ルートヴィヒとフェリシアーノ

 ドアのベルが鳴った。
 何だ。今掃除中だというのに。
 家をぴかぴかに磨き上げるのは大変なんだぞ。
 だが、取り敢えず俺は玄関に向かった。嫌な予感がする。
「ちゃおー。ルートー」
 ――嫌な予感、当たった。
 茶色の真ん中から分けた短めの髪、くるんとした一本の巻き毛、青い服を着た青年が立っている。
 俺の友人のフェリシアーノだ。
 友人……なのかな。どうもこいつにはいつも引っ張りまわされ続けている気がするのだが。
 まぁ、悪い奴ではないし、ヘタレだけれど、何となく付き合っている。
 そして――こいつが嬉しそうだと、俺も嬉しい。これは内緒にしているが。
「何しに来た」
 表面上は迷惑そうな表情を作って俺は目の前のフェリシアーノに訊いた。フェリシアーノはにこっと笑った。――年より幼く見えるのは気のせいだろうか。
「昼ごはんの時間だから、一緒に食べようと思って」
「悪いが、俺には掃除が……」
「後にしようよー。俺、美味しいレストラン見つけたんだ。おごるからさ」
「お前におごられなくても、食事することができる金ぐらい持ってる」
「本当? じゃ、早く行こ?」
 フェリシアーノは、ぐいぐいと俺の腕を引っ張る。
「待て待て。靴ぐらい履かせろ……それに、ちょっと出かける準備しなければな」
 今日のフェリシアーノはどこか強引だ。俺は面食らった。
「ヴェー……じゃ、待ってる」
 フェリシアーノは大人しくなった。が、俺が靴を履くと、嬉しそうに腕を絡ませてきた。
「ちょっと待て。お前の国じゃ男同士が腕を組むのが当たり前なのか?」
「ヴェー……」
 フェリシアーノは、はっきり答えない。
 何だか、通りすがりの人全員に見られている錯覚をする。フェリシアーノは平気そうだ。
 俺が自意識過剰なだけか?
「着いたよ」
 こ、ここは……!
 何て高そうな店なんだ!
 俺の持ってきた予算で足りるか?
 俺が心配になってフェリシアーノを見遣ると、いつものふやけた顔で奴は言った。
「大丈夫だよー。思ったより安いし。それに美味しいし。今日は俺の奢り。ね?」
 すっかりフェリシアーノのペースだが、それが嫌ではない俺に気付いた。
 何だか、これは、まるで……デートのようじゃないか……!
 フェリシアーノは確かに可愛いがしかし、俺は男だぞ。
 でも、新鮮だったことは認める。俺は女と(もちろん男とも)デートしたことがないからだ。
 それでいつだったかロ―マ帝国を名乗る不審者に、
「おまえは聖人か……」
 と感心されたが、そんなことはない。
 ただ、縁がなかった。いろいろ忙しかったし。恋をする気もなかった。
 一人の方が気が楽だが、寂しいと思わないことがないでもない。
 でも、他の国といっても、俺と話が合いそうなのはフェリシアーノしかいない。菊は何考えてるのかわからん奴だし。
 それで困ったことはないのであるが……ちょっとそれはどうかと思ったことはある。
 俺が気のおけない相手は、フェリシアーノしかいない。
 問題ではないか?
 こいつは半端でなくへタレだぞ。アーサーが喧嘩ふっかけてきた時も、すぐ逃げ出すし、靴紐は結べないし、砂漠でパスタは茹でようとするし。
 それに……童貞だし。……俺もだが。
 俺には規律とか軍事訓練とか、女よりも大切なものがあるから彼女を作らないだけだが、フェリシアーノは何で彼女ができないのか謎だ。あんなに女好きなのに。
 もしかして友達としてしか見られていないのか? ……だとしたら不憫な奴だ。
 世の中、女より大事なものがあると言って、失恋したフェリシアーノを慰めてやったことも、一度や二度ではない。
 本当に、何で彼女ができないんだろうか……。
 俺達は窓際の席に座る。
 フェリシアーノは、女店員にナンパすることもしない。
 おかしいな。いつもだったらすぐナンパしてるのに。
 しかも、相手はフェリシアーノ好みのすごい美人だ。
 今日のフェリシアーノはどこかおかしい。
 俺にいわせれば、こいつはいつもおかしいといえばおかしいが、今日はいつもと様子が違う。
「料理楽しみだね」
 ヴェ、ヴェ、と歌いながら、フェリシアーノがメニューをめくる。
「ああ、そうだな……少し静かにしろ」
「だって、嬉しいんだもん」
「何で」
「だって、ルートと一緒にこういうとこ来たかったんだもん」
 すごい殺し文句だ。
 フェリシアーノは、誰にでもこういう風に喋るのだろうか。俺には真似できん。本当に真似できん。
 さすが、恋愛の国の男なだけのことはある。俺が女性だったらころっと参っていただろう。
 幸か不幸か、俺は男なわけだが……。しかも、自他共に認める筋肉質の。
 フェリシアーノは優しくて可愛いし、面白い。ヘタレだけれどここぞという時には男らしさを見せる……かな。俺がそうだといいなと思っているだけか。すぐ白旗上げるからな。
