越境コラボ小説『シンドバッドとアーサー達』

「アル、待てよ、アル!」
 緑の隊服を着た太眉毛と短い金髪の青年が、眼鏡をかけたフライトジャケットの男を呼び止めようとする。
 太眉毛の方はアーサー・カークランド。眼鏡の男はアルフレッド・F・ジョーンズ。
 アルフレッドは今、へそを曲げているようだ。
 原因はわかっている。『素敵なシン様』という雑誌の撮影にて、アーサーは肩に手かけられていたのだ。アーサーだけでなく、菊も同じ目に遭ったのだが。
 キャッチフレーズは『シン様両手に花』というものだ。
「ジャーファルだって怒っていたんだぞ。勝手にあんな仕事引き受けてって……シンの恋人、ジャーファルだって、あれが仕事だなんて思ってないみたいだったんだぞ」
 アルは振り向きざまに捲し立てる。
「仕様がねぇだろ? アルバイトだったんだから!」
「へぇー、アルバイト! 随分楽なアルバイトだね!」
「こっちだって大変なんだぞ!」
「あの……」
 ジャーファルの声にアルフレッドとアーサーは言い合いを止めた。ジャーファルの後ろには背の高い長い紫の髪の男――
「シン!」
「シンドバッド!」
 喧嘩の原因であるシンドバッドがいた。
「あー、俺、基本的に人のものには興味ないから」
 あっさり言ってのける。
「それにしてはノリノリだったんだぞ」
 アルも言い返す。
「うん。やっぱりアーサーも菊も美人だからね。仕事は楽しかったよ。手を出す気はさらさらないけど」
「肩を抱いたのは手を出すうちに入らないのかい?」
「うん。入らない」
 アルフレッドに向かってシンドバッドはにっこり笑った。人をそらさぬ笑みだ。
「う……そんな風に笑ったって、君のことは信用しないし許してもやんないんだぞ」
「随分嫌われたもんだねぇ」
「だって、俺のアーサーの肩に気安く手をかけたんだぞ」
「そうか……じゃあこうしよう。おいで」
 アルフレッドとアーサーは顔を見合わせた。
「行くかい? アーサー」
「ああ、あの男、何か考えていそうだ」
 結局二人はシンドバッドについて行った。
 辿り着いたのはさっきの写真室。
「アル、アーサーの肩に手をかけろ」
 シンドバッドが命じた。アルフレッドが頷いた。
「ああ、なるほど」
「何がなるほどなんだよ」
「シンは俺達に仲直りの機会を与えてくれるんだぞ」
「わかるのか?」
「その通り」
 シンドバッドはパチパチと手を叩いた。
「眼鏡の君、なかなか勘がいいね」
「アルフレッドだぞ。アルでもいいんだぞ」
「ジャーファル、二人を撮っておあげ」
「わかりました」
 ジャーファルがてきぱきと仕事をする。
「シン、仕事なのはわかった。でも、あれは……カメラもないのにアーサーと菊を両手にしてたのは?」
 アルフレッドが訊いた。
「ああ。彼らに手をかけたことかい? あれはリハーサルだよ」
「リハーサルなんて必要ないんだぞ! ヘラクレスも怒ってたんだぞ」
「悪い悪い。まさか本気で君達が腹を立てるとは思わなかったもんでね」
 シンドバッドは悪びれずにそう答えた。
「恋する男の怒りを甘く見ないんだな。アーサーだって、何で振り払わなかったんだ?」
「だって、突然だったし……。それに練習だと思って。でも!」
 アーサーはシンドバッドに顔を向けた。
「考えてみればリハーサル必要なかったじゃねぇか!」
「私もそう思います」
 ジャーファルがアーサーに同意した。
「きちんと打ち合わせしなかったのは悪かった。代わりに君達の写真を撮ってあげるんだよ。――そこのジャーファルがね」
「シンドバッド様は人使いが荒いですからね」
 ジャーファルが苦笑交じりに言った。しかし、命じられたことは必ずやるのが有能な部下だ。
「さぁ、ポーズを取ってください。アーサー様、アルフレッド様」
「――様はいらねぇよ」
「いえいえ。お客様なんですから、そんなわけには――」
「この人達は私のお客様じゃないよ。友人だ」
「なっ! 勝手に決めるな!」
 アーサーが慌てる。
「……うーん、まぁいいんだぞ」
 アルフレッドの言葉にアーサーが目を瞠る。
「はぁ?」
「だって、俺達の写真撮ってくれるんだろ?」
「でもアル、おまえさっきはあんなにシンに対して怒ってたじゃ……」
「アーサー、君と違って過去のことは引きずらないのが俺のいいところなんだぞ」
「ただ単に覚えられないだけじゃ……」
「相変わらず失礼なヤツなんだぞ」
 シンドバッドが密かに笑った。
「いや、失敬。君達仲がいいんだね」
「当たり前なんだぞ」
「まぁ、腐れ縁ってやつかな。フランシスともだけど」
「ここではフランシスの話題はやめてくれないかい?」
「フランシスって誰だい?」
 アーサーとアルの話に興味を持ったらしいシンドバッドが尋ねた。
「ライバルなんだぞ」
「まぁ、悪友ってとこかな」
「今度連れてきておくれ。君達の友人なら大歓迎だ」
「――おまえ、結構いい男なんだぞ。必ず連れてくるからな」
 アルフレッドが笑ってシンドバッドと握手をした。シンドバッドには人を惹きつける魅力がある。それがアルフレッドにも伝わったのだ。
「アルったら、許してやんねぇって言ったくせに……でも、シンドバッドはさすが一国の王だな」
 アーサーも感心したように呟く。
「君達も国を治めてるだろ?」
「俺達は国自身なんだぞ」
「アル……その話はややこしいからここではやめような」
「実はヘラクレスと菊の写真も撮ったんだ」
「――後で見せてもらえるかい? シン」
「勿論」
 シンが快諾した。
「さぁ、笑顔くださいね」
 ジャーファルがカメラのフラッシュを焚いた。
 アーサーとアルフレッドは笑っていた。シンドバッドは満足そうだ。
 これでまた、彼らの想い出ができた。
 まだ帰っていなかったヘラクレスと菊がそんな彼らを陰からそっと眺めていた。

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