パプワと黒バスコラボ小説『幸せになりたいのだよ』

「ごめんください」
『どちら様でしょう』
「緑間真太郎です。グンマ博士はいらっしゃいますでしょうか」
『アポイントメントは?』
「とってあります」
『それではどうぞ』
 緑間の目の前で自動ドアが開く。目の前には、髪を白いリボンで縛った、女の子としか思われない、だが、女にしては背の高い人物が座っていた。
「――グンマ博士がオカマだとは思わなかったのだよ。他を当たってくる」
「ひどいなぁ、真ちゃんてばー」
 グンマがソファから立ち上がり、緑間に飛びついた。
「真ちゃん……」
 その呼び方は、この世にたった一人の男にしか許していない。それは――。
「オレのことを高尾と同じ呼び方するな、なのだよ」
 いつの間にか緑間の語尾も砕けた『なのだよ』言いになっていたが、グンマはへらっと相好を崩した。
「あ、気に障った? ごめんね。呼び慣れてたもんで。――このガンマ団の総帥もシンタローって言うんだけど、彼は僕の従兄弟だから」
 同じ名前なのか、ほんとに似た性格してるよねー、とグンマは笑った。
「シンタロー総帥のことは知ってる――離れろ」
「あ、ごめん。で、要件は? 殺し以外なら何だってするよ。ガンマ団は。半殺しはするけどね☆」
「殺しと半殺しはどう違うのだよ……」
「えー? 全然違うでしょー。ま、いいや。そこ座って」
 青を基調にしたグンマの居室の中のソファに、緑間は促されるまま腰かけた。
「真ちゃん、高校生なんだよね。でも、僕の従兄弟のシンちゃんより背がありそうだね」
『お茶をお淹れしました』
 機械の腕が二人分の飲み物を持ってきた。
「ありがとう。真ちゃんもどう?」
「――いただくのだよ」
 些か不安がないでもなかったが、好意はありがたく受け取っておくことにした。カップからは湯気が立っている。美味しそうな、落ち着く香りだ。一口飲んで、旨いな、と呟いた。
「僕のロボットが調合したハーブティーだよ。美味しいでしょ。――それで、要件は?」
「幸せになりたいのだよ」
「うん。不幸になりたいなんていう人はまずいないよね」
「――高尾と、幸せになりたいのだよ」
「高尾さんてどんな人?」
「軽薄そうな奴なのに、本当はしっかりしていて真面目なヤツなのだよ。同じバスケ部で同い年で――。それで、結構面白いヤツでな――何だよ」
 グンマがくすっと笑ったのだった。
「大事なことは、それを隠したい場合、どうでもいいことをまず口にするって、高松が言ってたんだ。うん。年の功だよね。――高尾君て、男の子でしょ」
「うん、まぁ、そうなのだよ……」
 高尾が男である――その事実は隠していたわけではなかったが、何となく口にしづらかったのだ。
「多いよね近頃ホント。高松だって僕とキンちゃん見て鼻血は出すしさぁ……キンちゃんだって年上の人が好きだし……あ、ごめん。喋り過ぎた」
 グンマは文末に「てへぺろっ☆」と言った。男の癖に可愛いこの男には合っている。
(まぁ、高尾の方が可愛いけどな……)
 身びいきかもしれないが、緑間はそう思った。
「君は、高尾君と幸せになりたいんだね? 幸せな未来を築きたいんだね?」
「まぁ、そのつもりだ」
「で、僕にどうして欲しいの?」
「高尾が不幸になる未来を消去して欲しいのだよ」
「ははぁん」
 グンマが意味ありげに指を組んだ。
「シンちゃんが君を僕のところに回してきた理由がわかったよ。――なるほどね、これは確かに僕のケースだ。ジャンさんにも協力してもらおうかな。キンちゃんは、ここ最近、発明にかかずらっていて半死半生の状態だからね」
 ――その時だった。しゅっと機械扉が開いた。
「ジャン先生!」
 青メッシュの体格のいい青年が現れた。
「どうしたの? 遥くん」
「ジャン先生がまたいなくなったんですよ!」
「じゃあ、サービス叔父様のところじゃないかな」
「ああ、そうか。じゃあね」
 一瞬の旋風を巻き起こした男は去った。
「――何なんだよ。あの男は」
「あれでも僕達の部下なんだよ。フルネームは大澤遥。あ、ジャンさんも君と同類だよ。多いよね、ホント」
「なんだかわからないが、オマエらと一緒にしないで欲しいのだよ」
「オマエらの中に僕も入ってるの?」
「そうだが」
「そういうとこも、僕の従兄弟のシンちゃんにそっくりだね。何さ、シンちゃんだってブラコンのくせにさ」
 グンマが爪を噛んだ。