 でも、こいつは周りの人々に愛される。一緒にいるとほんわかしたムードが辺りに流れるのがわかる。
 嫌われもしないけど、好きにもなってもらえないのだろうか。
 デートはいっぱいしたことあるようだが、最後まで行くには何かが足りないのだろうか。
 俺がつらつら考えていると――。
「あ、ねぇねぇ、ルート。これ美味しそうだよー」
 と、フェリシアーノが脳天気に喋りかけてきた。
「どれだ……? ああ、確かに旨そうだな」
 と、俺はメニューを覗き込みながら返事をした。
「だけど俺、こっちも食べたいんだよねぇ。ねぇ、ルート。この二つ頼んで半分ずつ分けよ?」
「――お前に任せる」
 俺は言った。半分ずつか。悪くないな。
 と、和みかけた自分に気付いて俺は、はっとする。
 やはり、デートのようではないか。
 気がつくと、周りはカップルだらけだ。
 女店員が注文を取りに来る。フェリシアーノが選んだ料理を頼むと、
「かしこまりました」
 と言って、奥に引っ込んで行った。
 フェリシアーノは、しばらく手振り身振りで喋っている。俺は真剣に相槌を打った。適当に流せないのは性分なのだ。
「――ルートは怒らないね」
「……何でだ? 怒られるようなことしたのか? お前は」
「『女の子をナンパする方法』を菊に教えたら、菊が怒ったの」
 ああ、そりゃ、怒るだろうな……。菊は真面目だからな。女をナンパすることなんてできないだろう。恋人はしっかりいるようだが。
「ねぇ、ルート」
「何だ?」
「俺、ルートのこと、好きだよ」
 突然の告白に、つい飲んでいた水を吹き出すところだったが、何とか堪えた。
「お……俺のことを好きだと?」
 ああ、わかった。つい誤解してしまった。俺の勘違いだ。
「友達として、好きなんだな」
「違うよ!」
 フェリシアーノは立ち上がって叫んだ。
「俺……ルートのことが恋人として好きなんだよ!」
 唖然とした。
 皆が、こっちを見ている。今度は気のせいではない。だが、周囲の目に構っている余裕はなかった。
「俺の、どこが好きなんだ?」
「全部」
 即答だった。
「真面目なところとか、かっこよくてムキムキなところとか、いつも面倒見てくれるところとか――あと、ちょっと抜けてるところとか」
 ちょっと抜けてるは余計だ……こいつ、本当に俺が好きなのか?
 大体、いつも抜けてるお前に言われたくはない。
「ねぇ、ルート……」
 フェリシアーノが手を差し出して、俺の手を握った。
「俺、ここまでいったの、ルートが初めてだよ……」
 いつもはその前にふられていたというわけか。可哀想だが、同情の余地はないな。女の子が駄目だったからといって、男の俺に乗り換える軟弱者のお前には。
「俺ね……いつもいつもルートのことしか頭にないんだよ……誰かと付き合ったことはあるのかなぁ、とか、どんな恋人がいたのかなぁ、とか。ねぇ、ルートは? ルートは誰かに恋したことある?」
「む……それは……ないが」
「じゃあ、初恋、俺にしなよ。俺もルートが初恋だからさ」
 心に稲妻が走った。
 な……何という殺し文句だ。初恋なんて、嘘だろお前。
 大体、神聖ローマはどうなった。
 しかし、そうは思ってみてもさっきから心臓の動悸を止めることができない。頬も上気してきた。
「お待たせしました」
「あ、ここに置いといて」
 フェリシアーノは女店員に笑顔で応える。さっきまでの真剣な顔とは違い、いつものへらっとした間抜け面だ。
「ごゆっくりどうぞ」
 女店員が引き下がる。
「へへー。二つとも半分こ。こっちが俺でこっちがルートのね」
 嬉しそうにフェリシアーノが取り分けた。俺は唾を飲み込みながら、
(あいつはいつだってああなんだ、あの女店員にも愛想が良かったじゃないか)
 と、自分に懸命に言い聞かせていた。
「食べないの?」
 フェリシアーノが訊いてくる。
「……食欲がない」
「ええっ?! ルート大丈夫?!」
 お前のせいなんだぞ。俺はそう叫んでやりたくなった。
「あ、そうだ。ルートは俺のこと、ちょっとは好き?」
「友達としてならな」
「じゃあ、恋人として好きになってくれるまで待ってる――ああ、すっきりした」
 お前はそれでいいかもしれないが、俺の身にもなってみろ。友達だと思っていた奴に告白されて、懊悩する日々がこれから待ってるんだぞ。
 ……誰か何とかしてくれ。
 仕方なく、俺は目の前の皿にある料理を機械的に口に運んだ。旨かったような気もするが、味なんぞ全然わからなかった。

後書き
これは、独伊というより、伊独?
フェリシアーノの口説き文句がどこかで聞いたことがあるような気がするなぁ……。
神聖ローマの別名が見当たらなかったので、『神聖ローマ』と表記しました。
2011.3.20

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