さとしえにっし

「じゃーねー、橘さん、田中さん」
「後で報告よろ」
 ああ、まだ二次会があるのに……。俺と田中赤音さんは合コンを追い出されてしまった。
 こんなところにずっといても風邪ひくだけだし……。
「行こっか」
「ええ……」
 俺は赤音さんの手を取った。――しようがねぇだろ。赤音さん女だし、オレが守ってやらなくちゃ……。
「あ、あの……さとしさん、今日はすみませんでした。私のせいであんなことになってしまって」
 そういや、やけに盛り上がってたな。俺達差し置いて。あいつら。
 まぁ、滅多にないことだし、俺も楽しんではいたけどさ。
「この先のアパートだったよな」
 俺は赤音さん家に行ったことがない。だけど、話には聞いてはいる。
「はい」
「玄関まで送ろうか? 東京って何かと物騒だし」
 これは俺の体験談からじゃねーぞ。昔、デレツンメイドカフェと言うぼったくりカフェに引っかかったからじゃねーぞ。
 ただ、赤音さんが心配だったから――。
「赤音さんの部屋どこ?」
「はい……102号室です」
 赤音さんが顔を真っ赤にして答える。
 可愛いな……。
 工藤が目をつけてたってのも、わかる気がする。
 どうして俺、今まで気付かなかったんだろう。赤音さんは声優じゃないから、圏外だったのかもな。
 でも……うー、緊張して来た。隣がやけに気になる。
 赤音さんが白い息を吐いた。
 この東京でも、一月は流石に寒い。俺は寒さに強いはずだけど、東京暮らしが長いおかげで、寒さが堪えるようになった。ことえのヤツ、あんな冬の素朴村でよく過ごせんな。姫星もだけど。
 初恋はきっと、佐々木姫星。
 でも、あいつはビッグだし、これから出会いもあるだろうし。それに――。
 俺はちろっと赤音さんを見る。
 俺には、赤音さんがいるんだ。
 もう、独りじゃない。
「あっ、ここです!」
 赤音さんがドアを指差す。
 参ったな。今夜はすげぇ冷え込む。温もりが欲しい。人肌でも――。
 気がつくと。
 俺は田中赤音を抱き締めていた。
「さ……さとしさん?!」
 やべぇ。つい抱き締めてしまったよ。でも、もう寒くなかった。それどころか、熱いくらいで。
「あ、あ、ごめんな」
「いいえ……」
 赤音さんはドアを開けて部屋に入ろうとする時、こう言った。
「さとしさん、さっきの抱擁、嬉しかった、です」
 ――扉が閉まった。
 女に――抱き着いてしまった。
 うわっ、わっ、どうしよう!
 春ですか?! 俺にも春がやってきましたか?!
 妹のことえとお母さん以外には姫星としかろくに話したこともねぇ俺についに春が?!
 いや、まぁ、赤音さんとは話してたけど、主に仕事のことだもんな……。
 赤音さんは俺のどこに惹かれたんだろう……。俺の素朴さ? 純粋さ?
 ――それって田舎者の長所だろ……しかも、田舎者を無理矢理褒めなければならない時の。
 俺って……田舎が身についてんだなぁ……。
 それに赤音さん。
 ああいう時、部屋に入って何かすんのが男ってもんだろ。ここで引き下がってどうすんだ。せっかくのチャンスだったのに。
 だから、橘さとしは田舎者とかって、もしかしたら陰で言われてんのかもな……。ま、直接聞いたことねぇけど。
 俺は知らない。後に赤音さんが言ったこと。
「さとしさんて、紳士だなぁと思いました」
 ――と、感じてくれてたこと。この時の俺は、知らなかったんだ――。

 さてと、ことえに電話するか。
『もしもし、お兄ちゃん?』
「おー、兄だぞー。合コン終わったぜ」
 ま、本当はまだ終わってないんだけどな……あいつら二次会で弾けてることだろう。
『で、どうだったべか?』
 ことえ……髪が伸びて可愛くなったんだし、方言はやめろ。
「あー、収穫、あったぜ」
『本当だべか?!』
「おう。田中赤音とくっつかされちまった」
 ははは……と俺が笑う。
『赤音さんだったらオラも知ってるべ! いい人だったべな!』
「ああ……」
 でも、明日から、どんな顔して会ったらいいんだろうなぁ。――ま、いいや。そん時はそん時だぜ。
「あ、告白して来たのは赤音の方だからな。俺ってモテモテかもなぁ」
『すごいべ! お兄ちゃん、ついに恋人できたべな!』
 恋人……なんだろうか。まだキスもしてねぇのに。
『で、何かあったべか?』
 ことえも年頃だ。そう言うことに関心があるんだろう。
「ああ。抱き締め合って、別れた」
『本当だべか?』
「あ、ただハグしただけだからな。女同士でもやるだろ?」
『オラは……女の子ともしたことないべ』
 ――我が妹ながらオクテだな。姫星ともやったことないんだろうか。やったことあるならあるで羨ましいけども。
 まぁ、姫星はそう言うキャラじゃねぇからな。
「恋愛はいいぞー。お前も家でくすぶってないで少しはいい恋しろ」
 それに、ことえは可愛いんだしな。ペチャパイだけど。
 赤音さんの体は、意外と出るとこ出てたな。そう言えば。抱き締めてわかった。
『う……オラは……仕事の方が楽しいべ』
 やっぱり俺の妹はどうしようもないオクテだ。
『今までにもそう言う話があったことはあったんだけど、オラ、怖くて……』
 ほー、でも、やっぱりそう言う話があったんか。
「大丈夫。男なんてみんな俺と同じだと思えば怖くないべ?」
『だから怖いんだべ』
 ――どう言う意味だ。
「ま、俺は上手くやってるからさ。お前も彼氏の一人や二人見つけろよ。じゃあな」
 俺は電話を切った。あ、赤音さんからLINEが来てるぜ。何なに?
『いつか、どこかに遊びに行きませんか?』
 そうだな――俺はディ●ニーランドに行ってみてぇな。男一人じゃ行きにくかったんだけど。今度は赤音さんがいるから、多分、平気だ。
 俺は、『ディ●ニーランドに行きたい』と打つと、『わかりました! 私もディ●ニーランド好きです!』と返信が返って来た。意外な趣味だ。
 俺達は早速予定を組んだ。仕事に響かないように。
 そう言えば、ディ●ニーランドって、『東京』ってあるのに、実は千葉県のテーマパークだったんで、ショックを受けたことがあったな。
 ディ●ニーランドも田舎者扱いされたくなかったんだな。東京者だって、認めて欲しかったんだな。わかるぜ、その気持ち。
 俺はぐすっと鼻をすすった。

後書き
『神えしにっし』の二次創作。
赤音氏にっしのその後のお話。今度はさとし視点です。 ディ●ニーランドは私の趣味です(笑)。
あかねさんとさとしさん、上手く行くといいな!
2016.9.27

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