「オレと同じ名前だろうが、シンタロー総帥のプライバシーに興味はない。早速本題に入ってくれ」
「はいはい」
 緑間の言葉に、グンマは爪を口元から外すと、壁のボタンを押した。ガコン、と壁が変形する。
「これは――!」
 たくさんの画面が光っている。その中ではテレビのように画像が動いている。ロボットと戦っている画面、男と女が踊っている画面、車がレースをしている画面――。
「何だか知らないが、すごいな」
「まだまだ発展途上だよ、こんなの。この未来ムービーシステムが完成すれば、どんな状況にも対応できるんだ。あ、ちなみに、君と高尾君があれだよ」
 グンマはひとつの画面を指差した。そこでは、高尾が緑間を乗せたリアカーに紐でくくりつけたチャリを運転していた。
「脳の中のパターンをこの現実に移し替えることができるとすれば、どれだけのすごいことができるか、僕にもわからない」
 グンマは素直に認めた。
「このシステムだって、永久に完成しないかもしれない。平行世界に終わりはないからね。平行世界がまた次の平行世界を作るのさ」
「SFには興味ないが、しかし……」
「もちろん、不幸な結末になる選択肢を消す方法はあるけれど、それだって完璧じゃない。科学に携わっていると、神は本当にいるんじゃないかという気にさせられるよ――皮肉なもんだね。神を超えようとしている科学が、神の実在を証明しているんだから」
 緑間は神妙に頷いた。幸せも不幸もわからなかった。高尾に会うまでは。
 高尾と会っている時は、幸せだ。少し頭に来ることもあるけれど。
 それはきっと、神様がくれた奇跡。
 そういえば、自分も『キセキの世代』と呼ばれたこともあったっけ――バスケに出会ったのも奇跡のうちのひとつだ。バスケをやっていたから、高尾に会えた。
「オマエ――もしかしてオレ達のこと……」
「うん、知ってたよ。君がここに来ることも――シンちゃんから君の話を聞いたときは、へぇっ、と思ったよ。このシステムは未来も予知するんだ。完全ではないけどね」
 これを僕はジョゼ・ルージュメイアン効果と呼んでいる、とグンマが言った。パームシリーズからの拝借だそうな。緑間は聞いたことがなかったが。
 グンマと話していると知性のきらめきを感じさせる。この男は、ただのふざけたオカマじゃない。それどころか――。
(立派な科学者かもしれないのだよ)
「あ、ねぇねぇ、これ見て! 高尾君だよ!」
 高尾がオレのパスを受けてゴールする。
「見事だよねぇ。さすが、秀徳高校のスタメンに入るだけのことはあるよね。あ、僕もバスケは好きなんだ。専ら見る方だけどね。あ、でも、サッカーはしたことあるよ。お父様のファンへのサービスで」
「サッカーか……」
 サッカーも嫌いではない。けれども、緑間はバスケに選ばれたのだった。
 緑間は、神を信じるように、自分のバスケの才能も信じている。
 多分、他のキセキのメンバーもそうだろう。
 高尾はどうなのであろう。キセキとは少し違うが、あの男もバスケに選ばれている。でなければ、とっくに辞めているはずだ。かつてのチームメイトにも辞めたものが随分いるが。
 高尾は緑間を選んだ。緑間が高尾を選んだように。
「見事な連携プレーだね」
「ああ――頼りになる、相棒なのだよ」
「恋人の間違いじゃない?」
 緑間が軽く睨むと、グンマが明るく笑う。
 そこで、グンマは緑間と、細かいことの打ち合わせをした。幸せになるにはいろんなケースや方法があるらしい。偶然の所産とでもいうべき幸運で不幸から逃れるケースもあるようだ。
 神の手によって砕かれたかと思えば、その逆もある――人為的な幸福。緑間がグンマに頼んだことは実はかなり高度で繊細なケースなのだった。科学の力をもってしても。
 しかし、緑間真太郎は、己が高尾と幸せになるのに力を惜しまない。いつものように、人事を尽くすのみ。相手が神であろうと科学であろうと、それは変わらない。
 ――そして、緑間は神の手というものを信じている。科学は神を超えられないかもしれないが、神のサポートはできるのではないかと、そう信じてもいる。例え科学が、不完全な人間のもたらした代物であったにしても。神も科学も、正しく使えば味方になってくれるであろう。
 グンマは緑間の去り際に手を振りながら、「また来てね。話し合いももっとしたいし」と言った。

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