榊庵の初恋
何だろう、あの娘……。
夏コミで出会ったあの娘。サンショウウオの燻製持ってるなんて何者何者。でも、珍しいね、珍しいね。せっかくだから貰っておこう貰っておこう。
わざわざ資料をくれた娘さんにアドバイスをしてみたよしてみたよ。お金を払ってもらえる価値をつけるよう、言ってみたよ言ってみたよ。
それにしても可愛い、可愛い娘だったな……。
いやいや、僕は、恋なんか、しないしないよ。馴れ合いの関係なんて疲れるだけ疲れるだけ。
――でも、可愛い……。
僕は、恋人なんて、いらないいらないけどね。
話し方は面白い面白い娘だったけど……。
僕はあの娘のスペースに行ってみたよみたよ。
なかなか派手なスペースだったね。あの娘の好みなのかな。なかなか面白かった面白かったよ。
本を買ってくれたお客様にSNS似顔絵描くなんて、考えたね考えたね。やるねやるね。
僕も一冊買ってみたよ、みたよ。
上手だった。僕のキャラデザにとても忠実だった。それでいてオリジナリティもちゃんと、あるよあるよ。
いつの間にかじーっと見てしまってたよ、しまってたよ。
だけど、もう無償はやめようね、やめようね。
このレベルなら、ちゃんとお金取れるから。
僕が言うんだから間違ないよないよ。
えっと――本名訊くの忘れたな忘れたな。まぁいいやいいや。そのうち嫌でもわかるようになるよなるよ。
僕のそう言う勘は当たるんだ当たるんだ。
それに、将来はすごい美人になるだろうし……。
何考えてんだ、どうしたんだどうしたんだ、僕は。
あ、店の名前が書いてある。みやまえ食堂か――。覚えた覚えた。
あのおらっ娘はここで働いてるんだな働いてるんだ。
メールアドレスも書いてあるよあるよ。田舎者丸出しと思ったけど、意外に今風だね今風だね。このメルアド、ここに連絡すればいいいのかいいのか……。
はっ、いつの間にかメルアド登録してしまったよしまったよ。
だって、あの娘は今にきっと大物になるよなるよ。
僕達にアドバイスを求めてくらいだもの。度胸は買うよ買うよ。その度胸があれば仕事だってちゃんとやるよやるよ。
それに、この本に載っている小説――僕の好きな山田青梗菜先生の小説に似てる似てる。
あのおらっ娘が青梗菜先生に書かせたのかな。なんてねなんてね。でも、可能性はないわけじゃないわけじゃない。
あの娘が頼んだら、みんな書く気になるよなるよ。
僕もその気になってるなってる。
でも、まだあの娘も――もっと伸びしろはあるねあるね。
今の時点でもプロで食べていけるいけるけど。
或る日、田中赤音に言ってみたよみたよ。
「赤音。この本ってさー」
「あ、最高ですよね。これ描いた人! かっこよくて凛々しくて、絵に真摯に向き合っていて――」
? 誰のこと言ってるの言ってるの? 田中赤音。
どう見たって、描いてるのあのおらっ娘でしょ? 誰のこと言ってるのかさっぱりわかんないわかんない。
あのおらっ娘から、かっこいいとか凛々しいとか言う言葉、どうやったら出てくるの出てくるの?
それを言うなら可愛いと――。
はっ。僕は何を言ってるんだ?
