こんなに最低なのに、真ちゃん、まさかのデレ? ――あ、でも、デレてるといえばさっきからデレてたか。オレは泣くのに夢中で気付かなかったけど。
「オレもお前の外見が大事なのだよ。お前がこれほど綺麗な目をしてなければ――オレは恋をしなかったのに」
 目? ホークアイのこと? まぁ、確かにオレの瞳は珍しいオレンジ色をしている。この目が、真ちゃんのハートを射抜いたの?
 だとしたら――喜んじゃうよ、オレ。
「オレは、お前に笑っていて欲しいのだよ。誰だって、相棒が悲しむのを見たいとは思わないだろう」
「んん……そうねぇ……」
 でも、オレは真ちゃんをぐちゃぐちゃにして泣かせてみたい時がある。その綺麗な顔が苦痛に歪むのを見てみたい。オレってサドかな。後で後悔するのは目に見えているけど。
 多分、真ちゃんの方が性格は優しい。例えツンデレであっても。つか、ツンデレ真ちゃん可愛いし。だから、真ちゃんの傍にいるのかなぁ、オレ。どうしても真ちゃんのこと、嫌いになれないみたい。昔は大嫌いだったけどな。
 それにしても、真ちゃんはデレる回数が増えたような気がする。しかも通常運転で。
「ねぇ、真ちゃん。オレ、性格悪いけど嫌いにならない?」
「PGは性格が悪くないと務まらないのだよ」
「ひっで! 真ちゃんひっで!」
 あー、でもこれがないと真ちゃんて気がしないなぁ。真ちゃん、この頃オレに甘くなってたからなぁ。ツンな真ちゃんも好きだよ、オレ。
 真ちゃんも微笑んだ。
「よしよし。笑ったな。高尾」
「うん。真ちゃんは通常運転だよね」
「通常運転? 何なのだよ。それは。オレは未成年だから車は運転できないのだよ」
 大真面目でボケる――きっと自覚なしなんだろうなぁ――真ちゃんに、オレはまたしても噴き出した。
「あのね、真ちゃん、通常運転てそういう意味じゃないから」
「じゃあ、どういう意味なんだ?」
 オレは言葉に詰まった。通常運転、通常運転、て、ダチが言うからつい使ってしまったが――いざとなると意味を説明できない。
「――まぁ、いい。オレが十八になったら免許取ってお前を乗っけてやるのだよ。今までチャリアカーを漕いでもらった礼にな」
 外見は十八よりもっと大人びているくせに、真ちゃんはまだ高校二年生でしかない。オレもタメだけど。
「真ちゃん……オレだって車ぐらい運転できるよ。その……十八になったら」
「でも、一度ぐらいお前を乗せてドライブしてみたい」
「あんがと。でも、真ちゃんに車運転できるかなぁ」
「安全運転を心がけるのだよ。オレが車を運転できるようになったら、お前はもうチャリアカーを苦労して漕ぐ必要はない」
「オレだってたまには勝つようになったけどね。人事を尽くしているから」
「人事を尽くす仲間が増えてオレも嬉しいのだよ。お前やバスケ部の秀徳の部員達は皆人事を尽くしているのだよ」
「真ちゃん、ほんと『じんつく』好きだね」
 あー、でも、こんな真ちゃんだからこそ好きになった。好きになれた。外見が七三のリーマンであろうと――敢えて言おう。高尾和成は緑間真太郎を愛していると!
「真ちゃん、オレを惚れさせてくれて、ありがと」
「う……いや、まぁ……その……」
 真ちゃんは狼狽えている。一回呼吸をした後、彼は言った。
「恥ずかしくないのか。その台詞は」
「んー、少し? けれど、最近は真ちゃんだって恥ずかしいこといっぱい言ってるじゃん。無自覚なだけ始末に負えないよ」
「そ、そうか……。オレのこと嫌ではないか? 髪型変えたり、恥ずかしいこと言ったりするようになったオレは」
「別にイヤじゃない。それどころか、ますます好きになった。ツンデレな真ちゃん、好きだよ。秀徳のチームメイトも、真ちゃんのこと好きになってきたんじゃないかなぁ。今は」
「え……?」
 真ちゃんの白皙の美貌に血の色が上る。そんな風に見えただけかもしれないけど。
 コーヒーカップを空にすると、オレ達は『うたかた』を出て行った。翌日もまた、いつものようにマー坊、もとい中谷先生がオレ達を走らせる。風に靡く真ちゃんの緑色の髪を見て、オレは何だか幸せな気持ちになった。

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