料理下手な男の誘惑

「アル~」
 半泣きになったアーサーから電話がかかってきたのは、庭にハンモックを吊るして昼寝でもしようかと思う午後のことだった。
「どうしたんだい? アーサー」
 アーサーは意外と泣き虫だ。――何かあったのかな。
「どうしたんだい? フランシスにでもいじめられたのかい?」
「あんなナンパ野郎に負ける俺じゃねぇよ!」
 おっ、ちょっと元気が出てきたな。
「じゃ何だい。俺はこれから神聖な昼寝タイムなんだ」
「フェリシアーノみたいなこと言うな。アル」
 俺の名前はアルフレッド・F・ジョーンズなのだからファーストネームを呼ぶ時はせめて『アルフレッド』と略さずに呼んで欲しいものだが、これも親愛の情の証かと黙っていた。
「アーサー、何かあったのかい?」
「ああ……」
 ずーんと暗くなっているオーラが電話越しでも伝わって来る――ような気がした。
 かなり落ち込んでるな。
「また料理失敗したのかい?」
「ああ……」
「ドンマイドンマイ。何だったら俺が駆けつけてやろうか?」
「神聖な昼寝タイムじゃなかったのかよ」
 皮肉も言えるようになったことはいいことだ。鼻をすする音が聴こえた。
「でも、料理失敗したなんていつものことじゃないかい。なに落ち込んでるんだい?」
「わかるか? 落ち込んでるの」
「そりゃあわかるさ。あ、恋人に手料理振る舞ってフラれたとか?」
 そう言ってから俺は馬鹿な言葉を発したことに気付いた。アーサーの目下の恋人というのは俺しかいない。
「俺の恋人はおまえだけだろ」
「フランシスはどうしたい?」
 わざと意地悪く言ってやる。
「あれはただの腐れ縁」
 わー、フランシス可哀想。……と俺は他人事のように思ってみる。同時にアーサーが本当に俺を恋人だと思っていることを知って嬉しかった。
 素直じゃないもんな。このマイスイートハートは。
 ま、俺も似たようなもんだがね。
 ツンデレのアーサーに育てられたから、こっちまでツンデレになってしまったよ。
 ちなみにアーサーは一時期俺の養い親で兄だった。
 兄であり、恋人であり――まぁ、俺の方がでかくなっちゃったからもう兄としては見られないけど。
 大切な、可愛い恋人だ。
 でも、そんなこと言わないもんね。言うとつけあがるもんね。アーサーは。
「わかった。すぐ行くよ」
「ああ、頼む」
「ところでどういう最終兵器を作ったんだい?」
「最終兵器じゃねぇ! 料理だ! ……ビーフシチューだよ」
 電話は途切れた。
 ははぁん。わかったぞ。アーサーが落ち込んでるわけ。伊達に数百年も付き合っていないもんね。
 え? たった二百年あまりじゃないかって? 俺はこの先もずーっとずーっとアーサーに付き合うつもりだから、数百年で正解なんだ。
 まぁ、付き合いの長さでいったら、フランシスには負けるけど。でも、アーサーは俺を選んでくれたんだぞ。俺がアーサーを選んだように。
 何度、このツンデレが!と思ったかしれない。
 何度、この眉毛が!と思ったかしれない。
 何度、本当に紳士の国か?!と思ったかしれない。
 でも――好きなんだ。
 この気持ちはもう止まらない。
 俺は昼寝のことはすっかり忘れて自家用機でイギリスに向かった。――愛しい彼の元へ。
 ビーフシチューはアーサーの数少ない得意料理だ。今頃自信喪失しているに違いない。
 それが俺がねんごろに慰めてやるんだ。ムフフ……。
 いぇーい、神様ありがとう! アーサーにビーフシチューを失敗させてくれて!
 そういえばしばらくアーサーと寝てないなぁ。今日は一緒に寝ようかな。あ、そっちの意味の『寝る』だからね。