僕は別に、事実を言ってるだけだからだから。あのおらっ娘、ちょっと可愛いな、と思っただけだからだから。
でも、また会えるといいないいな……。
――いや、恋とかそう言うんじゃなくて、あの娘の才能が惜しいだけだからだけだから。
多分、あの娘、すごいど田舎から出て来ているはずいるはず。田舎で埋もれさすには惜しい人材だけどだけど。
あ、そうだそうだ。
「もしもし、KK出版ですか? はい、私、榊庵です。確かライトノベルの挿絵を描く人探してましたよね――」
参ったね参ったね。この僕が絵師の推薦なんてなんて。ま、絵師という言葉も嫌いだよ嫌いだよ。
そんなことはどうでもいいどうでもいい。早速、KK出版にこの本持って行かなくちゃ行かなくちゃ。
僕、何でここまでしてるんだろうなだろうな。
もしかしたらあの娘にもう一度会えるかな、なんてなんて。
KK出版の人も褒めてくれたよくれたよ。仕事も回してくれると約束してくれたよくれたよ。
あのおらっ娘――kotoeと言ったら、今人気の絵師で、あの性別不明のネット歌手、キティの歌に絵を描いている人だって言うんだ言うんだ。
僕もそのぐらいの情報集めたんだけどねだけどね。
「我が社ではこう言う絵を描く人を探していたんだよ。僕も前からkotoeさんの絵はいいなと思ってたけれど。ネットやプクシブ見て」
高木さんがこう言ってくれたよくれたよ。
「ありがとう、榊さん。kotoeさんのこと、推薦してくれて。榊さんの勧めがあったとなれば、上層部も動き出すでしょう」
「いいえいいえ。ただ、この才能は埋もれさすのは惜しいなと……」
そう思っているのも本当だからねだからね。
「早速心当たりを当たってみようか。確か藍うえおさんの新作とイメージが合うから――」
高木さん、よっぽど気に入ったんだ気に入ったんだ。
僕も嬉しいうれし――。
何で僕が嬉しいんだ嬉しいんだ。
僕の欲しいのはライバルライバル。このkotoeなら、いいライバルになると思ったから思ったから。
田中赤音もライバルだけど、それとは違うんだ違うんだ。
それに、kotoe――橘ことえと言うらしい――は、田中赤音より若いし……。
まぁ、女って若けりゃいいって訳じゃないよないよ。それに、相手がいくら若くたって、僕には恋をする気なんてまるでないしないし。
でも、瞼を閉じると出てくるのが彼女の姿――。
川で無邪気に遊ぶ彼女。
笑顔で田舎に溶け込んでいる彼女。
そして、勿論絵を楽しそうに描いてる彼女の姿も――。
――はっ。
違うからね違うからね。彼女は若いけど、僕に言わせれば若過ぎる。後でいろいろ教えてあげたくなっちゃうなっちゃう――
って、うわ~。
「どうしたんですか? 榊さん」
あ、ここ、KK出版だった。
「何でもありません。ちょっと疲れただけ――」
そう。心の疲れ……断じて恋なんかじゃないよないよ。
「顔色はいいようですがねぇ……コーヒーでも飲んでいきますか?」
「いいえ。心遣いありがとうございます。僕は家でイラスト描いてきます描いてきます」
「真面目なんだねぇ」
真面目ではないよないよ。今だって橘ことえの映像が僕の頭をぐるぐる回る回る。
「――僕は、イラスト描くしか能がないですから」
そう。僕、榊庵はイラスト描くしか能のない男。田中赤音とおんなじおんなじ。
いつか仕事一緒にできればいいないいな。そうは思ってる思ってるけど――。
自他共に認める変人だし。まぁ、僕が変人と思われても仕様がない仕様がない。イベントではお面をずっとずっとつけてるしつけてるし。それでも――。
橘ことえと距離が詰まったらいい。そんなことを思っていたのに、ずっと思っていたのに――。
季節は過ぎて。
「オラと友達になってください!」
橘ことえが冬のコミケで手を差し出した。何だろね何だろね。これ。運命? 運命?
僕はつい差し出された橘ことえの手を取ってしまった。でも、つい手を放してしまったしまった。
「馴れ合いのぬるい関係、いらないいらない」
僕はついそんなこと言ってしまった。仕方ないからかっこつけて、幸運をつぶしてしまったしまった。
その後、僕の描いたイラストはどこか橘ことえに似ていた。橘ことえの描く絵ではなく、橘ことえ本人に。つい似てしまったよしまったよ。
可愛いと評判だったのが救いだったよだったよ。
それに、橘ことえも怒った様子はなかった――それどころか嬉し涙を流してくれたって、後で聞いたよ聞いたよ。
いつか――橘ことえが戦友になってくれたら。きっと同人界に革命が起こるに違いないよ違いないよ。
そして、多分、その日は決して遠くない。作品で人を動かす力は橘ことえ――いや、kotoeにはあるよあるよ。
後書き
『神えしにっし』の二次創作。
去年書いた作品です。
語尾が少しうるさいかも。ごめんね榊庵さん。でも、榊庵さんも好きだよ。
『神えしにっし』、もっと読みたかったな。
2017.1.4
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