さよなら、初恋

「ねぇ、鉄平――」
 相田リコと木吉鉄平の間を風が吹き過ぎる。
「私達――別れましょ」
 木吉はしばらく黙っていた。それから言った。
「日向――か」
 リコはこくんと頷いた。
「私、日向君が好き」
「オレも日向が好きだ」
 リコは笑った。笑ったつもりだった。
 ――でもごめん、涙出そう。鉄平ごめん。
 私、日向君が好き。
 幼馴染でぷっつんメガネとパパには呼ばれていて――でも、バスケには一途だった、日向君が好き。
 きっと、鉄平も――。
「日向がいなかったら、誠凛バスケ部もここまで来なかったかもな」
「作ったのは鉄平でしょ?」
「そうだけど――リズムを作ったのはあいつだ」
 そして、鉄平は日向に惹かれたというわけだ。
 日向順平。
 戦国武将のフィギュア集めなんて、意味のわからないことするヤツだけど、そんなところも好き。
「オレ、リコにふられちゃったなぁ」
 鉄平は、ははっと笑う。
「きっと、日向にもふられるんだろうな……あいつは女の子が好きだから」
「鉄平だって――惚れたのがたまたま日向君だっただけでしょ?」
「んー、まぁそうなんだけどさ」
 鉄平は男らしい顔に苦み走った笑みを浮かべる。
「オレら――ライバルかな」
「かもね」
 リコと鉄平は目を見合わせてふっと笑った。
「ま、いいや。試合の時は宜しく、カントク」
 カントク――相田リコは誠凛高校男子バスケ部のカントクをしていたのだった。生徒会の副会長の仕事もこなしながら。
 もう十月。木枯らし寒い季節である。
 WCで負けたら、鉄平は日向が好きだと叫ぶだろうか。
 決して見たくはない。見たくはないけれども――いや、ちょっと見てみたいかもしれない。
 その時、日向は誰の名前を叫ぶだろうか。
 勿論、誠凛優勝を信じてはいるが。
 誠凛が目的を達成しなかった場合、全裸で告る――日向が決めたルールである。
 リコはカントクだし、女だから除外だが――。
 日向君――。
 私、鉄平ふっちゃった。
 そしてごめん。鉄平。
「鉄平。今まで楽しかったよ」
「お別れみたいな言い方するなよ。――また部活で会うんだから」
「うん……うん……」
 そうだね。私達は仲間だもんね。
 でも何故だろう。涙が出てきちゃう。しばらく止まりそうにない。
 気が付くと、鉄平の広い胸の中だった。
「今だけは、日向のことは忘れてくれ。オレも忘れるから」
「鉄平――」
 リコはあーんあーん、と頑是ない子供のように泣いた。
 好きだったよ。鉄平。好きだった。
 鉄平が初恋だったかもしれない。告白して付き合ってもらったのも私だった。
 でも、日向君――。
 鉄平と付き合わなかったら、日向君への想いには気付かなかったままだったかもしれない。
「リコ……日向は――お前が好きだよ」
 そう言って、後出しの権利という技が可能なほどの大きな手でわしゃわしゃとリコの茶髪を撫でる。
「ありがと、鉄平――もう大丈夫。大丈夫だから」
 リコは目元を袖で拭った。すると――
 鉄平がリコにキスをした。
「リコ――リコのファーストキスは日向にはやらない。オレがもらう」
 鉄平……?
 あと少し、リコに自惚れが強かったら、やっぱり鉄平は自分のことが好きなのだと思ったかもしれない。
 だが――体力などを数値で測るのと同じように、リコは人の心が読める。
 鉄平が、日向を好きだと言っていた。その気持ちに嘘はない。
 男同士だと言っても、鉄平は気にしないだろう。
 いや、本当は気にしているのではあるまいか。何かボケかましているようでいて、人の心をつかんでしまう鉄平。本当は生真面目な鉄平。
 鉄平自身は構わないとしても、日向の気持ちを慮って身を引くのではあるまいか。日向はノーマルな男だから。
 ちょうど、キャプテンの座を日向に譲ったように――いや、それとこれとは少々違うが。
 鉄平が率いる誠凛バスケ部も見てみたかった。けれど、鉄平は膝の調子が悪い。
 鉄平は、日向こそがキャプテンに向いていると言っていた。確かに日向はよくやってくれている。鉄平がキャプテンのバスケ部もそれはそれで良かっただろうが、ここまでは来られなかっただろう。
「このこと、日向君には内緒にしてくれる?」
「――わかってる」
 そう言って、鉄平は太陽のような笑顔を見せた。
 さよなら、初恋。
 リコは、鉄平への恋心に別れを告げた。日向への恋に羽ばたくために。
 やがて、鉄平は帰って行った。
 リコはそこにいつまでもいつまでも佇んでいた。
 鉄平への恋心は死なない。きっとどこまでもリコに纏わりつく。それでいい。リコは鉄平も好きなのだから――。
 鉄平とリコが付き合っていることは殆どの人が知らない。
 日向とリコでも同じことだっただろうか。鉄平と日向だったらもっと驚かれるかもしれない。
 でも、どんな恋でも応援はしてあげたい。例え男同士でも――。
 日向が鉄平を選んだなら、リコは諦めようと思っている。
 日向と鉄平には幸せになってもらいたいから。例え、どんな人が相手でも。
 私は――日向君も鉄平も失うことになるかもしれないわね。
 でも、それでもカントクという立場は崩さない。誇りを持ってやっている仕事だから。面白そう、と思ってやってみたら実際面白かった。
 リコはバスケをやってる日向が好きだった。中学時代から、筋トレに励んでいる彼が好きだった。
 鉄平への想いは恋心だとばかり思ってたけど――人懐こい性格にほだされただけかもしれない。鉄平は天性の人たらしだが、悪い男ではない。きっと、自然体なところが周りに人を集めるのかもしれない。
「がんばりましょ、鉄平」
 リコが呟いた。
 これからどうなるかわからない。ただ、日向が好きで、バスケが好きで――。
 バスケ部の皆がいれば、これ以上のことはないのだから。
(私もいつか、日向君に告白する)
 それは誓いだった。
 自惚れでなければ、日向もリコを憎からず思っている。女子として意識されているのがわかる。
 カントクではなく、一人の女子として――。
 ただ、パパがうるさいかな、とリコは思う。娘に近付く男は皆殺してやる!といつも言っているお父さんだから。
 鉄平との関係がバレたら、即刻鉄平のところに殺しに行くわね。でも、鉄平はきっといつもの調子で人を脱力させてしまうのだろう。あの父にでさえ。……まぁ、これは想像でしかないのだが。それにもう、鉄平とは別れたし。別れたことがわかったらわかったでいろいろ面倒が起きそうだが。
 ひゅおっと寒い風が吹いた。黒いセーターを着ているリコも、自分の体をあっためようと抱き締めた。
 鉄平――今まで通り接してくれるよね。
 後日、鉄平は何事もなかったかのように振る舞って、リコを安心させた。
 ただ、今はまだ、冷たい木枯らしと心の冷えがシンクロしたように思うばかり――。

後書き
これ、十月の話なんですよね。もうちょっと早くにアップしたかったな。
私は日リコが好きです。木リコも悪くないとは思うんだけど……。木日も好きですが、リコにはやっぱり日向と両思いになって欲しい。
それにしてもうちの日向はモテるなぁ(笑)。木リコは同志愛?
木吉はリコのことも大切に思ってるんだけどね。木吉は天性の人たらしみたい(笑)。
2015.11.11

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