ビッチ先生へ ~自律思考固定砲台より愛を込めて~

 こんにちは。自律思考固定砲台です。律と呼んでください。
 けれど、今回の話の主人公は私ではありません。椚ヶ丘中学の3-Eの英語教師ビッチ先生です。
 本名イリーナ・イェラビッチ。ビッチ先生と呼ばれていますが、本人は嫌がっています。
 実はこの人――殺し屋なんです。まぁ、私もそうなんですけれど。
 3-Eの担任、殺せんせーを暗殺する方法を各国の首脳陣はあれやこれやと考えています。そして――ビッチ先生も殺せんせーを殺す為に送られて来た殺し屋の一人です。
 そのビッチ先生が恋に落ちました。
 ――駄目ですね。こんな無味乾燥な説明は。
 ビッチ先生はハニー・トラップの達人です。烏間先生が認めるように。
 烏間先生は本名烏間惟臣と言って、生徒達からの人気も集めています。防衛省に務めています。
 私は声と画像を自由に変えることが出来ます。リクエストがあればどんな画像も声もお好みのまま。竹林君もよく私のところへ来ますよ。彼はメイドが好きみたいです。
 え? 急に話が飛んだって? ――ごめんなさい。
 そのビッチ先生が恋に落ちた相手が烏間先生だったのです。
 ええと、そのう――ビッチ先生は難しい相手に恋してしまったようです。得意の色仕掛けは利かないようですし、機械の私から見ても、烏間先生は相当鈍感なようです。
 烏間先生はかっこいいし強いんだけど――堅物過ぎるのです。
 あっ、静かにしてください!
 ビッチ先生が今夜もやってきました。
「あー、肩凝ったわ。律、いつものやつお願い」
「はい」
 私は烏間先生の画像を出します。
「肩、もませろよ、イリーナ……」
「あ、そんな強く、あっあっ……」
 と、まぁ、こういう具合に――。ビッチ先生の喘ぎ声は男だったらくらっと来るらしいのですが、烏間先生には簡単には通用しないようです。
 何故でしょう。彼女はまだ若いし、いたって健康そのものです。しかも、女のたしなみ全てに通じています。
 それに――これは私の想像ですが。
 ビッチ先生は烏間先生が初恋だったのではないでしょうか――。
 私も、是非ともビッチ先生は烏間先生と上手くいって欲しいです。どちらも大好きな私の先生ですから。
 クラスの皆もそう願っているようです。殺せんせーも。
 ――肩もみ(?)終わりました。ビッチ先生は落ち込んでいます。いつものこととはいえ、少し気の毒でしょうか。
 ビッチ先生、いつか本物の烏間先生に肩もみしてもらえるといいですね。
 ――機械の私が言うことではないですが。
 私にだって、思考能力はあります。マスターが作ってくれたのです。でも、私は反抗して3-Eの生徒の味方になることに決めました。
 だから、私はビッチ先生の味方でもあります。頑張ってください。ビッチ先生。
 そして、烏間先生。少しでいいから、ビッチ先生に振り向いてあげてください。
 ビッチ先生の中には小さなイリーナお嬢さんがいるのです。そのお嬢さんを救ってあげてください。
 それが出来るのは烏間先生しかいないのです。
 皆もわかっているのか、ビッチ先生の恋を全力で応援しています。
 私に出来ることといえば、烏間先生の代役で声と画像で慰めることしかないけれど――。
 皆さんは、機械の私が出来ること以外にもサポート出来ることが沢山あります。皆さんを、もっと頼ってください。
 私がお慰めしている間のビッチ先生は、年相応で可愛いです。私は女性型として作られたのですが、もし、男性的思考を与えられたならきゅんきゅん来たでしょう。――こういうのを、きゅんきゅん来るって言うんですよね。
 烏間先生の鈍感さを嘆いても仕方ありませんが、烏間先生には恋愛経験と言うものがあるのでしょうか。――純粋な興味としてです。
 別な女性と付き合っていたことがあったにしても、それは不思議ではありません。彼は素敵ですから。
 でも、彼にはちっとも女性の影が見当たりません。彼は仕事に生きる人なのです。――ビッチ先生の恋はいつ叶うのでしょうか。
 殺せんせーに訊けばわかるのでしょうか。……どうやら、殺せんせーにもわからないようですが。
 殺せんせーは私の恩人です。私に意志を与えてくれました。感情を与えてくれました。そして――友達を与えてくれました。
 そんな殺せんせーにも、不可能なことはいっぱいあります。けれど、殺せんせーはいい先生です。どんなに命を狙われても。
 私も殺せんせーの命を狙う一人です。烏間先生もビッチ先生もそうです。
 3-E自体が殺せんせーの命を狙う人達の集まりですが、ここは、とても優しい空間です。
 不思議です。暗殺で繋がった絆と言うものでしょうか。殺せんせーはこれを狙っているのでしょうか。
 それに、烏間先生がビッチ先生の恋に気付いてくれたなら――この教室で初めてのカップルが生まれるかもしれません。
 ――殺せんせーもどうやらそれを狙っているみたいですし。
 殺せんせーは、他人の恋の話に目がないのです。勿論、皆さんも――思春期ですから。
 私もこの二人の恋を観察していたら、人情の機微に通じることが出来るかもしれません。寺坂君の言う通り、私は機械ですから、人情というものはわかりません。けれど、それを知ったら、新しい世界が開けてくると思うのです。
 竹林君も私のことを励ましてくれました。私と竹林君は親友です。二次元の存在である私のことを竹林君はわかってくれました。だから、私も竹林君にメイド姿でコーヒーを入れてあげます。――本物でないので飲めませんけど。