 時差の関係で着くのは夜になってしまった。
 俺の家とは違う、立派な庭園が俺を出迎えてくれた。
 よく世話された薔薇の数々。アーサーのガーデニングの技術は大したもんだ。緑の指を持つっていうのかな。こういうの。料理は全然駄目だけどね。
 でも暗いなぁ。灯りぐらいつければいいのに。俺は夜目がきくけどね。
「アーサー、来たんだぞ」
 俺は獅子を象ったドアノッカーを鳴らした。
「……入れ」
 うわっ。おどろおどろしい声。イギリスというより、日本の幽霊みたいなんだぞ。
 アーサーが隅っこに縮こまっていた。
「アーサー……」
 俺がおそるおそる名を呼ぶ。アーサーはいつものように歓迎してるんだかしてないんだかわからない顔で、それでも嬉しそうに跳ね起きたりしない。
 よっぽどショックだったんだなぁ……ビーフシチュー失敗したのが。
「アーサー。ビーフシチューはまた作ればいいんだぞー」
「アル……」
 うわ! 怖い顔!
「おまえにわかるか? この俺の気持ちが」
「わかるけど、仕方ないんだぞ。もう一回チャレンジあるのみさ」
 元気づける為に言ったのに、アーサーったら、
「おまえは馬鹿みたいに元気でいいよな。つーか馬鹿だよな……」
 なんてのたまってくれちゃって。そんなこと言うとベッドで優しくしてやんないぞ。
「またフランシスに馬鹿にされる……『ビーフシチューしか美味しく作れない男』から『ビーフシチューも美味しく作れない男』になったんだからな……」
 あんまり差があるようには思えないけれど……。
「ああ! そうさ! 俺はビーフシチューも作れない男だよ! あーはっはっはっ!」
 アーサーがキレた。マジ怖い……。
 でもその怖さに耐えてアーサーを抱き締めた俺は自分でも偉いと思う。
「まぁ、またがんばればいいさ! それにフランシスの馬鹿なんて放っときゃいいさ!」
「でもあいつ、料理大国としてえばってるからさぁ……。それにフランシスの料理、不味くねぇし」
 あ、それは認めてるのね。
 不味くねぇ、というのは、美味しいという意味の彼なりの表現なんだ。
 うん。確かにフランス料理は美味しいね。バターいっぱい使っててカロリー高そうだけど。
「アーサー。俺が手伝ってやるから、一緒にビーフシチューを作ろう!」
「アル……手伝ってくれんのか?」
 アーサーはうるんだ瞳で俺を見上げる。うっ。そそるなぁ。
 こんなに可愛いのに元ヤンなんてちょっと信じられなくなる。
「がんばって世界一のビーフシチューを作るんだぞ、おー!」
「……おー!」

 今度は上手くできた。元々アーサーはビーフシチューは美味しく作れるのだ。
「旨い旨い」
 俺は一生懸命食べる。
「俺達大国が作ったビーフシチューは世界で一番美味しいんだぞ」
「一番とは言わなくても……まぁ、世界に二番目か三番目くらいにはなるな」
 素直に一番美味しいって言えばいいのに……でも、俺にとっては一番美味しい味なんだぞ。
「肉じゃがもビーフシチューが元だって説もあるんだぞ」
「うん。それは知ってる」
 アーサーはいつもの元気を取り戻した。良かった。
「ねぇ、アーサー」
 俺はアーサーの席に回り込んで言った。
「これ食べたらベッドでいいことしない?」
「……やだ。胃にもたれる」
「あー! いいのかな、そんなこと言ってー! フランシスに『アーサーはビーフシチューを作ろうとして失敗した可哀想な男なんだぞ』って言おうかなー!」
「わかった、わぁかったから大声で叫ぶのはやめろ! ……付き合ってやっからよ」
 計算通り。俺はにやりと笑ってやった。アーサーは小さく「shit!」と小さく呟いた。……こんなところでスラングが出るなんて、やっぱり元ヤンなんだなぁ。
 それに、アーサーだって嫌いではないはず。何しろフランシスも認めるエロスな国だもんね。
 メインディッシュは君と作った料理。デザートは君。俺にとっては世界一豪華なディナーなんだぞ。

後書き
アルアサラブラブv
久しぶりのアルアサで楽しかったです。
アーサーの存在自体そのものがアルを誘惑するのです。
2013.1.10

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