半オリジナル『我が最愛の恋人』

「おはようございます、長老」
俺の呼び掛けに、パラン村の長老は、
「おお、ジョンか。おはよう」
と答えてくれた。
俺の名前はジョン・フォレスト。実は偽名だ。
何故偽名を名乗っているかって?いろいろあんのよ。パラン村は荒れ野にあるが、近くには草原が広がっている。隣の村、フムルの領地だ。
昔はパラン村の領地だったらしいが、温和な性格の長老はわざわざフムル村と昔の土地のことで争ったりしない。
それがフローラの気に食わないらしい。フローラというのは……
「あーっ!また今頃帰ってきたのね!不良青年!」
長老の孫娘、フローラ・パルテ。
彼女の両親は亡くなっている。今は長老と二人暮らしだ。
「どこほっつき歩いてたのよ!また女のとこでしょ。誰のとこなの?ミミ?リン?ラーラ?」
「うるさいな、おまえにゃ関係ねぇだろ」
「全く……お祖父ちゃんもどうしてこんなろくでなし置いとくのさ」
「これ、フローラ。ジョンには家族がいないんだから優しくしてやりなさい」
「女グセの悪さが直ったら優しくしてやるわよ!」
「これこれ、フローラ……」
長老ははっきり言ってこの気の強い娘を持て余している。
「ジョン、アンタも本命一本に絞りなさいよ。いつまでもふらふらしてないで」
フローラは台所に引っ込んで行った。
本命か…。
俺は心の中で吐息をついた。
ふーんだ、鈍感娘め。俺が誰を思っているのか知らないな。
それはなあ、フローラ・パルテ、おまえさんなんだよ。
でも俺は意気地がないから、仕方なく他の女性と擬似恋愛してるというわけ。
でもいつかは……。
いつかは真面目に告白しようと思ってるんだ。そうだな……今月の花の祭りの時にでも。
冗談で口説こうとしたことは何度かあるが、その度に断られてきた。でも、今度こそは!
俺はほとんど不死身に近い、歳も取らない体だけど、ちょっとは人並みの幸せを味わいたいと思ってる。
誰かに俺のことを不審がられた時には、フローラや家族を連れて、どこかに消えようと思ってる。
ちなみに長老は俺の秘密を知っている。俺が話したからだ。
「なるほど……」
俺が話した後、長老は立ち上がって続けた。
「確かにおまえさんはただの人間ではなさそうじゃ。わしの見た限りでもな。たとえおまえさんの言ったことがほらだったとしても、おまえさんには特別な宿命があるのはわかる。おまえさんはひとところには留まれない運命じゃ。しかし、しばらくこの村で羽根を休めたいと言うのなら、わしは喜んで歓迎するよ」
そんな嬉しいことを長老は言ってくれたのだ。当然、その孫娘であるフローラも、情け深いいい女だ。気が強いところが玉に疵だが。
いやいや。それも魅力のひとつなのだ。茶色の髪の似合う美人で明るいフローラは、男どもにはよくモテる。フローラは鼻もひっかけないのだが。
それが、俺を安堵させる。それに、俺はこう思うのだ。
もしかしてフローラも俺のことを好きなんじゃないかって。だからこそ他の男を相手にしないのではないかと。
以前、冗談ぽくそのようなことを言ったら、
「自惚れないでよね!」
と肘鉄食らわされたが、その時彼女の顔は赤くなっていなかっただろうか。
まあいい。俺は気が長いんだ。長生きしてるからな。
長老が死んだら、俺がフローラを看取ってやろう。
幸い時間だけはたっぷりある。
いい匂いが漂ってきた。フローラの作るパンは絶品なんだよな。それからスープも。
「朝ごはんよー」
フローラが長老と俺とを呼んだ。女性は料理上手な方がいい。俺も料理は得意だけど、フローラには敵わない。
俺は木の器に鼻を突っ込んでスープを啜っていた。
おや?フローラがこっちを見ている。
あ、目を逸らした。
そういうことは勘でわかるのだ。俺は第六感が普通の人間より発達している。もちろん、知らんぷりしてたけど。
間違いない。フローラは俺に惚れてる。だからこそ、俺が他の女と寝ていたことを知ると怒るのだ。
自意識過剰?そうかもしれない。いかな俺でも、女心まで読むようなことはしない。読心術の心得はあるし、そうしようと思えばできるけと。だが、いちいち人の心を読んでいたら、情報過多でこっちの頭がパンクしちまう。女心は特にそうだ。読まないというより、読めないといった方が正しい。
いずれにせよ、聞き出すチャンスは他にある。
俺は半月後の花の祭りを心待ちに待った。

そして花の祭りの日がやってきた。
この祭りはフムル村と合同で行われる。互いの村の男女の出会いの場だ。
俺もフローラもよくモテた。
俺は長い黒髪なので、やっかんだ青年諸君から『女男』というありがたくないあだ名を戴いたが。
それにしても、色とりどりの衣装を来た男女が踊る姿はそれはそれは壮観だった。
告白の方法は、いいなと思った相手に一輪の花を渡す。相手は「いい」と思ったら花を受け取ればいいし、「ノオ」なら断ることもできる。断られたなら、次の相手を探すこともできるし、複数の相手から花をもらうこともできる。
俺もいくつか花をもらったが、フローラは全部断っていた。
俺は彼女のところに行って、
「抜け出さないか?」
と耳打ちした。
フローラは案外素直についてきた。
「何?話でもあるの?」
ここが勝負と、俺は深呼吸をした。髪が風に靡く。
「フローラ、前からおまえが好きだった」
「…………」
しばしの沈黙の後、フローラは、
「本気なの?」
ときいてきた。
「ああ、本気だ」
俺は頷いた。
「じゃあ、その花の数は何よ」
「全部捨てる」
俺は何輪かの花を地面に投げた。
「俺は遊び人に見えるかもしれないけど、アンタのことについては本気だ」
「遊び人に見えるも何も、あなた遊び人じゃない」
フローラが憎まれ口を叩いても、俺は真面目な顔で彼女を見つめた。
「……本当に本気なの?」
「ああ。女遊びももうやめる。アンタがOKしてくれるなら」
俺はさっきわざと落とした花の中から、一輪の花を拾い上げた。俺が最初から持っていた花だ。紫色の可憐な花だ。フローラに似合いの……
「受け取ってくれるか?フローラ」
「ジョン……」
フローラはしばらく口をつぐんでいたが、やがて言った。
「ジョン……今までごめんね。でも私もあなたのことが……」
フローラは言葉に詰まったようだった。俺は待った。フローラは続けた。
「私もあなたのことが好きだった……素直になれなくてごめんなさい。……私からも花を贈るわ。もう男性に花を贈ることなんてないと思っていたけど」
そして、フローラは俺が差し出した花を受け取った。
俺も彼女から花を手渡された。フローラ自身を思わす、美しいオレンジ色の花を。
「じゃ、みんなのところに戻るか」
「待って……しばらくここにいない?」
それは俺も望んだことだった。
俺とフローラは寄り添い合い……どちらからともなくキスをした。

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