 今夜もガラッと扉が開きました。誰でしょう。
 最近は寺坂君も尋ねるようになって来ましたし、友達が増えるのは嬉しいです。親密度が増すのは多分もっと。
「律……」
「こんばんは。ビッチ先生。――元気がないようですが、どうかしたんですか?」
「ちょっと――疲れたのよ……」
「烏間先生絡みですか?」
「流石は律。話が早いわね。誰かさんとは大違い」
「それは……烏間先生のことですか?」
「そう――この3-Eの生徒達はわかってくれてるんだけどね……カラスマに色目使うヤツらが多過ぎるの……」
「ビッチ先生……」
「そんな切ない顔しないで。律。私は負けないわ。カラスマは魅力的だから、誘惑があるのも当然なの。でも――私の誘惑で落ちて欲しいんだわ。カラスマには私……」
 ビッチ先生……泣きそう……。
「恋って泣けてくるものなんですか?」
「私は恋で泣いたのは初めてよ。泣かせたことは沢山あるけど」
「……そうでしょうね……私にはよくわからないこともありますけれど――」
 そこへ――E組のたてつけの悪い扉が開きました。
「イリーナ。――律と話してたのか? 聞こえてしまったのだが」
「え、ええ……」
 ここです! ここで勝負です! 私も一肌脱いであげなければ。
「烏間先生、ビッチ先生の肩をもんであげてください」
「……そういえば、このところイリーナは激務だったもんな。でも、俺は肩のもみ方なんぞ知らんぞ。――昔、親父に頼まれてやった程度だ」
「ううん、いいの。ちょっともんでくれれば、ね」
 ビッチ先生が嬉しそうな表情で言います。烏間先生じゃなかったらイチコロなんでしょうね。
「こうか?」
「ああ、そこそこ。ん~、気持ちいい」
「そうか……」
 ビッチ先生、普通はここからじゃ見えないけれど、私は機械。ビッチ先生の至福の顔までよく見えます。烏間先生からは見えませんが。
(グッジョブ。律)
 唇だけを動かしてそう言ってくれてるの、わかります。お気に召したようで何よりです。
「ん、ん……」
 ビッチ先生はくたっとなってしまいました。烏間先生が彼女に訊きます。
「もういいか?」
「うん……」
「――俺は、戦争とは縁のないこの国で育った。子供の頃は民族紛争のことはニュースの中でしか知らなかった。だから、お前の味わった、死と隣り合わせになった時の恐怖は知らない。それが俺の負い目でもある。――イリーナ。お前はよく、生きてこの教室に来てくれたな。お前と、お前の運の強さに感謝する」
 ビッチ先生は真っ赤になって俯いています。――烏間先生の前では、ビッチ先生も花の二十歳の恋する乙女みたいですね。というか、こんな口説き文句を烏間先生が言えるなんて――。
「今の俺にはこの国を守る義務がある。この平和を守る為に、殺せんせーを殺すんだ」
「……カラスマ、今、殺せんせーって……」
「あ……」
「あのタコのこと、そう呼んだの、初めて聞いたような気がするわね」
「ああ、あいつはなまじな人間より人間臭い。それにどこか憎めないヤツだな。あいつを殺すのは正直少々気が引けるが仕様がない。弱気になってちゃ務まらんからな。それまではその――色恋沙汰も封印だ」
「――わかった、あのタコ殺すの、手伝ってあげるわ」
 ビッチ先生が眠そうな声を出すので、烏間先生はクラスを後にしました。私はビッチ先生に訊きました。
「ビッチ先生。烏間先生の生マッサージ、どうでした?」
「もう最高! カラスマ上手過ぎるわ! ファックはもっと最高かもね!」
 ビッチ先生の高笑いが響く、夜の、誰もいない教室。ううん。一人、いる。初めからずっといたでしょう? 殺せんせー。イチャイチャカップルが見られて、殺せんせーも満足げにニコニコ――というよりニヤニヤしています。
 烏間先生が何を思っているかは知らないけれど――ビッチ先生の恋が叶うことを祈っています。自律思考固定砲台より、愛を込めて。

後書き
暗殺教室で初めての二次創作です。
原作とは違うところが多々あります。でも、律も烏間先生もビッチ先生も大好き! 勿論、殺せんせーもね。
まぁ、まだ完読していない時に書いたものですからね。お勧めですよ。暗殺教室。
2017.10.23

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